第112話 貫く想い

 ソーマがパプル家の屋敷を見上げていた頃――



 黒魔導教団の団員であるヴィラックは、

同じく団員であり、また『両手探りょうてさぐり』の

血風けっぷう』のアコニと戦っていた。



「この刃から逃げられるかなっ! 」


 アコニの持つ両手持ちの剣は刃が長く、

パプル家の屋敷の通路においては 振り回すのに向いていないのだが、

アコニは気にも留めずに振り回していた。


 彼の振るう剣の先は 建物に使用されている木材や石材をさくっと斬り

屋敷の通路の壁や床、天井を斬り裂いていた。


「っ……」


 対してヴィラックは、アコニの剣を剣で受け止めたり

また避けたりしながらも剣を振るい返し、アコニを観察していた。



(ただの冒険者が、屋敷を襲うものか……? )


 その屋敷に襲撃しようとしていたヴィラックをも襲ってきた彼らに、

ヴィラックは疑問を抱いたからだった。


 だが、



 ―― 殺せ



(まぁ、どうでもいいかなぁ! )


 抱いた疑問も『幻聴』に従いヴィラックは斬り捨てて、


「『お姫様』を迎えに行きたいんだから、さっさと死ねぇ!! 」

「はっ、お姫様だ? この『血風けっぷう』のアコニと死に踊れっ!! 」


 二人の男は剣を交え、踊るように殺し合っていた。





 なんだろう……背筋が震えるような嫌な予感……


 屋敷の外観を眺めていて、おれは そう感じていた。



「さて ディール、これからどうする? 」

「屋敷の中を半ば占拠されたような状態だからな……」

「中に残っているのは? 」

「敵か味方かわからない者達だけだ。」


 ジョンとディールさんの相談は続き、


「加工屋にいる方が安全だろう。」

「行くしかないか……」


 二人は どうするかを決めたようだった。



 おれはミザリーさんにマルゼダさん、ジョン、

ディールさんにパンジーさん、使用人の人達へと視線を向けてから、

屋敷に背を向けた。


 何があるかわからないし、戻るなら早く戻りたかった。


 マルゼダさんたちは何も言わないけど、一緒に正門へ、

再び加工屋へと戻ることにした。



 おれの後ろで歩くミザリーさんと手を繋ぎたい気もするけど……

それができる状況じゃないからなぁ……





 ミザリーを屋敷内より連れ出したマルゼダは、

ジョンとディールの話を聞きながら、


(衛兵士の連中が来るなら、生存者の保護が優先だよな……)


 パプル家の屋敷の中へと意識を向けていた。



 そして加工屋へ向かうと決まった時も、

自然と彼らを守るように 屋敷のある方向を警戒しながら、

彼らの背中を守るように後ろを歩いていた。


(加工屋とパプル家の屋敷か……)


 マルゼダは襲撃された場所を思い返し、


(狙いは本当に彼なのか? )


 屋敷の正門へ向かって歩く、

先頭にいるであろうソーマを思った。



 そんな時――



「ソーマ様ぁー! 」


 マルゼダには聞き覚えの無い女性の声が、耳に響いた。





「ソーマ様ぁー! 」


 おれが正門に差し掛かろうとしていた時に、

ピンクの長い髪の女性が おれの方へと走ってきていた。


 按摩師あんましの女性なんだけど、

嬉しそうに ニコニコと駆け寄ってきていた。



 街で一度、男の人に襲われていたところを助けたんだよなぁ……



 でも、加工屋にいたはずなのに、なんでここに?



 ―― 殺せ! 殺せ! 殺せ!


 ―― っ!?



 また予感が、

今度は今までで一番強く、背筋にゾワりと悪寒が走った。



 走ってくる彼女の他に 二人、女の人がいるんだけど――



「フォリア!? 何を持って――!? 」


 年上っぽい女性の制止を振り切って――



「え? きゃっ!? 」


 笑顔をおれに向けていた彼女を押し退けて――



 ―― フォリアと呼ばれた女性が、おれの胸に飛び込んできた。



 氷のような金属の感触と焼けるような熱が胸に広がり、

数える間もなく背中に突き抜けて――



「ソーマ君っ!? 」

「ソーマ様っ!? 」


 ジョンとミザリーさんの声が、耳を通って脳に響いた。



 刺された!? なんで!? どうして!?

痛い 熱い 寒い

 避けて、避けれなかった。

動けなかった、動くと後ろのミザリーさんが。

 痛い 苦しい 死にたくない



「お前さえ いなければっ! 」


 おれの口から出た血を浴びながら、目の前の女性が


「ラティがお前を想うことも! 姉様が それを許すこともなかった! 」


 胸を貫く剣を、震えるほどに強く握りながら


「お前がいるから みんな死んだ! 街も酷くなって――!! 」


 言葉が、声が、想いが おれの胸を強く傷つけていく――



 街が……みんなが……――



 ―― あの黒いのを殺せぇ!!


 ―― そいつさえ街に来なかったらっ!!


 ―― 街がこんなことにはっ!!


 ―― おれの家族は……


 ―― きっとそいつが魔物たちを呼び寄せたんだ!!


 ―― 髪が黒いのは、そいつも魔物だからだっ!!



 おれのせい責任……なのか……



 街の人達に言われた言葉想いが嫌でも思い出される。



 息ができない。立つこともできない。


 血の匂いも わからなくなっていく。


 胸に剣が刺さったまま地面に横たわってしまうけど、

地面の冷たさもわからない……


 体が動かない。視界も滲んで黒く見えなくなっていく。



 何のためかもわからずおれはどうして この世界に来て異世界に飛ばされて

何もできないまま何の能力も目覚めず 人に嫌われ疎まれて彼女達を残したまま


 おれはおれは死んでしまうのか……死にたくないよ……



 おれはまだ、アルテナとの契約約束果たせて守れてないのに……



 ―― 殺せ! 殺せ! 殺せ!



 口から胸から、血やちからが抜けていくのに、

頭の中では まだ『幻聴』が響いてくる。


 『母さん』のところに バーントさん達が襲ってきた時から

聞こえていた幻聴が、今のおれには まだ生きている証で――



 ―― 今、おれがすがりつける 唯一の存在だった――

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