第70話 雨降り出し敵意現る

 昼頃になって、冒険者斡旋所 本館は騒然としていた。


 ノースァーマの街の東から、

こちらへと向かって突き進む魔物の群れを確認したからだ。


 統率のとれた魔物の群れの速い進行に対し、

 斡旋所は街中にいる冒険者たちを集め始め、

また貴族たちに、抱えの私兵を出すように依頼していた。


 斡旋所は国衛館の兵士たちとも連携を取り、街の人々には、

斡旋所が警鐘を鳴らせばいつでも家に避難できるように通達を始め、

またチカバとドゥチラナカの街へ、増援を出すよう手配したばかりであった。



「街の石壁のところまで来られたら、おれ達の負けだな。」


 緊急の依頼を受け終えたエイローは戦いの準備をしながら、

斡旋所内を見まわした。


 エイローと同じく緊急で呼び出され、

次々と同じ依頼を受ける歴戦の冒険者たちの姿がそこにあった。


「後、数時間もすれば冒険か。……ちっ、嫌な天気だ。」


 ガラス窓から外を見上げると、

もう雨がザーザーと音を立てて降っていた。





 あー、靴と服が届いて良かったー。


 おれは届けられた革靴とズボンを穿いていた。


 上着も用意されていたけど、首を隠せなかったから着るのを諦めて、

ハイネックに長スカートの、ワインレッドのドレスをそのまま着ていた。


 それで、どうせだからと街へ出掛けることにした。


 ……気分転換がしたかったし……



「……あの。」


 おれは振り返って声を掛けた。


「なんでしょうか? ソーマ様。」


 メイド服から長袖の白いワンピースに着替えたミザリーさんがいた。


 メイド服も似合っているけど、白いワンピースを着ていると、

彼女こそ お嬢様みたいに見えていた。



「……こんなこと頼むの恥ずかしいんですけど……」

「はい? 」

「……、……手、繋いでもらって良いですか? 」

「っ、は、はいっ……どうぞ……」


 きょとんとしていたミザリーさんだけど、

顔を赤くして、慌てておれの右手を握りしめていた。


 夜は裸で添い寝してくるくせに、

こういうことには照れているのを見てるとなんだか、

彼女が、かわいらしく思えてしまっていた。



「どこ行きましょうか? 」

「ど、どこにでも……お供します……」


 じゃあテキトーに、ってことで、街の中を散策することにした。


 ミザリーさんが後ろに控えるのはわかるんだけど、

一人でいるような気になるのが嫌だったんだよね……


 まぁ、また何かに襲われることもないと思うんだけど……



 バーントさんに、おデコにキ、キスされて……

お互いしどろもどろになっている内に おれは部屋に戻ったんだけど、

部屋に戻っても、なぜキスされたのか? で、頭を抱えてたんだよね……



 そうしている内にミザリーさんが届けられた靴と服を受け取ってきて、

ついでに、気分転換の外出を提案してきたので、おれはそれに乗った。


 気分転換といっても、あまり遠出する気はなかったので、

すぐに屋敷に戻れそうな距離で―― と、ミザリーさんと打ち合わせていた。

 でも、結構歩いた、かな?



「それにしても……街が妙に騒がしいような……」

「そうですね……」


 騒々しいような感じなのに、人通りがだんだん少なくなっていく。


 そう感じているともう、おれたちのいる大通りは、

数えるほどにしか人が通らなくなっていた。


 屋敷を出る前は晴れ晴れとしていた空も、

いつの間にか、どんよりとした曇り空に変わっているし……


 そのうち雨が降り出すんじゃないか?

