第88話 熱意の『説得』

「―― だから、あんな優しい彼が狙われるのは許せないだろう? 」

「そうね、あんなかわいい子を連れ去ろうとするなんて許せないわね。」


 そう締めくくったジョンの言葉に、シェンナは深く同意した。



 シェンナと二人きりになったジョンは あれから――



 ソーマがホルマの街からずっと尾行されていたこと。

街で教団の者であろう男達に連れ去られようとしていたこと。


 そして――


「いいかい君? よく聞きたまえ。

 彼はねぇ、黒い髪色の印象などを消し飛ばすほどに魅力的なんだよ!

 初めて出逢った時からし目がちで、それにより上目遣いが、

更に身長差からの上目遣いが良いんだよ!

 初めて女性用の衣装キメルスを着せた時の彼の恥じらった様子なんて、

理性が抑えられないくらいに素晴らしかったよ!!

 今はもう当然のように着てはいるけどね。それと、

彼の服のすそをつまんだ時の恥ずかしがりようもまた たまらないね!!

 そして抱きしめた時! 彼は抵抗する、君にも抵抗しただろう!?

けれど『本当に嫌がって』抵抗したことはないんだよ!

 わかるだろう!? 彼が引き剥がそうとしても服を掴むくらいで、

殴ったり蹴ったり、力で強引にしたことがないんだよ!

 君の場合は全身鎧を着ているからね!

むしろ あれぐらい彼が抵抗したのを見たのは初めてだね!! ふざけるな!

 ボクだって彼の唇を強引に奪ったことはないんだよ!! わきまえろ!!

 おっとすまない、つい本音が。

 それより彼はねぇ、幼い顔立ちをしているが声も良い!

落ち着いた大人の声と子どものような幼い顔の差がまた良いんだ!

 そんな彼の声が出なくなった時期もあった。

彼の心が傷ついた時もあったんだ。

 君が彼をどう思っているのかは知らないが、

彼は今まで剣を振ったことないし、女性よりも力もないんだ。

 それは彼自身の能力の問題もあるだろう。

 けれどそれ以上に、彼の他人を傷つけまいとする優しい心根が

そうさせているのだろうし、ボク達はそれを守りたいんだ。

 ボクだって、彼の優しさに心に救われたことがあるんだ――」


 ―― ソーマが(ジョンにとって)どれだけ愛らしく、

また保護するに値する人物であるかをシェンナに語った。


 ソーマに一目惚れし彼女だからこそ

 ジョンは内心 歯がゆい思いながらも、

それを顔に出さずに熱く語ったのであった。



「それで、彼のためにも話してくれないか? 」

「……、……教団とは、関係ない―― とは思うんだけど……」


 少し逡巡しゅんじゅんしたものの、シェンナは話すことを決意した。



 シェンナは、エイローと初めて出会った時のことから、

エイローが自身に取り入ろうとしていることまでを、ジョンに話した。



「偶然 目撃されたのか……けど、それを広められると困るな。」


 話を聞き終え、ジョンは顎に手を当て考えていた。


「どうして? 街にまだ脅威が残っているかもしれないのに。」


 衛兵士であるためにシェンナは尋ねたが、


「それを聞いた街の人達が、彼に何を仕出かすかわからないだろう? 」

「そ、それは……」


 ジョンの懸念に彼女は言葉を詰まらせ、


「かといって、街の危機を放置することもできない。」

「で、ではどうしろと? 」


 シェンナはジョンの顔を仰ぎ見ていた。


「ディールたちが今、国衛館か斡旋所に行ってくれてるが……」


 ジョンは心配そうにこちらを見るシェンナの様子を見ながらも、

その実、あまり彼女を信用していなかった。


 そもそも彼女自身が、教団の人間かどうかも怪しいのだから。


 そうでなくても、彼女が『屋敷から出る』ことで、

どのような事態になるかもジョンは想定しきれていなかった。


 だからこそ、ジョンは彼女を屋敷に押しとどめ、

ディールたちに出掛けさせたのであった。


(気に入らないが、彼に惚れたことだけが唯一の救いか……)


 ジョンが今のシェンナを信じられるのは、そのことだけであった。



 二人して、これからの事を考えていると――



「ジョン、こんなところで何してるの? 」


 外から戻ってきたアルテナが庭園の二人を見かけて、

こちらへやってきた。


 ジョンは立ったまま、シェンナは正座させられたまま、

アルテナへ顔を向けていた。


「そ、そろそろ立っても良いでしょう?

もう足が痛くて耐えられないのよ……」

「あ、ああ……しかたないな……」


 顔をしかめるシェンナの様子を見てジョンは了承し、

そのジョンの言葉を聞いて、


「……くっ」


 足をガクガクと震わせながらシェンナは立ち――


「っ!? 」

「おっと……」


 ―― あがろうとして態勢を崩し、ジョンに抱き留められていた。



「まぁいろいろあってね。それで、君は何の用だい? 」


 シェンナを抱きしめるのは嫌だったジョンだけども、

事情が事情だけに我慢しながらアルテナに尋ねた。


「あぁ、ソーマをヒューズのところで働いてもらおうと思って。」

「ヒューズ……加工屋のところか。働かせるってどういうことだい? 」

「ほら、魔物が……あぁ、ジョンには話してなかったわね。」

「ソーマ君から聞いたよ。」

「そうなの? なら話が早いわ。」


 アルテナは、おやっさんたちの事情を説明した。



 街の復興のため、

武器防具以外の道具作りを職人総出でしていること。


 アルテナの武具を緊急で作るにしても、

誰かは必ず家事に手がとられる職人がいること。


 屋敷で退屈そうにしているであろうソーマに、

彼らの代わりに家の事をやってもらおうと思ったことを。



「いずれ魔物と戦うためにも、早急に作ってもらわないといけないし、

私だけじゃなくバーントあのデカいのも、武器や防具がいるでしょうしね。」


 そのアルテナの言葉に、ジョンは眉間に指を当てて考え、


「けど、そのためには彼を……屋敷と加工屋とを行き来させるのだろう? 」

「家の事だから住み込み……は、確かに私も不安だわ。

行き来の間、私とバーントとで交代で見るしかないわね。」


 彼の懸念にアルテナはそう答えた。


「あの、私も力になりましょうか? 」

「……」

「私は衛兵士だから、そこらの兵士より剣の腕もあるし、

街の人も変なことをしてこないだろうし、

教団だって、国を相手にしたくはないと思うしね。」


 シェンナはジョンをしっかりと見つめ、


「……頼めるかい? 」


 ジョンはシェンナの目を見つめ返して そう聞いたが、


「もちろん! せっかくのソーマと二人きりになれる機会を

逃すわけないでしょう!! 」


 シェンナの漏れだした本音に、


「……はぁ……」


 ジョンはため息を吐き、


「え、何この人……」


 アルテナは冷めた表情でシェンナを見つめていた。

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