第96話 黒の責務
「おれはっ! 自分の無力さを思い知らされるのが嫌で お前からっ!
お前から おれは逃げてたんだっ!! 」
バーントさんは体を震わせて、胸の内を明かしてくれた。
いきなり抱き着かれたのには驚いたけど、
おれはその言葉を 驚くことなく受け入れられていた。
まぁ……そりゃそうだろうなぁ、って 思ったから……
『母さん』の時、バーントさんは仲間に裏切られ、
他のみんなは死んでしまったらしいし……
後の事は、おれが一人で動いたりしたせいもあって、
別にバーントさんが悪いわけではなかったんだけど……
でもバーントさんは、全部 自分の責任だって感じてたみたいだし……
普段 無表情だし、あんまり喋らないし、何考えてるかわからないし……
さっきまでの、おれが街の人達に感じていた恐怖も、
今のでどこかに飛んでいってしまったみたいだった。
「バーントさん……」
おれは思わず そっと抱き返していた。
「ソーマ……? 」
「これからも、おれの事……守ってくれますか? 」
抱き返したことでこちらを見上げるバーントさんに、
おれは口元に笑みを浮かべて尋ねた。
我ながら情けない質問だけど、
バーントさんがこれからも、
おれを守ってくれるんならありがたいから……
「っ!? あ、ああ……もちろんだ。」
軽く驚いて、そして少し潤んだ目で、
バーントさんは笑みを浮かべていた。
バーントさんの笑顔って、久しぶりに見た気がする。
本当にずっと……責任を感じてたんだろうなぁ……
―― あの黒いのを殺せぇ!!
―― そいつさえ街に来なかったらっ!!
―― 街がこんなことにはっ!!
―― おれの家族は……
―― きっとそいつが魔物たちを呼び寄せたんだ!!
―― 髪が黒いのは、そいつも魔物だからだっ!!
―― っ!?
「ソーマっ!? 」
街の人達の言葉がフラッシュバックして、
気づいたら おれは、バーントさんにお姫様抱っこされていた。
「大丈夫……おれは……おれは……」
心配させたくなくて、おれはそう言ってるんだけど、
「こんなに震えて……すぐに屋敷へ戻ろう。一緒に来てくれパンプ。」
「あ、あぁ……わかった。お前らも来い。」
「へ、へい……」「大勢に剣を向けられて、怖かったろうなぁ……」
バーントさんには
知り合いの人達から見てもわかるくらい、
おれの体は震えていたみたいだった。
おれの……おれのせいじゃない……
おれは人間だ……魔物なんかじゃない……
そうだよね……『母さん』……
*
冒険者斡旋所の受付室で、エイローは窓際の席に陣取り、
持ち込んだ干し肉とパンを食べていた。
(あの黒いのは、本当に何者なんだろう? )
エイローはあれからも依頼をこなしながら、
シェンナからの接触を待っていた。
(あの衛兵士の女、まだ隊長とやらと話がついてないのか? )
シェンナにソーマのことを話してからも、
エイローは変わらず冒険者の仕事をし、街の復興などに協力していた。
衛兵士に取り入って自身も兵士に、いずれは――
それを目論んで、行動をしていた。
(あの黒い魔物、どう見ても危険過ぎるんだよなぁ。)
その一方で、純粋に魔物たちへの脅威と、
損害を被った街への更なる危機を、エイローは感じていたのであった。
斡旋所ではディールたちからの進言もあり、
犬の魔物と群れの主である黒い三つ首の魔物の討伐依頼が出されていた。
エイロー自身も討伐依頼を受けたいところであったが、
あれ以降 返事のないシェンナにもう一度会っておきたかった。
いつ討伐依頼の完了の報告が入ってくるのかも待ちながら、
この若き冒険者は、ひたすら待ち続けていたのであった。
「エイロー、お前何かやらかしたのか? 」
「あ? なんだよ急に……」
知り合いの冒険者の男が声を掛けてきて、
エイローは
「国衛館がお前を呼び出してるんだとさ。」
「本当かっ!? 」
それを聞いて、すぐに飛び出していった。
「あ、おい……もう行っちまいやがった……って、飯!?
おれが片付けなきゃいけないのか? ……はぁ……」
冒険者の男はエイローの後ろ姿を見て軽く肩をすくめたが、
残された食べかけの干し肉とパンを見つけ、渋々片づけていた。
*
(キガ カワッタ。)
以前ソーマがケルベロスかと思った 三つ首の黒い犬の魔物は、
群れの中心でむくりと体を起き上がらせた。
(クロキカミ ノ ヒトゾク。)
見渡す限り、野犬や犬の魔物の群れしかいない草原で、
群れの主は、街の方へ顔を向けた。
ミミズの魔物やタコの魔物の攻撃により群れの数が減ったため、
犬の魔物の群れは街を出て、繁殖を行なうために、
生まれ育った活動領域へ戻ろうとしていた。
(ナゼダ? タベタクテ タベタクテ シカタナイ。)
三つ首の魔物は咆哮を上げると、
(クエバ サゾ ハラガ ミタサレヨウ!! )
単独で群れから飛び出し、街へと走っていった。
群れは遅れて、主を追いかけていく――
街からは群れを、主を討伐するための冒険者たちがやってきていた――
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