第91話 おやっさんの屋子、屋次子ども

「なぁ、良いよな? 」

「ああ、良い……素晴らしい。」

「あんな男がいるとは思わなかったぜ……」

「おれ達と違って掃除 洗濯 料理ができるしな……」


(ちょっと目を離すと すぐこれだ……)


 加工屋の職人ヒューズの屋子であるアインは、

片手間に道具を作りながら雑談をする屋次子やじこどもの様子に

嘆息しながら、工房にある自身の作業台の椅子に腰かけた。


 彼は少し店外で風に吹かれて涼んでいたが、

急ぎで作らないといけない物があるため 休憩を終わらせ、

昼飯前には納品できる状態にしていきたかったのであった。



 彼らが互いに頷きながら話題にしているのは、

先日から家の手伝いをしてくれる黒髪のソーマについてだった。



 以前はおやっさんに認められる職人になるために技術を磨き、

街のために道具を作ることに 熱心に取り組んでいた屋次子どもだったが――


「ソーマかわいいよなぁ! 」

「本当に最初 女かと思っちまったぜ! 」

「来てくれて本当に良かった! 」

「あぁ~、今日も彼が作る昼飯も楽しみだなぁ!! 」


 ―― 話す相手がいれば、彼についてばかり話し出す始末であった。


 そのくせ、物作りに関してはしっかりやっている分 性質たちが悪かった。

物作りの方がおろそかであったなら、それを理由に咎めることができたのだから。


 最近では、ここの加工屋の職人たちも会話に加わっていたのを

アインは見たことがあった。

 それが付き合わされたものか、自発的かはわからなかったが。



「おめぇらよぉ……ずっとアイツの話ばかりだな……」


 つい口を挟んでしまったアインだが、


「何言ってんすかアインの兄貴! 」

「今 おれ達の中では炎で熱した鉄より熱いんすからね!? 」

「おれ達みたいな女日照りな連中にとっては まるで道に咲く華なんすよっ!! 」

「あんなカワイイ彼をでますか? はい、愛でます! 愛でたい!! 」


 イカつい顔をした体格のデカい連中が、揃いも揃って熱く言い返していた。


「彼がせっかく おれ達と同じように作業着を着てたのに、

アインの兄貴がすぐ着替えさせたのは もったいなかったっすよ……」


 屋次子の一人のカイムが惜しそうに言ったの聞いて――



 ホコリの積もってるところを掃除するからと 高価な女性用衣装キメルスを脱ぎ、

男性用衣装ダンキル下衣ズボンと古い作業着を着たソーマは、

確かに自分たちと同じ男で 上半身裸なのも同じだった。


 だが、体格差の違う服を着たせいで頻繁に肩紐の片方は ずり落ちる。


 正面は服の大きさゆえに体を隠せても、背中側は肌が腰まで見え過ぎた。


 屋次子たちと違い 筋肉がガッシリとついていないし、元々の見た目のせいで

少女が上半身裸で作業着を着ているようにしか アインも見えなかったのだった。



(てめぇらが変な気を起こすようにしか見えなかったんだよ……)


 ―― それを思い出して にへらと顔の歪んだ屋次子たちを見て、

アインの表情は硬くなっていた。


 ただでさえ女のいない 筋骨隆々な男達ばかりの加工屋環境


 キメルス女性用衣装の似合う彼が日常に関わってくるようになったせいで、

どいつもこいつも ソーマを本物の女のように扱いだしている。


 ここの職人たちはともかく おやっさんについていたアイン達にとっては、

ソーマは おやっさんの仕事復帰に一役買ってくれているのだから

見た目も相まって非常に好意的だった。むしろ好意的過ぎた。



 アイン自身もソーマに対しては好意的だし、

おやっさんの件では頭の下がる思いでいるのだが、

屋次子どもの悪影響があるせいで、彼に対しては一歩引いてしまっている。



「そういや、そのソーマはどこ行ったんだ? 」


 作業時以外は、誰かしらが彼の姿を追っているのが

当たり前になってきていたが、工房に来るまでの間、

彼の姿を見なかったため、アインは疑問を口に出した。


「あ、そういや昼飯の材料が足りないって言ってたっすよ。」

「ん? 夜の分がなくなるって言ってたんじゃなかったか? 」

「この間 珍しい香辛料を見かけたから、それが欲しいって……」

「もしかして独りで買い物に行ったんじゃないすかね? 」


 口々に言う彼らの言葉を聞いて、



(おやっさんやアルテナの嬢ちゃんから、

『常に誰か傍に居ろ』って言われてたんだよなぁ……)


 それを思い出して、アインは少し頭が痛い思いをしていた。


 店の内外では屋次子どもが誰かしらソーマの近くにいたため、

アインはてっきり 両者が屋次子どもにも言い含めていたと思い込んでいた。


 その事に気づいたのだった。



(何度も買い出しに付き合ってるから、金も店の場所も知ってるわけだし……)


 それでなくても 加工屋の掃除をしている彼は ある意味、

自分たちよりも店内の物の場所を把握している可能性もあった。


 街の食材屋だって数日の間に何度も行き来しているし、

食材屋の人達もソーマをよく知っている。何せ髪色も目立つのだから。


(というか、彼が誰も誘わずに買い出しに行くか?

……行く時もあるか。でも、誰にも声をかけなかったのか? )


 アインは少し考えていたが、



「あれ、アインさん? ソーマと一緒じゃなかったんすね? 」

「ザンド、それはどういうことだ? 」


 新たに工房に入ってきた屋次子のザンドの言葉に聞き返していた。



「いや、食材の買い物に行ってくるって彼が言ってたから、

てっきりアインさんと一緒に行くもんだと思ってて……」

「なんでおれが一緒に行くって思ったんだよ? 」

「そりゃ、アインさんが外に出た後だったから っすよ。」

「あー……おれが涼みに行った後か……」


 それを聞いて、アインはソーマが独りで行ったことに合点がいった。


(おれの後を追ったのは いいけど、

おれが休んでるのを見て言えなかったんだな……)


 そう結論付けて、アインはいじらしい気持ちになった。



「やっぱり背中が良いよな! 」

「いや、脇から腹にかけてだろう! 」

「あの時はもしかしたら胸が見えてたかと思うと……」

「恥じらうような笑みがクるんだよなぁ! 」

「こう、静かに寄り添ってくれるような感じが良いんだよ! 」



「まぁ……そのうち帰ってくるだろう。」


 ザンドも加わり、屋次子たちが再びソーマの話題で

盛り上がっているのを聞きながら、アインは作業にとりかかっていた。

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