第83話 アルテナの憂慮

「ふん、か……」


 昼時で他の誰もいない工房で、

椅子に座りこんで休んでいた おやっさんは、

扉を開けて姿を現したアルテナを見て、そう皮肉った。


「無事で良かったわ。後、その呼び方はやめて。。」


 露出度の高い鎧 ビキニアーマー の上に衣装キメルスを着て、

左腰に剣を帯びたアルテナは、

おやっさんを訪ねて この金属加工の店に来ていた。



「ふん、お互いにな。……こっちは家が『食われた』程度で済んだよ。」

「無事だった経緯を聞いて、正直 呆れたわよ。」


 おやっさん―― ヒューズの軽口を聞いて、

アルテナは そう声を漏らしていた。


 冒険者をやっていた子供が死んだと聞いて以降、

仕事をやる気力をなくしていたヒューズ。


 ソーマたちから死の真相を聞き、

彼は再び仕事をするために、屋子やこたちと飲んで騒いでたわけだが――



「買い込んだ分じゃ足らずに、わざわざ宿に泊まってたんですって? 」

「……まぁ、そのおかげで助かったようなものだからな……」

「何が幸いするか わからないわね……」

「あぁ……」


 流石にヒューズも言い訳ができないようであった。



「それでこの店は? 」

「おれの義弟おとうとの店だ。」

「なるほど。」


 と、納得した様子のアルテナに、


「それで、何の用事に来たんだ?

あの黒髪の兄ちゃんが来ないと、アイツのは作れないが……」


 おやっさんは要件を聞いた。


「あぁ、ソーマのじゃなくて、私のをね。」

「ほう? 」

「できれば……緊急で。」

「……ただ事じゃなさそうだな。」


 アルテナの返事、表情に、ヒューズはそれを感じていた。



 ただ事ではない。



(それはそうよ。)


 アルテナは内心 焦っていた。


 あの三つ首の魔物と遭遇した時、

 アルテナはシアンを抱きかかえたままであったし、

敵か味方かもわからない奴と犬の魔物の群れを相手に、

ソーマをも守らないといけない状況でもあった。


 もし戦わざるを得ない状況であったら――


(ソーマもシアンも、私も……全員危なかった……)


 魔物の群れが去っていったことこそ、

アルテナにとっては幸いであったのだった。



 ―― クロイカミ


 ―― ヒトゾク テキ ツギ コロス


 あの黒い魔物はソーマを見て言葉を喋り、

そう言って街から去っていった。



 ―― 人族ヒトゾクテキツギ殺すコロス


 ―― 黒い髪のソーマ



 魔物の言葉をそう解釈したアルテナは――



(ソーマが狙われているってことだから……)


 犬の魔物の群れは、再び街にやって来る。


(ソーマが襲われて、無事でいられるはずがない。)


 その確信が、アルテナにはあった。


 ゆえに焦りを感じていたのだった。



 それに大鷲と狼の混ざった黒い魔物と戦った時を思い出し、

アルテナは自らが死ぬ可能性があったことを自覚していたのだから。



 アルテナは剣を鞘ごと、ヒューズに渡した。



「……かなり使い込んでるな。

研いで手入れはしているようだが……」


 受け取り、剣身を見ているおやっさんに、


「その剣の打ち直しと、鎧の加工とを頼みたいの。」


 アルテナは改めて要件を伝えた。


「まぁ打ち直すのも構わないが……

鎧の加工も となると、手が足りないぞ。」

「あの見習いたちは、まだ任せられないの? 」


 アルテナの記憶には、

屋子のアインたちの姿があった。


「あいつらも、もう仕事をさせてるんだ。

ここはおれの店じゃないからな。」

「それでも……手が足りない? 」


 工房はヒューズたちの店よりも広く、

両手で数えられないくらいの座席や道具も用意されていた。


  アルテナはあまり詳しくないが、

金属を火で溶かす用途の備え付け器具なども複数あった。


「おれたちも この店の連中も、

今は街のために武器防具以外の物を優先して作っているし、

そもそも雑な男連中ばかりだから……家のこと、とかがな……」

「誰かは必ず、そっちに人手を取られるわけね。」


 アルテナはそれを聞いて


 パプル家の屋敷で退屈そうにしているであろうソーマの姿を思い浮かべていた。

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