第97話 夜に想えば

 日が完全に落ちたノースァーマの街の夜。



「かなり遅かったみたいだねぇ ラティ。」

「カルミア姉様……フォリア……」


 クネガーの屋敷で あてがわれた私室に帰ってきたラティは、

寝台ベッドの上で待っていたカルミアに抱き着いた。



 普段であればラティはニッコリと笑みを浮かべ、

抱き着いた時に肌のあちらこちらを撫でまわすのだが、


「……何かあったみたいだねぇ? 」

「……どうしたの? ラティ? ……」


 そんな素振りも見せないラティの様子を見て、

心配そうにしているカルミアと、

同じく寝台の上で帰りを待っていたフォリアの二人に、


「実は……街で男に襲われまして……」


 ラティは街で起きた出来事を報告した。


「「っ!? 」」

「あっ、でも、私は無事ですわ。あの人が助けてくれましたの。」


 二人の心配を振り払うように、

自身の長い髪を弄りながらラティは続けて話したが、


「ラティが無事なら……良かった。」

「それで、ラティの言う あの人って? 」

「あの……ブリアン家の屋敷で会った、髪の黒い男の人ですわ。」

「「っ!? 」」


 ラティの言葉は、カルミアとフォリアの二人を驚かせていた。


「ラティ……聞いて悪いんだけどねぇ、本当に黒髪の? 」

「え? あの黒い髪は見間違えることはありませんわ。」


 何を聞くのか と言いたげな表情のラティに確認を取ったカルミアは、


(どうしたものかねぇ……)


 内心 頭を悩ませてしまった。



 大切な妹分が男に助けられた。それは良い。

ただ―― 黒髪の男に助けられたのが困ったのだった。


 カルミアたちは、教団のために彼を捕まえなくてはならなくなった。

また カルミアにとって、彼はかわいい妹分の恩人になってしまった。


 さらにラティの口ぶりを聞いて、

彼に対する嫌悪感などもないことから、

 ラティにとっても彼は恩人であり、

また、いくばくかの好意も抱いたのだろう――


(男が嫌いなラティが、まさかねぇ……)


 ――と、そうカルミアは受け取っていた。



 カルミアは、かわいい妹分たちのために体を張れる女性であった。


(捕まえた場合、この屋敷に閉じ込めておくことになるだろうしねぇ……)


 だから、カルミアは悩むことになってしまったのであった。



「ラティ、教団の役目……」

「フォリア? 」

「本部から……彼を捕まえてこいって……」

「っ……そう……ですのね……」


 カルミアの悩みを察してか、

フォリアがラティに、それを告げた。



「まぁ、そういうことだねぇ。」


 代わりに言ってくれたフォリアに内心 感謝しつつ、


「いつかはそんな依頼が来るとは、ラティもわかってたろう?

ラティを助けてもらったことには 私も感謝するけどねぇ……」


 カルミアはラティに、彼を諦めるように言った。





(私達は、教団のために務めを果たす……)


