第89話 涙のミザリー
あー……息できなかったせいで、頭がぼぉーっとする……
まさか……初対面の女性から……あんな感じで……
衛兵士の女性に唇を塞がれたおれは、
用意されていた部屋のベッドに寝かされ、ぐったりしていた。
寝てるような、起きてるような、
熱に浮かされているような不思議な感じ……
おれを部屋に運んだミザリーさんもパンジーさんも、
屋敷の使用人の人も部屋を出たっきりで、一人きり――
――だったんだけど、
ドアの開く音がして、誰かが近づいてくる。
……ミザリーさん? ……泣いてる?
*
(ジョン様が……)
ミザリーの初恋の相手は、ソーマではない。
ジョンの心を射止め、教団のための援助をブリアン家にも行わせる。
そのために教団員であるミザリーはブリアン家に潜り込んだ。
その日々は
他の使用人たちとも
ジョンは女を性的な意味で抱くことはなかったが、
普段に接している分には使用人であるミザリーにも優しく対応していた。
ジョンは、初対面だったソーマも認めるほどの美形であった。
貴族であること、ブリアン家の嫡子であることを重視しているため、
たまに他者の生まれを気にして蔑むこともありはしたが、
繰り返す屋敷での生活の中で、ミザリーは次第にジョンに対して好意を抱いていた。
それを恋愛の情と自覚できず、またミザリーの気質により、
それを今までジョンに示すこともなかったわけだが……
ジョンとシェンナが抱き合っているのを偶然見てしまい、
ミザリーは自分でもわからないままにソーマのもとへと駆けこんでいた。
*
「あ、えっと……私……その……」
ベッドサイドまで近づいてきたミザリーさんだけど、
「……私……どうして……」
彼女自身、どうしたら良いのかわからないみたいに立ちつくしていた。
ミザリーさんのこういうのは、二回目だよな……
ぼんやりとした頭に浮かんだのは、夜の彼女の涙……
おれはポンポンとベッドを叩いた。
「あ、な、なんでしょうか? ソーマ様? 」
そして手招きすると、ミザリーさんがベッドに乗って更に近づいてきて、
おれの腰の横あたりに膝をつけていた。
「ミザリーさん。」
「はい? 」
思った以上に ぼそっとしか声が出てなかったみたいで、
彼女が耳を近づけてきたから、そのまま彼女の頭を胸に抱くことにした。
普段のおれなら、こんなこと絶対にしないと思う。
でも今は、そうしてしまっていた。
「きゃっ!? 」
ミザリーさんは軽く悲鳴を上げたけど、
おれがそれ以上何もしないことに気づいて、抵抗しなくなっていた。
ミザリーさんに何があったのかはわからない。
あの夜のキッスだってそうだ。
彼女から言ってくれないと、
こちらから問いただすわけにもいかないし。
だから――
「何も怖い事はないよ。」
――おれはそう言って抱きしめながら、ミザリーさんの頭を撫でた。
薄黄色の髪のサラサラとした感触と、
ミザリーさんの体温や重さを体で感じている。
「ソーマ……様……」
ミザリーさんは、おれの体の上に寝そべるように体勢を変えた。
しばらくの間そうしていると、
だんだんとさっきまでぼんやりとしていたのがなくなっていた。
意識がはっきりしてくると、
彼女の胸が当たってることを意識しちゃうけど、
ミザリーさんに何かがあったみたいだし……
「私……ぐすっ……本当は……っ、でも……私は……ひっく……」
その間に安心したのか感極まったのか、
彼女は しゃくりあげながら何かを言おうとしているみたいだったけど、
「今は言わなくていいよ。」
「ん……」
親指の腹を彼女の唇に当てて、止めさせた。
何を言おうとしてたのかは気になったけど、
そのまま言わせて良かったのかもわからないし、
なにより早く泣き止んで欲しかったから……
「ぅううっっ……」
そう思ったんだけど、逆効果だったみたいだ……
二人っきりの室内で、ミザリーさんの嗚咽だけが響いていた……
おれはそれを聞きながら ぼんやりと天井を見つめていた。
あー……言わせた方が良かったのかなぁ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます