第110話 見つめる瞳

 加工屋の前で行われていた戦闘は、

おれが声をかけた一瞬の内に終わりを迎え、

店を襲ってきていたアデニとかいう男たちは逃げていった。


 逃げれなかった男は おやっさんたちが縄で縛りつけているし、

 感極まった様子のピンクの髪の女性に おれは抱き着かれて、

熱烈な好意を受けていた。



 突然のことで おれも戸惑ってたんだけど、

よくよく見たら この人、以前 街で男に襲われてた女性だった。


 嬉しそうにキスをしてくる彼女の顔と髪の隙間から、

おれ達の近くに 二人の女性がいるのが見えて、

以前 ジョンの屋敷に来た按摩師あんましの人達だってことを思い出した。


 あの時はジョンを警戒していたり、

マッサージの気持ち良さで すぐ眠っていたりで、

あまり彼女達のことを覚えていなかったんだけど……



 でも、按摩師の三人がなんで ここに?


 いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない!


 抱き着いている彼女を強く抱きしめることで

彼女の唇から逃れると、


「ジョン、屋敷へ急ごう!! 」

「え? ――っ!? そうだね。」


 周囲を見回しながらも こっちを見ていたジョンに声を掛け、

抱き着いている彼女を引き剥がして、

ミザリーさんの待つ屋敷へと走り出した。



 ミザリーさん、無事でいてくれ――!!





(助けられた……)


 街の復興支援のために配属された衛兵士の隊長であるヘムロックは、

その配下であるシェンナと協力者である冒険者のエイローに、

そして加工屋の職人たちに声を掛け、襲撃者である『両手探りょうてさぐり』の

貫刺かんし』のサリングを縄で捕縛させている間、


 黒い髪のソーマが屋敷へと走っていく、その後ろ姿を見送っていた。



(クネガーは『迷子の保護』をと言っていたが……)


 ヘムロックは先ほどのアデニとの攻防を思い返し、


(改めてクネガーに聞く必要があるな……)


 頭鎧の中で眉根を寄せ、ソーマの走り去る方向から背を向けた。



「シェンナ。」

「なんでしょうか? 」


 そして死体を確認していたシェンナに ヘムロックは声を掛け、


「あの黒髪の後を追え。」

「え……」

「『両手探あいつら』の狙いはアイツだろう? 行け。」

「――っ、はいっ!! 」


 きょかれたシェンナだったが 弾かれるように駆け出し、

すでに姿が見えなくなっているソーマの後を追いかけた。



「エイローと、誰か一緒に国衛館へ、こいつを連行してくれないだろうか。」


 と、ヘムロックは この場に残った者に話しかけながら、



(……さきほどまで 黒髪に唇を重ねてた女達の姿がないな……? )


 ソーマから背を向け、シェンナに話しかけている間に

この場から姿を消したカルミア達に首を傾げながらも、

ヘムロック隊長は職務をまっとうしようとしていた。





 考える。考える。


 考えると変えられる。


 黒髪の人族と、黄色の髪の人族が走り、

薄い赤色の髪の人族たちが走る。


 人族たちを追って、走る。


 考える。考えて変える。



 あぁ、なんと『悪』に満ちているのだろうか。

四本足も人族も、悪で満ちている……





 黒髪のソーマが、ブリアン家の嫡子ちゃくしのジョンが、

パプル家の屋敷へと向かって走り、

 それを追ってカルミア、ラティ、フォリアの三人が走っていた。


 彼女たち三人から かなり離れた後方では、シェンナも追いかけていた。


両手探りょうてさぐり』の乱入によって邪魔が入ったが、

カルミア、ラティ、フォリアの三人は、まだ目的を諦めてはいなかった。



「……」


 もとから無口であったフォリアは、しかし黙ったまま走っている。


 先を走るラティの後ろ姿を、彼への抱擁と口づけをしていた光景を見て、

ジョンが『貫刺かんし』のサリングを捕まえる時に落とした剣を、強く握りしめていた。



 ジョンは、剣を落としたままであることに気づいていない。


 フォリアは、自分がいつ剣を拾ったのかを覚えていない。


 ソーマとラティの重なり合った光景を見ていたから。



(カルミア姉様は、ラティに何も言わなかった……)


 無口で無表情なフォリアだったが、

唇に、そして眉根に力が入り、遠くに見える黒い髪に視線を向けていた。

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