6 防衛、ノースァーマの街
第99話 犬の魔物の群れ、再び
目が覚める。
突然 元の世界に戻ってないか―― とか思うこともあるけど、
おれはまだ、この異世界に居続けているみたいだった。
隣を見ると、ミザリーさんがまだ寝ているようだった。
薄黄色の髪がカーテンから漏れる日の光を反射して金に光っていた。
異世界に来て、髪が黒いからっておれを嫌う人がいた。
けど、おれを好きになってくれて、体まで許してくれた人もいる。
「ふぁぁ……お目覚めですか? ソーマ様。」
「ミザリーさん。」
「ふふっ。」
微笑むミザリーさんと横になったまま抱き合った。
なぜ異世界に来たのか、どうやって帰れば良いかもわからない。
けど、おれは この世界に居続けても良いってことなんだろうし、
この世界に居続けたいとも思っている。
シアンさんやミザリーさんが いてくれているから……
*
「なぁ、本当に黒い魔物がいると思うか? 」
「あ? 斡旋所がそういう依頼を出してるんだから、いるんじゃねぇか? 」
「普通の魔物より強いのかねぇ? 」
「犬の群れだろ。面倒くせぇがなぁ……」
冒険者たちは草原を歩き、斡旋所からの依頼を受けて、
黒い犬の魔物たちの討伐に動いていた。
各々が幾多の冒険をこなした熟練の者達で、
街を襲ったミミズの魔物たちをも相手にしていたこともあった。
その数は斡旋所が次々に依頼を出したため、
新たに街へ流れついた冒険者たちも含めて ざっと五十名ほどが
魔物の群れがいる方向へと歩いていた。
「黒っつったら、黒髪の女いただろ? 」
「女? あぁ、いたな。背の低いから たぶん子供だろうけど。」
「あまり顔は見てなかったが、それが? 」
「どうせなら夜の冒険に行きたかったぜ。」
「お前、そういう趣味があったのか……」
「まぁ冒険終わったら、街の中探してみようぜ。」
そんな軽口を叩き合いながら彼らは進んでいたが、
「おい。」
「お出ましか。」
「って、おいおい!? 数が違い過ぎるっ!? 」
「あの黒い……首が三つっ!? バケモノじゃねぇか!? 」
迫りくる魔物の群れに彼らの顔つきが変わり、
「こりゃ討伐依頼も出るわ。」
「これで生きて戻れたら、たんまり報酬が貰えるな。」
「そしたらおれたちは英雄だ。」
「あの女抱きたかったなぁ……」
「まだ言ってんのか。来るぞっ!! 」
各々が武器を構えて、魔物の群れを迎撃し始めた。
最初から犬の群れを相手にするつもりで冒険者たちは準備をし、
「撃てぇっ!! 」
後方にいた冒険者たちが弓を担いで、声と共に次々と矢を放った。
野犬たちは矢の雨を潜り抜け、また数匹は射られて倒れ込み、
矢の中に混じって、薄いガラス瓶のついた矢や火のついた矢も飛び交っていた。
ガラス瓶の中には引火しやすい油や、
犬など嗅覚の強い動物が嫌う アルコール臭の強い酒が入っていた。
矢の雨から潜り抜けた犬たちだったが、体毛に火が燃え移ったり、
キツい匂いに鼻をやられ、武器を持った冒険者たちに狩られていった。
「はっ、
誰かがそんな言葉を吐いていた。
だが――
火が燃え移るもキツイ匂いが鼻を刺激しようとも構わずに
黒い魔物は冒険者たちへと接近し、
「クライ!! コロシテヤル!! ヒトゾクガァアァァァァァッ!! 」
黒い三つ首の犬の魔物が冒険者たちへ駆けながら咆哮を上げ、
彼らに噛みつこうと左右の首が伸びていった。
「く、首がっ!? ギャッ―― 」
「うわぁっ!? 」
一噛みで一人が、ツメの一振りで一人が、
次々と冒険者たちは三つ首の魔物に狩られていった。
優勢だと思われた冒険者たちの、
狩る側だったはずの冒険者たちの立場が逆転した。
数は減ったが野犬も、そして犬の魔物もまだ健在だったのだから――
