第86話 手をのばすは、知りたくて
考える。考える。
触手をうねらせながら、水路を、水底を漂いながら、
黒いタコのような魔物は思考を巡らせていた。
魔物は体が大きくなるとともに知能も増し、
謎の呼び声に応じて街へ行き、犬の魔物たちと戦い、
自身の体が爆発的に進化したことを自覚していた。
自身の変化、状況を見て撤退を決意して棲み
黒い魔物はエサを食らいながらも、考えを続けていた。
今の魔物にとっては、
エサを食うことと考えることが楽しみであった。
墨を吐いて撤退していた時に見かけた人族たち。
同じく進化した犬の魔物。
壊れた人族たちの棲み処。
魔物は考える。
考える。
壊れた棲み処から、こちらへ出てきた人族たちの死体を
触手で手足を広げさせ、隅から隅まで眺めて考える。
小さいのはなぜか? 少ないのはなぜか? 色は?
黒いタコの魔物は表面の色を変え、その姿を消した――
*
ヴィラックから荷物を預かって教団本部へ行った男は、
研究者でもあるシュロソ導師に、彼の研究室へ呼び出されていた。
「長旅で疲れてるだろうが、呼び出して申し訳ないね。」
「そ、それで、何の用でしょうか? 」
顔をグルグルと白い布で巻いて目元しか見えないが、
ニコニコと笑みを浮かべているであろうフィロソ導師に対して、
男の表情は硬く、しかし相手に同調しようと
研究室や室内にある備品などは清潔を保たれているのだが、
男の臭覚には、血の匂いを感じさせていたのだった。
「いやぁ本当は すぐにでも聞くべきだったんだけど、
君からもらった品物を調べてる内に意識がそっちに行っててね!! 」
「は、はぁ……」
「あぁ、椅子に座って。」
導師の勢いに呑まれながら、
男はそばに置かれていた椅子に座った。
「導師は座らないので……? 」
「ぼくは歩きまわっているほうが頭も動くからね。
座る時は物を作る時とかさ。」
「は、はぁ……」
言いながら男の周囲をウロウロしているシュロソ導師に、
男はもう早くも退室したい衝動に駆られていた。
(ヴィラックといいコイツといい、ヤバいのばかりだな……)
男はそう思わざるを得なかった。
「それでまぁ、あの品物とかを入手した経緯を聞きたいんだがね。」
「ああ……」
導師の聞かれるままに、男は説明した。
ヴィラックの手柄の部分は限りなく伏せた状態で。
「それで、黒髪の男も見たんだね? 」
「見たけど、女みたいなヤツだったぞ。」
いつの間にか男はもう、相手が格上の導師だというのに、
いつもの口調に戻っていた。
「ふむ、中々興味深いね。」
「そうか……? 」
研究対象が増えて興奮気味のシュロソに対して、
男は小声でそう呟いていた。
「そうだよっ! 」
「うおっ!? 」
聞かれていたこと、ギュンッと顔を近づけられ、
男は軽く仰け反った。
「服の繊維はどこにでもあるようでどこにでもない材質だし、
あんな形状の靴は探せばあるだろうが 初めて見たしね!!
腰巻や鎧は、別に興味も何もそそられはしなかったけどね。
それより黒い羽根!! あれはかなり濃くて異質な魔力が込められていたよ!! 」
「異質な……魔力……」
一気にまくし立てる導師の言葉に、男は生唾を飲み込んだ。
「そう、我々が魔法として扱っている魔力、魔物が魔物たる要素。
この魔力は……フハハッ!! 素晴らしいっ!! 」
歓喜のあまりに天井に両手を掲げたシュロソ導師。
彼の狂気が男にも感染し――
「ぎゃっ!? 」
―― 背後から何者かの攻撃によって気を失わされてしまった。
「おっとミフラク君。まだ話の途中だったのに。」
「……違った? 」
「ふむ……いや、違わないね。」
シュロソと同じく、目元以外を布で巻き、
しゅんとうつむいた
「ミフラク君、彼らに指示を出したまえ。」
「……? 」
「黒髪の男か女かわからない人物を、ここに連れてきたまえ―― とね。」
「わかった。」
うなづいてミフラクは顔の布を外し、
黄色のしっとりとした髪を
それを見送って、
「さて、ちょうど良いから君にも『協力』してもらおうかな。」
シュロソ導師は気絶している男を見て、ニタリと笑みを浮かべていた。
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