第86話 手をのばすは、知りたくて

 考える。考える。


 触手をうねらせながら、水路を、水底を漂いながら、

黒いタコのような魔物は思考を巡らせていた。



 魔物は体が大きくなるとともに知能も増し、

謎の呼び声に応じて街へ行き、犬の魔物たちと戦い、

自身の体が爆発的に進化したことを自覚していた。



 自身の変化、状況を見て撤退を決意して棲みに戻り、

黒い魔物はエサを食らいながらも、考えを続けていた。


 今の魔物にとっては、

エサを食うことと考えることが楽しみであった。


 墨を吐いて撤退していた時に見かけた人族たち。


 同じく進化した犬の魔物。


 壊れた人族たちの棲み処。


 魔物は考える。


 考える。


 壊れた棲み処から、こちらへ出てきた人族たちの死体を

触手で手足を広げさせ、隅から隅まで眺めて考える。


 小さいのはなぜか? 少ないのはなぜか? 色は?


 黒いタコの魔物は表面の色を変え、その姿を消した――





 ヴィラックから荷物を預かって教団本部へ行った男は、

研究者でもあるシュロソ導師に、彼の研究室へ呼び出されていた。



「長旅で疲れてるだろうが、呼び出して申し訳ないね。」

「そ、それで、何の用でしょうか? 」


 顔をグルグルと白い布で巻いて目元しか見えないが、

ニコニコと笑みを浮かべているであろうフィロソ導師に対して、

男の表情は硬く、しかし相手に同調しようとんでいた。


 研究室や室内にある備品などは清潔を保たれているのだが、

男の臭覚には、血の匂いを感じさせていたのだった。


「いやぁ本当は すぐにでも聞くべきだったんだけど、

君からもらった品物を調べてる内に意識がそっちに行っててね!! 」

「は、はぁ……」

「あぁ、椅子に座って。」


 導師の勢いに呑まれながら、

男はそばに置かれていた椅子に座った。


「導師は座らないので……? 」

「ぼくは歩きまわっているほうが頭も動くからね。

座る時は物を作る時とかさ。」

「は、はぁ……」


 言いながら男の周囲をウロウロしているシュロソ導師に、

男はもう早くも退室したい衝動に駆られていた。



(ヴィラックといいコイツといい、ヤバいのばかりだな……)


 男はそう思わざるを得なかった。


「それでまぁ、あの品物とかを入手した経緯を聞きたいんだがね。」

「ああ……」


 導師の聞かれるままに、男は説明した。

ヴィラックの手柄の部分は限りなく伏せた状態で。


「それで、黒髪の男も見たんだね? 」

「見たけど、女みたいなヤツだったぞ。」


 いつの間にか男はもう、相手が格上の導師だというのに、

いつもの口調に戻っていた。


「ふむ、中々興味深いね。」

「そうか……? 」


 研究対象が増えて興奮気味のシュロソに対して、

男は小声でそう呟いていた。


「そうだよっ! 」

「うおっ!? 」


 聞かれていたこと、ギュンッと顔を近づけられ、

男は軽く仰け反った。



「服の繊維はどこにでもあるようでどこにでもない材質だし、

あんな形状の靴は探せばあるだろうが 初めて見たしね!!

 腰巻や鎧は、別に興味も何もそそられはしなかったけどね。

それより黒い羽根!! あれはかなり濃くて異質な魔力が込められていたよ!! 」

「異質な……魔力……」


 一気にまくし立てる導師の言葉に、男は生唾を飲み込んだ。


「そう、我々が魔法として扱っている魔力、魔物が魔物たる要素。

この魔力は……フハハッ!! 素晴らしいっ!! 」


 歓喜のあまりに天井に両手を掲げたシュロソ導師。


 彼の狂気が男にも感染し――


「ぎゃっ!? 」


 ―― 背後から何者かの攻撃によって気を失わされてしまった。



「おっとミフラク君。まだ話の途中だったのに。」

「……違った? 」

「ふむ……いや、違わないね。」


 シュロソと同じく、目元以外を布で巻き、

しゅんとうつむいた彼女ミフラクの様子を見て、シュロソはそう答えた。


「ミフラク君、彼らに指示を出したまえ。」

「……? 」

「黒髪の男か女かわからない人物を、ここに連れてきたまえ―― とね。」

「わかった。」


 うなづいてミフラクは顔の布を外し、

黄色のしっとりとした髪をなびかせて部屋を出ていった。


 それを見送って、


「さて、ちょうど良いから君にも『協力』してもらおうかな。」


 シュロソ導師は気絶している男を見て、ニタリと笑みを浮かべていた。

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