第109話 助けの声を

 ―― ソーマ様……助けて……


 自分の気のせいか わからないけど、

頭の中で彼女の声が聞こえた。



 今、加工屋の前でジョン達が戦っているし、


 街の外ではアルテナたちが

犬の魔物の群れと戦っていると思うけど……


 屋敷の方にも、敵が攻めてきてても おかしくないよな……



 助けに行かないと……


 助けに行かないと――!!



 工房の崩れた壁穴から あいつらに見られないよう

加工屋の受付 兼 出入口へ。


 後ろにいる女の人が何 仕出かすか気になるけど、一旦 放置。


 あいつらだって、シェンナさんたちとの戦闘の最中だし、

こっちに気を取られてたら どうなるかわからないし。



 入り口のドアは開きっぱなしになってる……


 ……女の人 三人や、おやっさんたちが棒立ちになっていて、

ちょうど おれの姿を隠せれる壁みたいになってる。


 こっそり抜け出そう――


 おれは姿勢を低くしながら店を出て、

バレないように屋敷の方向に進みながら建物の陰へ、

 後ろからついてくる女の人も、

おれの真似をして姿勢を低くしてついてきていた。



 戦闘の物音が続いている……


 おれは……ミザリーさんのところに行きたい――!!





(遊ばれている……)


 シェンナは『姦乱かんらん』のカランの攻撃に耐えながら、

それでも逆転できる瞬間を狙っていた。


 カランは柄の長い短剣 二つをクルクルと回転させ、

回転の勢いで上からシェンナに短剣をぶつけると、

さらにぶつけた反動で下から叩きつけることを繰り返していた。


 カランの一撃は、そのつもりがないからか とても軽く、

しかし そのために反撃しずらいほどに速かった。


 シェンナは盾や剣、そして軽すぎる一撃を鎧で受けて耐えているが、

早々に目の前の男を斬り捨て、苦戦を強いられている隊長の援護に移りたかった。


 それに目の前の男の向こうで、

槍を持った男と戦っているジョンのことも、シェンナは気になっていた。





(この男、乗り込んできただけ あって強い……!! )


 シェンナ同様に全身を鎧で包み、

盾と剣で応戦しているヘムロック隊長は、

 目の前の赤い髪の男――『火村ひむら』のアデニの猛攻に、

防戦一方であった。


 アデニは分厚い大剣を構え、それを振り回している。


 大剣の鋭さは不明だが、まともにくらえば たとえ鎧をしていても

鎧が砕けたり歪んだりするかもしれないし、

そうなれば 骨は折れるだろうし、頭にくらえば死はまぬがれない。


 もし金属の鎧ごと両断されてしまえば――


(―― 考えたくもない。それに―― )


 頭鎧の中で、ヘムロックの頬を たらりと冷や汗が伝った。



「はっはっはぁっ! 」


 笑いながらアデニが両手持ちで大剣を振るい、


「―― ぐふっ!? 」


 アデニの足がヘムロックを蹴とばした。


 アデニは分厚い大剣を両手で、また片手で振りまわすことができる。

 両手で持つことで威力を増すこともでき、

そして片手で持った時には拳を、両手持ちの時には足蹴りを繰り出していた。


 蹴とばされた衝撃で ヘムロックは姿勢を崩され、

盾と剣は落とさなかったものの石畳へと尻もちをつかされてしまった。


(まずいっ――!! )





「……」


 ラティはカルミアの背に隠れ、

フォリアに抱き着かれ、また抱き着きながら、

目の前で繰り広げられている戦闘を見ていた。


 見ていることしかできなかった。


 カルミアの姿の向こうでは加工屋の職人たちが並び、

また ブリアン家の嫡子であるジョンが剣と盾を構え、

槍を持った『貫刺かんし』のサリングという男と戦っていた。


 ジョンもサリングも、どちらも傷を負ってはいない。


 けれどラティの視線から見えるサリングの表情には余裕が、

笑みが浮かんで崩れることなく、槍を振るっていた。



 また加工屋の壁の穴より遠くでは、

両手探りょうてさぐり』の三人が偶然通りかかった衛兵士たち 三人と戦い、

 その強さはラティの目から見てもわかるほど、

衛兵士たちの三人が劣勢を強いられていた。



(このままじゃ……みんな殺される……)


