第84話 熱い抱擁

「いやぁ、ジョンが元気になって良かったなー」

「そうですねー」


 少し離れた位置で椅子に座ったディールさんは、

食後の紅茶を飲みながら、パンジーさんと暢気に

そう言って園芸を眺めている。


 二人とも、こっちをチラチラとだけは見て、

ずっとこちらを見ないようにしているけどね……



「……」


 後方でミザリーさんもチラチラと、

こちらに視線を向けているんだろうね……


 ミザリーさんは、今日は屋敷に居続ける日なんだろうか?



 おれ達はパプル家の屋敷の庭園で、

昼食後のちょっとした腹休めの時間を過ごしているんだけど……


 おれはまぁ、ずっと屋敷で休んでいるような状態なんだけど……



「ジョン……」

「なんだい? 」


 おれの背後にいるジョンに声を掛けた。


「そ、そろそろいんじゃないか? 」

「まだ、こうしていたいんだ。」


 そう言ってジョンは腕の力を強めて抱き直し、

おれの背中にべったりと体をくっつけていた。



 おれは落ち込んでいたジョンを元気づけに行った。


 そしてまぁ、確かに、

確かにおれは『抱きしめても良い』と、ジョンに言った。


 ……言ったけどさぁ……



 ゆったりとした椅子に座ったジョンの上に座らされて、

ずっと抱きしめられているのもどうかと おれは思う……


 屋敷内で通りかかった使用人の人とかが、

こちらを見てクスクス笑ってる気がするし、正直恥ずかしいんだよ……


 たまにジョンの指先が動いた時とか、

くすぐったいしゾワッとするしさぁ……



 いつまでも黙ったままは嫌だったから、



「それでジョン、これから……どうするの? 」

「これから……」


 ジョンに聞いてみたら、ジョンはうーん と唸りながら考えて、


「土地が……人が住めるようにならないと、新たに屋敷も建てれないし、

ブリアン家に仕えてくれた者達に不自由をさせたくはないからね……」


 なんだかんだで、ジョンは貴族らしいこと言ってる……


 それに比べて おれは……



 ―― クロイカミ


 ―― ヒトゾク テキ ツギ コロス



「はぁ……」


 あのケルベロスもどきの言葉を思い出してしまった。


「……どうしたんだい? 」


 思わず出ちゃった ため息を聞いて、

ジョンが心配そうに聞いてきた。


「あ……そういや、ジョンは見てなかったんだっけ……」


 あの時いたのは、おれとアルテナとシアンさんに、

アイツと、バーントさんだけだったっけ……?



「街の西と東に、黒い魔物たちがいるはずなんだ……」


 あの時のは確か……元はタコと犬の魔物だったんだろうけど……


「なんだって!? 」

「く、黒い魔物って、どういうことだ!? 」


 ジョンはもちろん驚いて、

ディールさんとパンジーさんも血相を変えて

こちらに近寄ってきた。


 この二人も知らなかったん……だよね……



 おれは、あの時のことを全部話すことにした。



 ミザリーさんと外出してたら謎の男達に襲われそうになったこと。


 おれたちを結果的には守ってくれたアイツや、お爺さんのこと。


 アイツの行動がおかしくなって黒い煙の方へ連れていかれて、

黒い魔物たちを発見し、魔物たちが街から去っていったこと。


 ケルベロスみたいな魔物が、おれ達を見て喋っていたことも……



 ジョンもディールさんも、

おれの話を最後まで ずっと深刻そうな顔で聞いていた。



「これは……ボクたちだけの胸の内に収まってたらいけないな。」

「あぁ。斡旋所……国衛館にも届け出た方が良いだろうな。」


 ジョンの視線を受けて、

ディールさんも見つめ返して一緒に頷いていた。



「あの、衛兵士の人が『ジョン様に会いたい』と、

こちらに来られていますが……」


 そんな時に、パプル家の使用人の人がドアを開けて

それを伝えにきたから、


「んじゃ、ちょっと。」


 おれはこの機会にとジョンの膝の上から降りて、

屋敷の中へ―― 部屋に戻ろうとして――


 ドンッ!


 ―― 使用人の人の脇を通ろうとしたら、

タイミング悪く、誰かにぶつかって弾き飛ばされそうになった。



「いったたた……」


 そのまま尻もちをつくはずだったんだけど、

誰かに肩を掴まれて倒れずに済んで……


 その誰か―― 背の高い、鎧を着こんだ茶髪の女の人が目の前にいた。


 アルテナや冒険者の人が着そうな軽めの鎧じゃなくて、

頭以外の全身に金属鎧を着た甲冑騎士みたいな女性だった。





 シェンナは、何の思惑があるのかは知らないが

自分に媚びている様子のエイローから聞き出した情報、

黒い魔物と黒髪の人物の情報を、直属の隊長に報告したものの――


「斡旋所や国衛館にいた連中は何も知らなかったぞ。」

「そんな誰とも知らない者から聞いた話を信じられるか。」

「そんなことより街の復興のために活動しろ。」

「黒髪の人物がいるならオレのところへ連れてこい。」


 ―― と、取り合ってもらえなかった。


 彼女は与えられた任務をなかば無視して街で聞き込みを行い、


 ブリアン家の人間たちがパプル家の屋敷にいることを突き止め、

任務を無視したことを隊長のヘムロックに知られて怒られてしまっていた。



(もし本当であれば、街も人もどうなるかわからないのに……)


 半ば不安感に襲われたシェンナは再び怒られることを覚悟しつつ、

単身、パプル家に乗り込んでいた。


 黒髪の人物が屋敷に居れば、

強引にでも隊長のところへ連れていくつもりだった。



 そんな矢先に彼女はソーマとぶつかってしまい――



(いた、本当に髪が黒い――)


 シェンナは、まずは髪の色に着目し、


(―― 少女!? )


 後ろへ倒れ込みそうだった体を掴みながら、

背が低く、また女性物の貴族衣装 キメルス を着ているソーマを見て、内心驚いていた。


(……少女? こ、子ども? )


 引き寄せて立たせながらソーマの顔をジロジロと見ていても、

シェンナには、ソーマが大人か子供かの判断がつかなかった。


「? 」


 ソーマがシェンナの様子に疑問を抱いて

彼女を見上げ、その目を見つめ――


「か……」

「か? 」


 その上目遣いの目に見つめられ――



「かわいいっ!! 」


 シェンナは我を忘れてソーマを抱き寄せ、

熱く抱擁をしていた。

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