第98話 熱く、甘く、初めての夜が始まる

 おれは……どうして、この世界に来てしまったんだろう……


 ―― そいつさえ街に来なかったらっ!!


 ダメだ……どうしても街の人達の言葉と様子が、頭から離れない……



 バーントさんにお姫様抱っこされて いつの間にか眠ってて、

気が付けば自分の部屋で、もう夜だし……



 横を見るとベッドには、

いつものように裸で添い寝しているミザリーさんがいた。



 ……どうやら寝てるみたい。


 ……少し……お腹が空いたな……



 寝てるミザリーさんを起こさないように、おれは部屋を出た。


 廊下も暗いんだよなー……


 ガラス窓にカーテンがあるから ロウソクに火がつけられてる。


 けど、そのせいで足元とか細かいところが暗くて見えないし、

いつロウソクが倒れて火事になるか わかったもんじゃないしね。



 さて、時間も時間だし、パンとワインだけにしておこうかな。

勝手に食べちゃってるけど、誰もいないし しょうがないよね。


 お腹すいてるし……


 この世界のワインって、アルコールがかなり消えてて水みたいなんだよな。

というか、水がそのままで飲むのが衛生的に良くない。……みたいだし。



 こっちのワインは、飲んだ時のムワッて感じがしてこないから

飲みやすいんだよね。ビールは苦いし、日本酒は飲んだことないけど。


 チューハイとかサワーとかが、また飲みたいなぁ……



 そんなことをぼんやり考えながら、部屋に戻ってきた。


 そのままベッドサイドまで来たのはいいけど、

食べた後だから、すぐには眠れそうもない……



 って、あれ? ミザリーさんがいないな……?



「ソーマさん? 」

「え? 」


 振り返ると、シアンさんがいた。


 普段は長袖長スカートで露出の少ないシアンさんが、

今は寝間着の薄布一枚だけで……



 部屋 間違えたーーっ!?



「あ……あの、そのっ、おれは、えっと……――」

「待ってました。」

「―― え? 」


 そんなつもりじゃなくて慌てていたおれは、

彼女の言葉に今度は頭が真っ白になって、


「ずっと、ソーマさんが来てくれるのを。」


 小走りで駆け寄ってきたシアンさんに抱きしめられていた。


 彼女の豊満な胸が、

薄着のせいで更に感触が伝わってきていた。



 ……おれ、良いのかな……?


 シアンさんを見ると、彼女は笑みを返してくれていた。


 こんな夜中に ベッドのそばにまで来たおれに、

シアンさんは 待ってた って……


 ……良いん、だよね……?


 抱き返しても、軽く唇を重ねてみても、シアンさんは拒まなくって――


 二人でベッドに腰かけて――



「ソーマさん……」

「シアンさん……」


 今ではあまり見ることのなくなった、前髪を下ろした状態のシアンさん。


 その前髪をかきわけ 彼女の頬に手を添え、

シアンさんは おれの腰やうなじに手をまわして――



「んっ……っぁ……んん……んぁっ……」

「……ん……んぅ……はっ……ぅんっ……」


 ―― 深く、長く、甘く、熱く、貪るように唇を、

体を重ね合わせて、おれとシアンさんの夜が始まった。



 おれはなぜか アルテナやミザリーさんに対して、

ちょっとだけ罪悪感を感じていた。





 アルテナは寝台で横になりながらも、中々寝付けずにいた。



(ソーマが、街の人達に命を狙われた。)


 バーントや彼の仲間である冒険者たちの報告を聞いたジョンからの

又聞きだけど、それを聞いてアルテナは怒りを覚えていた。



 なぜ 髪が黒いだけで、ソーマが殺されようとされねばならないのか。


 バーントが彼らに怒鳴ったように、アルテナも怒鳴りたい気分であった。


 ただ魔物たちが、このノースァーマの街に集まってきたことだけは、

アルテナの頭の中に浮かんでいる疑問の一つであった。



 ―― クロキカミ


 三つ首の黒い犬の魔物がソーマを名指ししたこと。



(何か、関係があるの? )


 アルテナには何がなんだかわからなかった。


(でも、ソーマは守らないと……)


