第90話 ソーマ、脱ニートから一週間……

 ソーマの胸で泣いた日の夜、

ミザリーは中々寝付けずにいた。



(私は……)


 ミザリーはソーマの横顔を眺めていた。


 最初の頃は看病をするために始めた添い寝で、

彼といずれ関係を持てればと強引に続けていたミザリー。



(……ソーマ様に……本当の気持ちを言おうとしていた……)


 教団のために使用人として潜り込んでいた。


 そのことを、彼の腕に抱かれた時に『それ』を言いそうになっていた。


 ミザリーはジョンがブリアン家の掟に縛られ、

女性と事に及ぶ気がなくなっていったことを知った時、

今でこそ あの頃がそうだったのか と彼女も初恋を自覚しているが、

当時は知らずのうちに、自らその初恋を終わらせた気でいた。


 それが、ジョンとシェンナが抱き合う姿を見ただけで

気が動転するとは思ってもいなかったし、

今までソーマと出逢ってから募った彼への『想い』もまた確かなもので、

一度は寝ている彼の唇を奪ったこともあった。



(好きだと言ってしまえば、それを受け入れてもらえたかもしれない。)


 けれどミザリーは、言えばもう後戻りができないと思った。


(教団の人間だと言ってしまえば、それも受け入れてもらえたかもしれない。)


 けれど素性を明かしてしまえば、もう彼らのそばにいられないかもしれない。



 ジョンへの初恋を、ソーマへの親愛を、

どちらもミザリーは手放したくないし、


 教団の人間として、ブリアン家の使用人として、

そのどちらをも捨てることができない状態であった。


 どちらも選べず、どちらも捨てれず、

後戻りできない状態に進もうとしていた彼女の口を、

ソーマが 今は言わなくていい と塞いでくれた。



 ミザリーは仰向けで寝ているソーマに密着すると、

起こさないように彼の腕を枕にした。


 彼の腕の温かさを、

また、抱かれた時の彼の優しさを思い出したかったから。



「……ん……」


 横に寝返りをうったソーマの額がミザリーの額に触れ、

彼の腕が体が足が、彼女の体に乗っかり、また抱きしめた。


「――っ!? 」


 ミザリーは瞬間的に顔が真っ赤になり硬直したが、


(もっとこうしていたい……)


 恥ずかしく想いながらも、緩やかに眠りに落ちていった。





「ん~、今日も喜んでくれると良いなぁ。」


 おれは昼食の材料を大量に入れたかばんを背負い、

街中から加工屋へ戻っていく。



 衛兵士のシェンナさんが来た翌日から、

おれはアルテナの提案で、加工屋でパートをすることになった。


 店内や居住空間の掃除や洗濯、食事の調理を早朝から日暮れ前まで。


 朝が早いのは ちょっと辛い気もするけど、

一日中何もせずに屋敷に居続けるよりはマシだった。


 おやっさんたちの事情を聴いて、おれも何かしたかったし。

地味に、パプル家の屋敷の使用人たちの目も気になってたし……


 おやっさんたちはアルテナの武器や防具、

それにいずれは おれの鎧も作ってくれるそうだし、

今 彼らに恩を売っておくのも悪くないよね。


 元々、おれの鎧を作ってくれるっていう話だったような気もするけど……


 それより、おやっさんたちが生きてたことにビックリだった。

生きてて良かったよ……


 おやっさん達も、おれが無事なのを喜んでくれてたし、

おれが加工屋の家事とか手伝いをするのを歓迎してくれていた。



 手伝いに入って一週間は経ったけど、

元から加工屋にいた職人さんたちも、

おれがおやっさん達と親しいのもあって、早々に受け入れてくれてるし。


 おやっさん達も加工屋の人達も、体がデカい人ばかりで、

最初に顔を合わせた時は、巨人の国にでも来たのかと思ってしまったよ。


 顔つきがイカついのばかりだから、正直ちょっと怖かったけど。



 加工屋のみんなは大食いだから 料理もいっぱい作らないといけないけど、

でも作ったら作った分食べてくれるのは作った側としては嬉しいかも。


 おれも元の世界で一人暮らししてた時は、

万年床でたまに掃除するか、飯はコンビニもので、

ちゃんとしてたの洗濯くらいだったかな? 洗濯機 動かせば良いだけだったし。


 なんだろう……『自分の』じゃないからかな。

加工屋の店こっちでは、しっかり掃除もやってるしね。


 あっ、掃除で思い出した。


 加工屋の工房は物を作ってる人や鍛冶の熱気で熱くなる時があり、

掃除でせっかくのドレスがホコリで汚れるのが嫌だったから、

ドレスを脱いで 加工屋のお古の作業着オーバーオールを着てたら、

おやっさんの一番弟子のアインさんに、服を着ろ って怒られてしまったっけ。


 首と腹の痣も消えたし、みんなも上半身裸なのに なんでおれだけ……


 まぁ加工屋の人達の着てる服だからサイズ合ってないし、腰回りも緩くて

すぐ脱げそうだったし、しょうがないと言えばしょうがないよな……



 久しぶりに歩くノースァーマの街は、

初めて来た時と比べるとやっぱり寂しく思えてしまう……


 街は復興に向けて冒険者や兵士の人とかが頑張ってくれてるらしいけど、

まだ当時の傷跡は消えてはいないし、なんだか人の様子も良くないしね……


 でもなのか、だからなのかは わからないけど、

おれが食料の買い出しに来てても街の人は変な目で見てこないんだよな。


 ……おれ以外に対して目がいってるようにも思うけど。


 なんか、街の雰囲気が良くないような気がするんだよね……

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