第89話 涙のミザリー

 あー……息できなかったせいで、頭がぼぉーっとする……


 まさか……初対面の女性から……あんな感じで……



 衛兵士の女性に唇を塞がれたおれは、

用意されていた部屋のベッドに寝かされ、ぐったりしていた。


 寝てるような、起きてるような、

熱に浮かされているような不思議な感じ……


 おれを部屋に運んだミザリーさんもパンジーさんも、

屋敷の使用人の人も部屋を出たっきりで、一人きり――


 ――だったんだけど、

ドアの開く音がして、誰かが近づいてくる。



 ……ミザリーさん? ……泣いてる?





(ジョン様が……)


 ミザリーの初恋の相手は、ソーマではない。



 ジョンの心を射止め、教団のための援助をブリアン家にも行わせる。


 そのために教団員であるミザリーはブリアン家に潜り込んだ。



 その日々はけっして楽ではなかったし、

他の使用人たちともだいなりしょうなりいさかいはあった。


 ジョンは女を性的な意味で抱くことはなかったが、

普段に接している分には使用人であるミザリーにも優しく対応していた。


 ジョンは、初対面だったソーマも認めるほどの美形であった。


 貴族であること、ブリアン家の嫡子であることを重視しているため、

たまに他者の生まれを気にして蔑むこともありはしたが、

繰り返す屋敷での生活の中で、ミザリーは次第にジョンに対して好意を抱いていた。


 それを恋愛の情と自覚できず、またミザリーの気質により、

それを今までジョンに示すこともなかったわけだが……


 ジョンとシェンナが抱き合っているのを偶然見てしまい、

ミザリーは自分でもわからないままにソーマのもとへと駆けこんでいた。





「あ、えっと……私……その……」


 ベッドサイドまで近づいてきたミザリーさんだけど、


「……私……どうして……」


 彼女自身、どうしたら良いのかわからないみたいに立ちつくしていた。



 ミザリーさんのこういうのは、二回目だよな……



 ぼんやりとした頭に浮かんだのは、夜の彼女の涙……



 おれはポンポンとベッドを叩いた。


「あ、な、なんでしょうか? ソーマ様? 」


 そして手招きすると、ミザリーさんがベッドに乗って更に近づいてきて、

おれの腰の横あたりに膝をつけていた。



「ミザリーさん。」

「はい? 」


 思った以上に ぼそっとしか声が出てなかったみたいで、

彼女が耳を近づけてきたから、そのまま彼女の頭を胸に抱くことにした。


 普段のおれなら、こんなこと絶対にしないと思う。

でも今は、そうしてしまっていた。


「きゃっ!? 」


 ミザリーさんは軽く悲鳴を上げたけど、

おれがそれ以上何もしないことに気づいて、抵抗しなくなっていた。


 ミザリーさんに何があったのかはわからない。

あの夜のキッスだってそうだ。


 彼女から言ってくれないと、

こちらから問いただすわけにもいかないし。


 だから――


「何も怖い事はないよ。」


 ――おれはそう言って抱きしめながら、ミザリーさんの頭を撫でた。


 薄黄色の髪のサラサラとした感触と、

ミザリーさんの体温や重さを体で感じている。


「ソーマ……様……」


 ミザリーさんは、おれの体の上に寝そべるように体勢を変えた。



 しばらくの間そうしていると、

だんだんとさっきまでぼんやりとしていたのがなくなっていた。


 意識がはっきりしてくると、

彼女の胸が当たってることを意識しちゃうけど、

ミザリーさんに何かがあったみたいだし……



「私……ぐすっ……本当は……っ、でも……私は……ひっく……」


 その間に安心したのか感極まったのか、

彼女は しゃくりあげながら何かを言おうとしているみたいだったけど、


「今は言わなくていいよ。」

「ん……」


 親指の腹を彼女の唇に当てて、止めさせた。


 何を言おうとしてたのかは気になったけど、

そのまま言わせて良かったのかもわからないし、

なにより早く泣き止んで欲しかったから……


「ぅううっっ……」


 そう思ったんだけど、逆効果だったみたいだ……


 二人っきりの室内で、ミザリーさんの嗚咽だけが響いていた……


 おれはそれを聞きながら ぼんやりと天井を見つめていた。



 あー……言わせた方が良かったのかなぁ……

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