第113話 街の外 人と犬の戦場

 ソーマがフォリアに刺されるまでの時――



 ノースァーマの街へと迫り来る犬達の視線の先の空では――



 キラリと光る晴天の星々のように

また、黒き雨のように ザンザンと

 冒険者たちの手から放たれた矢が降り注ぎ、


 天から落ちる小さな太陽のような火の球の数々が、

荒ぶる風と共に地面へ、犬の魔物の群れへと叩きつけられた。



 ノースァーマの街の外で、


 守るべきモノを守ろうとする人族たちたちが、

街の中へと攻め入らんとする犬の群れと ぶつかり合った。



 より遠くから、より多くの敵を減らす。


 敵と味方が入り乱れる状況では、

遠距離用の武器は 味方を撃つ可能性が高くて使えない。


 それがわかっているからこそ、

冒険者達人族 は少しでも多くの矢を放ち、


 それがわかっているからこそ、

犬の魔物の群れは全速力で走っていた――





 走り、走らされてシアンの息があがる。


 シアンはブラウに連れられ 手を引かれ、

街の外から中へ、街を守る石壁の上へと急ぎ駆けていた。



 魔物の群れへ魔法による攻撃を仕掛けた彼女シアンは、

魔法以外の攻撃手段がなかった。


 乱戦になった場合、また集団に囲まれた場合の防衛策も

彼女は持ち合わせていなかった。



 ブラウは、そんなシアンの護衛に専念し、

状況に応じては再び、魔法での攻撃を考えていた。



 石壁の上へと移動している間に、

戦況がどう変化しているのかも わからないのだから。



「まだ多くの犬たちが……私達は……勝てるのでしょうか? 」

「勝たねばなるまいよ、シアン。」


 辿り着いた石壁の上から見渡す街の外の光景に、


「そうでなければ、次は街の中が戦場になる。もう一度……」

「……、……、……」


 ブラウは、震えるシアンを奮い立たせていた。





 もしシアンとブラウがいたとしても 魔法では唱えるのに遅く、

弓矢では 狙って一矢撃つのが限界であろうほどに近い距離にまで、

 犬の魔物の群れが接近していた。


 様々な鎧を着た冒険者たちが、各々に武器を用いて 犬に振るい、

犬達は、爪と牙と数でもって冒険者たちに襲い掛かっている――





「犬相手じゃ、重い武器を振り回している暇もねぇな!! 」


 橙色の髪のパンプは 背中に担いでいた鉄塊棒ハンマーを地面に突き立て、

腰に帯びた剣を振るい、犬を斬り伏せていた。


「オーカー! カーキー! 背中は任せたぜっ!! 」

「へいっ! 」「おうっ! 」


 パンプは後に続く二人の返事を聞きながら、


(バーントは……まぁ無事だろう、が……)


 彼のいるであろう方向に視線を向け、次の敵へと剣を走らせていた。





 こげ茶色の髪のバーントは、

以前よりも露出が過激になった鎧を着たアルテナと ともに戦場を駆けていた。


 バーントとアルテナは事前の打ち合わせもなく、

 アルテナが群れの中を駆けていき、アルテナに意識の向いた犬たちを

バーントが仕留めていく戦法を取っていた。


 アルテナの速さ 身軽さと バーントの膂力りょりょくとで、

群れの数を減らしながら 二人は、黒い三つ首の犬の魔物を目指していた。


 バーントは左腕に中型の盾を持ち、右手には両手持ちもできる長剣を、

そして背中に携えた槍筒には投擲用の槍が三本 入っていた。


 長剣も背中の槍も、黒い魔物と戦うためだけに用意した代物であった。



(あの黒い魔物は、ソーマを狙っている……)


 一度は街を去った黒い魔物が再び攻めてきた理由。


(ソーマは、普通の人間なんだ……)


 髪が黒いだけの彼との 今まで起きた事を思い返し、



 ―― これからも、おれの事……守ってくれますか?



 バーントを抱きかえし、笑みを浮かべるソーマを思い返して、


(ソーマは、おれが守るんだっ!! 今度こそっ!! )


 バーントは長剣を強く握りしめて、アルテナの後を追いかけていた。





「いたっ! 黒い魔物っ!! 」


 バーントの先を走るアルテナは、その姿を見つけて声を上げた。


 緑色の体毛をしている犬の魔物二匹の後ろに、

その二匹よりも巨大な黒い三つ首の犬の魔物。



「ホォ、ダレ ト 思エバ、アノ時ノ。」


 黒い三つ首の犬の魔物はアルテナを見て声を掛け、


「クロイ カミ ハ ……マチ カ。」


 アルテナより遠くを、黒い魔物は見つめていた。



「っ!? させないっ!! 」


 その視線の先に気づいたアルテナが、

剣を構えて魔物へ迫ろうとするが――



「コレ ハッ!? 」


 三つ首の魔物が驚愕を示し、

二匹の犬の魔物が怯えて三つ首の後ろへ逃げ、


「あれは……!? 」


 目の前の魔物よりも強い『何か』を感じたアルテナが

思わず振り向いた先―― ノースァーマの街の中で、


「いったい どうし―― あの黒い煙は!? 」


 追いついたバーントがアルテナ達の様子を見て 同じように振り向いた――





「また、黒い魔力が……それも今までよりも巨大な……」

「あの方向……パプル家の屋敷のあるところではないか?……」


 街中に突然現れた黒い魔力に、シアンは恐怖のあまりブラウに縋りつき、

ブラウは険しい表情で、天高く噴きあがる黒い魔力を睨みつけていた。





 アルテナとバーントは戦場にいることも、

すぐ近くに敵がいることも忘れて、黒い魔力を呆然と見ていたが、



「呼ンデル……」


 黒い魔物が二人を跳び越えて駆け出していき、


「っ!? バーントっ!! 」

「わかっているっ!! 」


 我に返った二人は、三つ首の魔物を急いで追いかけた。



「呼ンデル 呼ンデル!! 」


 黒い三つ首の犬の魔物は噴きあがる黒い魔力へ向かって駆ける。


「行クゾ! スグ 行クゾ! 」


 黒い魔力へ、街へ走り、それでも急ぎ、


「―― 我ガ子 ヨッ!! 」


 魔物の背中から黒い翼が生え、黒い三つ首の犬の魔物は空を飛んだ。



 黒い魔力は衰えることなく空へと噴きあがり続け、

家に引きこもっている街の人間たちを不安と恐怖に陥れていた。

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