人の悲鳴と犬の咆哮が戦場に響き、
人の血の匂いを
*
「本当に黒い魔物がやってくるとは……」
「……」
ヘムロック隊長のつぶやきに、
衛兵士のシェンナは彼に対して軽蔑の目を向けていた。
(だから私や、パプル家の人間が進言していたのに……)
シェンナの進言を突っぱねたのはヘムロックだが、
ディールたちの言葉を握りつぶしたのは、彼より上の立場の人間であった。
この日、斡旋所並びに国衛館は再び迫りくる脅威に対し、
右へ左へと大忙しであった。
斡旋所から、黒い三つ首の犬の魔物が、
群れを率いて街へ接近していると報告を受けた。
斡旋所側は、事前に討伐依頼を冒険者たちに出していたが、
街を出て行った冒険者たちからの連絡はなく、
魔物の群れの進行上から逃げているのでなければ、
全滅しているか依頼を放棄して逃げたかのどちらかだと予想していた。
斡旋所側が引き続き討伐依頼を出して迎撃に向かわせている一方で、
国衛館側は、街の警護を担当することになった。
(はぁ……冒険者たちだけで、魔物を食い止めてくれれば良いんだけど……)
シェンナは、ソーマに思いをはせていた。
*
「冒険者たちだけでは、あの魔物たちを食い止められないわ。」
おやっさんたちのいる
アルテナがハッキリと言い切っていた。
おやっさんたちが大急ぎで武器や防具を作っていて、
金属を叩く音ととかがうるさいけど、アルテナの声はよく通っていた。
おやっさんたち職人以外には、おれとアルテナ、シアンさんにブラウさん、
バーントさんにジョンに、パンプさん達がいた。
バーントさんとパンプさん達は
あれから彼らだけで話し合ったらしくって、
完全に元通りとはいかないけど、
少しずつ仲直りしていってるみたいだった。
おれ達がここにいるのは、
あのケルベロスっぽいのが再び やってきたみたいで、
また街中にまで入ってくる前に、
できるだけ準備を整えておきたかったから……
―― ヒトゾク テキ ツギ コロス
……黒い魔物、か……
「ソーマさん? 」
「ん、いや、なんでもない……」
隣にいたシアンさんに心配されてしまった。
おれはシアンさんやミザリーさんのおかげで
心に余裕ができていたから、髪を隠すためのフードをつけるようにした。
今はさすがに室内だし、フードを首の後ろにやってるけど、
これだけで、街を歩いていても変に注目を集めなくなってよかったかな。
「準備ができてから魔物の討伐に行くわけなんだけど……」
全員を見回していたアルテナの視線が、おれに固定されて――
「……ソーマは、ここに残っててくれる? 」
―― もうしわけなさそうにアルテナは言っていた。
まぁそう言うよね。おれ戦えないからね……
「なら、おれも――」
「ソーマ君ならボクが守るよ。」
バーントさんがそう言いかけて、ジョンがそれを遮っていた。
バーントさんは、じっ とおれを見ていたから おれは頷いて、
それを見た後でジョンに顔を向けて、
「わかった。おれも討伐の方に行くとする。」
「助かるよ。ボクだってそれなりに戦えるからさ。」
バーントさんとジョンは互いに頷き合っていた。
「ここにはヒューズたちがいるからね。」
ジョンはおれを安心させるように話しかけていた。
確かに、ガタいの良いおやっさんたちがいるから、
おれがここにいる分には安心できるんだけどさ。
「魔法で魔物を倒して、すぐ戻ってきますね。」
「街には兵士たちもいるから、安心したまえよ。」
シアンさんもブラウさんも、おれを心配してくれていた。
……屋敷に、ミザリーさんが残ってるんだよなぁ……
おれは今、ここにいない彼女にそばに居て欲しいと思った。
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