 敬愛するカルミアの胸に抱かれながら、

それでも ラティの気持ちは晴れなかった。



 ラティも、カルミアもフォリアも、

血のつながりはなく、物心ついた時から孤児院で生活をしていた。


 孤児院での生活は 幼かった彼女達を結束させ、

孤児院の外での『出稼ぎ』の方が まだ、彼女達に実りを与えてくれていた。


 彼女達が黒魔導教団に入ったのは、そんな出稼ぎをしていた時であった。



 ―― いずれ魔物が、邪神ヤクタルチャイル様が、この世界を滅ぼすために


 ―― 自分たちに不自由を、理不尽を強いる全てを破壊するために



 そんなうたい文句に興味を持ったカルミアに誘われ、

妹分であるラティもフォリアも入団することにしたのだった。


 救済ではなく滅亡を、創造ではなく破壊を。


 旧来の宗教であれば かなり異端である宗教と呼べるのだが、

ラティにとっては、その異端こそが救いであった。



 教団は彼女達に役目を与え、彼女達はクネガーの屋敷で、

孤児院に居た時とは比べ物にならないくらいの贅沢ぜいたくをしているのだから。


 脱ぎ捨てていられるくらいの衣服、飽いたら捨てれるほどの装飾品、

好きなだけ食べれて飲めて、身を寄せ合って眠らずにいられる。


 嫌いな男に色を売ることだけ耐えれば良いだけで、

相手の男も選ぶことができるし、クネガーの目が行き届いているのだから。



 その救いをもたらした教団を、ラティ達が退けることなどできはしなかった。



(彼は……誰のために私を助けてくれましたの……? )


 それでも、ラティは彼の目が忘れられなかった。


 自分を助けるために声を上げて動いた黒髪の彼、


 でも彼のその目は幼い頃、

カルミアに助けを求め続けた彼女自身の目に似ていた気がした。


 ラティは彼の手が忘れられなかった。


 手を引いて走る、その動きだけではなく、

彼自身も震えていた気がしていた。



 手をのばしただけで、誰がこの手をとってくれようか。

声にならない声を、誰が聞きつけ助けてくれようか。



 ラティは加工屋の義弟嫁の私室で 眠りから覚めた後、

職人たちが宴をしているのを覗き見ていた。



 黒髪の彼―― ソーマが襲われていた女性を助けた。

それを話題の種として、彼らはその場にいない彼を褒め騒いでいた。


 見るからに安い酒、誰が作ったかもわからない粗雑な料理、

しかし彼らは笑顔で飲み食いをし、楽しんでいた。


 ラティは その光景に羨望を感じながら、

誰にも気づかれないように、この屋敷へと帰ってきたのであった。



(また……彼に会いたい……でも……)


 ラティは そっと目を閉じた。


 ラティにとってソーマが、とても眩しく見えていた。





 ソーマを抱きかかえて屋敷に戻ったバーント達は、

入り口でジョンやパプル家の使用人たちに出迎えられていた。


 ソーマは途中で安心したからか、

バーントに抱かれながら眠りについていた。



「……いったいどうしたんだい? 」

「街の人達に襲われたんだ。」


 一目見て何かが起きたと察したジョンの質問に、

バーントがそう答え、


「襲われたといっても、集団で剣を構えていたけどな。」

「殺そうとしてたってことかっ!? 」


 バーントの言葉をパンプが補い、ジョンは更に驚くことになった。


「それで、ソーマ君は怪我をしてないかい? 」

「おれ達が指一本触れさせてねぇよ。安心しな。」

「それは良かった……」


 動く様子のないソーマを見て心配するジョンに、

引き続きパンプが答え、


「ところで君たちは? 」

「おれは、あー……バーントと組んでたパンプだ。

こいつらはオーカーとカーキー。冒険者だ。」


 ジョンの問いにどう答えたものか悩んだ様子のパンプだったが、

取り巻きの二人と自分をそう紹介していた。


「そうか……ソーマとバーントを助けてくれたんだね。感謝するよ。」

「久しぶりに街に戻ってきたんだが、大変なことになってんだな。」

「へへっ。」

「どうも。」


 ジョンは笑みを浮かべ、パンプと取り巻きの二人と握手をした。



「ジョン、ソーマを寝かせに行きたいんだが。」

「ああ、行っておいで。」


 バーントはジョンの返事を聞いて、ソーマの部屋へと向かい、



「その時の詳しい様子を聞かせて欲しいんだ。」

「まぁ、構わないけど……」


 ジョンはパンプ達を応接室へと通すことにした。



 パンプ達は、パプル家の屋敷で一晩を明かすこととなったのであった。

それと、ジョンが単なる居候であることに驚いていた。



 その事を後で聞いたディールは、


「ジョンが自分より貴族らしく思えるのか……」

「あの場で応対していたのがジョン様だったというだけですよ。きっと……」


 と、拗ねてしまい、珍しくお付きの侍女のパンジーに慰められていた。

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