 それだけは、彼女の中でハッキリとしていたのであった。





(必要であれば、死んでもらわないといけないかもしれんな……)


 眠りにつきながら、ブラウはその可能性を考えていた。



 ノースァーマの街を襲った魔物による悲劇と

黒い魔物と黒髪の彼。



(そんなことはしたくもないが……)


 関係があると考えてしまえば、不安要素には消えてもらうしかない。

と、ブラウは思い、


(シアンたちは反対するだろう……)


 また ブラウ自身も、自らが彼に手を掛けるようなことにはなりたくなかった。



 ブラウは彼の生まれを知らない。彼の育ちを知らない。

どこから、ここまで来たのかも聞けずにいた。


 出会ってから ここに至るまでの間、

様々なことがあったため、ブラウは今更 聞きにくくもなっていた。



(彼といることが、本当にシアンにとって幸せになるのだろうか? )


 親代わりであるブラウは、義理の娘の恋愛も気になってきていた。





 ヤってしまった……


 恋人いない歴=年齢のおれが……


 なんともいえない達成感と疲労感が心地良い……



 そのままシアンさんの部屋で朝をとも思ったけど、


 おれがいないとミザリーさんが気づくだろうし、

おれはシアンさんに声を掛けてから、今度こそ自分の部屋に戻ってきていた。


 暑い……


 汗かいたし、顔もまだ熱くなってるみたいだし、

急いで着直していたドレスを脱いで、おれはベッドに入った。



 なんか、今まで抱えていた不安とか街の人達に抱いていた恐怖も、

シアンさんと一緒にいる内に消えてしまったみたいだった。


 これで気持ち良く朝までぐっすりと――



「ソーマ様。」

「み、ミザリーさん? 起きてたんだ……? 」


 ―― なんか 声を聴いた瞬間、背筋にゾクっと……


「なんだか嬉しそうですね。」

「そ、それはまぁ……」


 声の感じは普段通りなのに、

夜の暗がりで、ミザリーさんの目が怪しく光ってるように見えた……



「なんだか嗅いだことのあるような匂いと、

そうでない匂いがしますね……」


 添い寝の状態から、まるで犬みたいに くんくんと匂いを嗅ぎながら、

強張こわばるおれの胸の上に 胸をくっつけて顔を近寄せてきたミザリーさんは、


「アルテナ様ですか? シアン様ですか? 」


 少し怖い表情で質問してきた。


 正直、若干 気圧された。

こんな表情を向けてくるなんて……



 でも以前、寝てるおれに ミザリーさんが

泣きながら口づけをしていた時のことを思い出した。



 おれを想ってくれてるのなら、そりゃ怖い表情にもなる……のかな?


 ……いや、なる……よね……


 ミザリーさん……おれのこと、男として見てくれてたの?


 ……、……そっか……そうなんだ……



 そう思うと、ミザリーさんの怒ったような顔も かわいく見えてきた。



 おれは自然と笑みが浮かんできて、


「ミザリーさん。」

「はい、なんでしょうか―― んっ!? 」


 彼女の頭や背に腕をまわして、一度――


「―― っ、そ、ソーマ様っ、こんなことしても誤魔化され―― っんぅ!? 」


 背中にまわした腕を腰へと滑らせながら、二度――


「―― っはぁっ、わ、私はっ―― ぅんっ……」


 三度、驚き、顔を赤くしたミザリーさんと唇を重ね――



 最初は驚き戸惑っていたミザリーさんは、

おれを押し退けようと抵抗していたけど、


 おれが強く抱きしめ唇を触れ合わせている内に、

逆に離さないように、すがりつくようになって、



「わ、私にも……ソーマ様の匂いを分け与えてくださいぃ……」

「ミザリーさん……」


 ―― 嬉しそうな、泣きそうな表情で、

ミザリーさんの方から唇を重ねてきていた。



 これで今度こそ、気持ちよく朝を迎えられそうだ。


 けど、これからおれは、彼女達とどう接していったら良いんだろうか……?

なんて不安も、ミザリーさんと寝ている内に忘れてしまっていた。

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