 黒魔導教団の団員であるラティは、

同じ団員であるはずの彼ら両手探に殺されることが予想できていた。


 彼らが姿を現した時、

ラティたちが周辺に潜ませていた仲間を殺していたのだから。


 そして彼らがジョンや衛兵士たちを殺した後、

どのような行動に出るかなど、考えるまでもなかった。



(怖い……)


 ラティは無意識のうちに、

震えながら手を合わせていた。


 祈りの動作は 教団の――主神への祈りを捧げるため――



(死にたくない……殺されるのは嫌……)


 ラティたちは邪神による破壊と破滅を望み入団した。

入団した後で、教団の教義を、主神の説明を受けた。


 その時の彼女達は、信じた振りをして 邪神を望んだ。


 今になって、邪神ではなく救いのために主神を――



「はっはっはぁっ! 」

「ぐふっ!? 」


 アデニに蹴とばされて ヘムロックが危険におちいった時



「助けて……ソーマ……」


 ―― ラティはかつて、自分を助けたソーマに助けを求めた。



* ―― 助けて……



 体が勝手に 建物の陰から通りへおどり出て、


「―― っ、やめろっっっ!! 」


 おれは奴らに向かって 声を張り上げていた。



 怖い、怖くて体が震えて止まらなくって、

握り込んだ手のひらに爪が食い込んで痛いほどに怖かった。



 でも、聞こえてしまったから――


 自分に助けを求めた声が、すぐ近くで聞こえたから――



 おれの張り上げた声に、この場にいる全員が――



「っ!? 」

「っ! 」


 ―― 赤い髪の男の動きが一瞬止まって、

尻もちをついた人が体勢を立て直して男から間合いを取り、



「たぁっ!! 」

「ぎゃっ!? 」


 ―― シェンナさんが盾で前面に踏み込み、

クルクルと何かを回していた男を払い上げるように剣で斬り、



「そこっ!! 」

「ぐぅっ!? 」


 ―― どこかで見たような男が 大きな男の胸を剣で突き、

大きな男は剣を掴んで、その場からじりじりと後ろに下がった。



「捕まえたっ!! 」

「ちっ!? くそがっ!! 」


 ―― ジョンが剣を捨てて相手の槍を掴んで、

相手の男も槍を握ったままジョンを引き剥がせず、周囲を見回していた。



「ほぉ……まさか、こうなるとはな。」


 デカい剣を持った赤い髪の男が、

この状況でも余裕を持った声で呟いていた。



「なるほど、確かに黒い。」


 その男の目が おれを見る。


「声一つで こうなるか。

声一つで オレの動きを止めたか。」


 おもしろい、って言いたそうな顔をしていた。


 その間にも おやっさんたちが、ジョンの相手の男を囲み、

シェンナさんの鎧と同じような鎧を着た人が剣を構えていた。



「黒髪。オレは『両手探りょうてさぐり』の『火村ひむら』のアデニ。

次こそは、お前をいただいていく。行くぞ。」

「うぐぐぐっ……」


 赤い髪の男―― アデニと、胸から血を流した大きな男は

掴んだ剣を捨てて跳び上がり、

 建物の屋根から屋根を跳んで逃げ去っていった。



「ちょっ!? くそっ、アデニっ、ラグウォートっ!? 」


 槍を手放せず、おやっさんたちに囲まれていた男は、

アデニたちが去っていった方向を向いたまま、

おやっさんたちに身柄を拘束されていた。



「……」


 とりあえず、なんとかなった……?


 おれは安堵から溜息が漏れていた。



「ソーマ君、いったい いつの間に外に――」


「ソーマ様ぁっ!! 」

「え? ~~!? 」


 ジョンが何か言いかけていたのをかき消すほど大きな声で

ピンクの髪の女性が駆け寄り抱き着いてきて、

 頬に口にと 熱くキスをしてきていた。

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