第87話 隣を上を、前を下を

 シアンとバーントは、

ノースァーマの街中から パプル家の屋敷に戻る途中であった。



「あの、さっきは助けてくださってありがとうございます……」


 シアンは隣を歩くバーントに恐る恐る声を掛けた。


 バーントの焦げ茶色の髪が短く揺れ、

彼は鋭い目つきでチロリとシアンを見ると、


「……偶然だ……」


 無表情でそう言って、正面へと視線を戻していた。



(怖いなぁ……)


 高身長のバーントから少し距離をとっているシアンは、

早く屋敷に戻ってソーマに会いたくなっていた。



 依頼を終えたシアンが独りで街中を歩いていた時、

昼頃だというのに 酷く酒に酔った男達に絡まれた。


 男達は腹が肥え、服装や雰囲気から商人たちのようだった。

そこをたまたま通りかかったバーントが彼女を助けたのであった。



 日が経つごとに行商や冒険者たちが街に入り込み、

街の整地をしたり、簡易の布家テントが作られたり、

少しづつ復興に向け、活気が戻り始めている時期であった。


 元から住んでいた人達も

少しずつ精神的に余裕を取り戻そうとしているのだが、

流入してきた者達との間に、揉め事が起きるようになってきていた。



(そういえば……)


 シアンは改めてバーントを見上げた。


 シアンはかつて生まれ育った街で不遇な思いをし、

引き取ってくれたブラウの屋敷に引きこもっていた。


 他人、それも男には忌避すらしていた彼女だったが、

ソーマたちと出会った今のシアンは人通りのある街中を歩いているし、

彼ら以外の男性―― バーントの隣を歩いている。



 ―― 事情は知らない。けど、ソーマを危険な目に合わせたな!


 ソーマのために拳を振るったバーントの姿を思い返していた。


 また、ソーマが錯乱した時、

心配のあまりに駆け寄ってきたことも、シアンは思い出した。



(不得意……なのかしら? )


 背が高く、目つきも鋭くて無表情なバーント。


 けれど人付き合いが苦手なんだと思うと

ちょっと親しみを抱いたシアンは くすっと微笑み、

バーントとの距離を縮めて 並んで歩いていった。





 バーントは今もなお、自身の無力さにさいなまれていた。


 街を哨戒し、ミミズの魔物の生き残りがいないかを見てまわり、

また街中での揉め事の仲裁や鎮圧に駆り出されるようになっていた。



 シアンを助けに入ったのも その活動をしていたからで、

バーントは彼女をパプル家の屋敷へ送ることにした。


 バーントは ちらっとシアンを盗み見た。


 黒に近い紺の長い髪を後ろで縛り、

男受けする体つきの、温和な顔つきの美女。


 バーントは、彼女がソーマと唇を重ねていたのを思い出していた。



「……ソーマとは、どこで? 」


 バーントは、シアンに尋ねてみた。


「え? 」

「だから、ソーマとは、どこで知り合ったんだ? 」


 話しかけられるとは思ってなかった彼女に聞き返されて、

バーントはゆっくりと尋ね直していた。



「ソーマさんとは、私が生まれ育ったホルマの街で―― 」

「ふむ。」

「―― 魔法の練習をしてる時に……」


 彼女は隣で笑みを浮かべていたが、その表情が固くなり、


「? 」

「……危うく魔法を当ててしまいそうになったん……です……」

「す、すまない……」


 そして青ざめた表情でうつむいたシアンに、

バーントは思わず そう言ってしまっていた。


 まさか彼女と彼の間にそんな出来事があったとは

思ってもなかったバーントであった。


「でも、ソーマさんは許してくれたんです。

『謝ったし、魔法っていう凄い物を見せてくれたから』って。」


 顔を上げたシアンの晴れやかな表情を見て、


「そうか……」


 バーントは他に言える言葉がなかった。



 どことなく彼女の髪色も日の光に反射して、

表情のように きらめくような海の蒼さを思わせていた。



 その青さから目を逸らすように前を向いたバーントは、


(ソーマは……おれを許してくれるんだろうか……? )


 そう思っていた。


(きっと……でも……彼は……)


 憂いを持ってうつむき、二人はパプル家の屋敷へと戻っていった。



 空は晴れやかだけど、いずれ暮れていく様相を見せていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る