第114話 黒い魔力に笑う者

 ソーマがフォリアに刺され、地面に倒れこんだ直後――



 パプル家の屋敷の正門付近では、



「ソーマ君っ!? 」

「ソーマ様っ!? いやぁっ!? 」


 すぐそばにいたジョンとミザリーが、

血や地面に汚れるのも考えもせずに ソーマのそばで膝をつき、


 ジョンは倒れたソーマに手をのばそうとし、

ミザリーは両手で顔を覆って うつむいていた。





「―― くっ!! 」


 異常を察知したマルゼダは使用人たちの間を割って出て

服に隠し仕込んでいた短剣をフォリアに投げつけ、


「がっ!? 」


 ソーマを刺して ひとしきり叫んでからは

そのまま立ち尽くしていたフォリアの首に、

 マルゼダの投げつけた短剣がズブリと突き刺さり、

彼女は短い悲鳴とともに仰向けに 地面にと倒れ込んだ。



「フォリアっ!? 」

「フォリア……どうしてっ!? 」


 倒れたフォリアのそばに カルミアとラティが駆け寄り、

地に膝をつけ 驚き戸惑いながらも声を掛けた。


 カルミア、ラティ、フォリアの目的は、

教団のために『ソーマを連れていくこと』であり、

彼を死に至らしめることではなかった。


 また、ラティが彼を思い 目的を果たさない可能性はあっても、

フォリアが彼に対して殺意を抱いていたとは、

 二人とも思ってもいなかったのであった。



「……ずっと……三人で……ずっ……と……」


 首と口から血を流し、かすれた声でフォリアは言い残し、


「フォリア……」

「なんてことを……」


 ラティもカルミアも、彼女が助からないことを悟って涙を流していた。





(早く医師を、いや、これだけ深々と剣が突き刺さっては……)


 ジョンはソーマの状態を見て、目を伏せた。


 地面に横たわったソーマは 胸から背中にかけてを剣で貫かれ、

胸と背中と、そして口から血を流し、痛みに顔をしかめながら

目をつぶって 身動きができないでいた。



「ソーマ様……ソーマ様……」


 隣ではミザリーが手で顔を覆ってうつむいたまま

譫言うわごとのように彼の名前を呼んでいた。


(余程 彼を想っていたのか……)


 ミザリーの様子にジョンはそう思った。


 そして ジョンは後ろの 屋敷の方向を振り返ると、

ディールやパンジー、屋敷の人間たちやマルゼダも、

もう彼は助からないと、この現状に顔を伏せ 言葉も出ないようであった。



(街の外で戦っているバーントたちにどう伝えれば……)


 ジョンは今も戦っているであろう彼らを思いながら、

改めてソーマの顔を見下ろした。



 わらっていた。



 彼は獰猛どうもうな笑みを浮かべていた。

目を瞑ったまま、血で汚れた歯をむき出しに ニヤリと笑んでいた。



(―― なっ!? )


 ジョンが それに気づいた時――


 彼の流した血や影、彼自身から爆発的に黒い粒子魔力が湧き上がり、

煙のようにゴウゴウと噴き上がっていった。



 粒子の湧き上がる範囲は急速に拡大していき、

屋敷全体を簡単に包み込める程にまで なっていった――





(呼ばれている。呼ばれている。)


 ソーマとジョンの二人を、

そしてカルミア、ラティ、フォリアの三人の後を追いかけ、


 以前には加工屋で ソーマに服を着せられていた長い黒髪の女性は、


「音ならざる声。呼び寄せるもの。『悪』になるもの。変えられるもの。」


 湧き上がる黒い粒子魔力に包まれた空間の中で

透明になっていた体と服の色を元に戻し、呟いていた。


「あぁ……何を? 誰に? 考える? 」


 湧き上がる黒い魔力の中心にいるソーマへと向かいながら、


「次は、どう進化変化する? 」


 表情はないものの唇の両端がニィと つり上がり、


 ぺろりと出した舌が 身長ほどの長さにまでにジュルリと伸びて、

膨らんで太くなったが、人並みの長さと太さの舌へと短く戻っていた。





「な、何よこれは……」


 襲撃者の死体を確認していたため、

遅れてソーマ達を追いかけていたシェンナは、


「火事……ではない、黒い煙……? 」


 パプル家の屋敷の近くにまで来た時に、

空高く噴きあがる黒い魔力を目撃して足を止めてしまっていた。



(彼らがいるのは間違いないんだろうけど……)


 シェンナの意思に反して、

生存本能が屋敷へと近づくことを避けていた。



「行かないと……」


 それでも、彼女の体は前に進めなかった。

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