なんて思っている内に――



「降り出してきましたね……」


 ―― ぽつぽつと雨粒が落ちてきて、勢いが段々と増していく――


「どこかで雨をしのがないと……」


 そう呟いた時、

カンカンと激しく金属を叩き鳴らす音と共に、



「魔物が街に攻めてくるぞーー!! 」

「住民は家の中に避難しろーー!! 」


 急ぎ、周囲へ呼びかけ、

正面の右手の細道から直進し、左手へ走り去っていく男達の姿が見えた。



「魔物が街に? 」

「ソーマ様……屋敷へ戻りましょう。」


 ミザリーさんと顔を見合わせていると、

先ほどの男達が出てきた右手の細道から 冒険者らしい男達が姿を現した。


「もうすぐ魔物が攻めてきます。」

「そちらのお嬢さんと黒髪のお兄さん。どうぞこちらへ。」

「我々が護衛しましょう。」


 荒々しい冒険者のような見た目だけど、

笑顔で優しく、ゆっくりと、おれたちに近づいて声を掛けてきていた。


「良かった……」


 ミザリーさんは安堵の表情でほっ、と ため息を吐いて

彼らの方へと歩き出した――


「そ、ソーマ様? 」


 ――のを、おれは掴んでいた手を握りしめて、彼女を引き戻した。


「どうしたのです? 」

「もうすぐここは危険になるんですよ? 」

「さぁ、我々と一緒に! 」


 彼らも、おれが動かなかったのに驚いているみたいだった。


はすぐそこですから、他の人達を守ってやってください。」


 おれも彼らみたいに笑顔で優しく、そう答えた。


なら我々も知っています。さぁ遠慮せずに。」


 お互い穏やかに、でも、その言葉を聞いておれは、

あ、これはもうダメだ……と思ってしまった。


「どうして、おれ達が屋敷から出てきたのを知ってるんです? 」

「っ、そ、それは、以前お見掛けしたことがあったからで……」

「そうですか。」

「そ、そうです。ですから―― 」


 彼らの取りつくろう声に、


「さっき、おれのことを黒髪の『お兄さん』って、

おれが『女じゃない』って、よく知ってましたね!? 」


 耐えきれずにおれは、大きな声を張り上げてしまっていた。


 この街に来て、ドレスを着させられてからずっと、

おれは女に見間違えられてきていたのに、彼らはおれが男だって知っていた。


 いや、おれ達に近づいてきていた時から警戒してたんだ。


 もうすぐ魔物が来るって言ってるのに、

余裕を持ってゆっくりと歩いてきてたんだから――


「―― っ!? 」


 彼らの目が驚きに見開いていた。

自分たちの失態に気づいたから。


 ミザリーさんもハッと驚いて、おれと彼らとで視線を行き来していた。



「ちっ、バレてはしかたない。」

「我々と一緒に来てもらおう。」

「手荒な真似は、したくない。おいっ! 」


 彼らの顔つきが険しくなって、鞘から剣を抜いた。


「んだよ、失敗か。」

「騙されてりゃ良かったのによ。」


 後方からも奴らの仲間が大通りに姿を現して、

でもこいつらは剣も抜かずに、おれ達の近くで立ち止まっていた。


 こいつら、さっき周囲に避難を呼びかけてた男達だ……



「そ、ソーマ様……」

「……」


 ミザリーさんの手に力が入る。

声も体も震えているのがすぐにわかった。


 そりゃ怖いよな……おれも怖いんだよ……


 ついこの間、おれ襲われたばかりだったしな……

だからアルテナにも、屋敷で待ってろ、って言われるんだよ……


 こいつら、おれ達が抵抗したら殺すつもりのかな?

どんな目的があるのかは知らないけど……剣構えてるものな……


 怖い……ミザリーさん守らなきゃ……でも怖い……


 助けて……助けテ……



「お姫様は助けなきゃねぇ。」



 ―― えっ?





 ザーザーと降り落ちる雨の中、

家や店の壁を蹴り、赤紫の髪をした男が大通りの宙を飛んだ。


 両手に酒瓶を持った彼の、突然の登場に全員の目が彼へと集まり、


 ヴィラックはソーマ達の後方にいた男達の目の前へ、

彼らの頭へ、幅の厚いの果実酒のガラス瓶を振り下ろしながら着地した。


 その勢い、強さでガラス瓶が甲高い音を立てて割れ、

男達の額も割れ、短い悲鳴とともに男達は後ろへと倒れて動かなくなった。



「あー! 貴重な高い酒がーっ!? 」


 ヴィラックは、雨とともに石畳の地面に染み込んだ果実酒に、

悲鳴を上げていた。


「き、貴様っ!? 」

「どういうつもりだヴィラックっ!! 」

「裏切ったのかっ!? 」


 剣を構えた男達は、彼のまさかの行動に驚き戸惑い、声を張り上げた。



「んぇー? あー、君達だったのか……ごめんね? 知らなかったんだ。」

「はぁ!? 」

「知らなかっただと!? 」

「それで我々の邪魔をするのかっ!? 」


 ソーマとミザリーたちを飛び越えて正面へ立ったヴィラックと同じ

黒魔導教団の団員たちは、ヴィラックの言動に戸惑うばかりであった。



「お前たちの勝手な行動を、許すわけにはいかん。」

「なっ!? 」

「ま、まさかっ!? 」

「なぜ、ここにっ!? 」


 ソーマたち後方の横道から、

旅人の装いをしたローグレーも現れ、

団員たちは更に驚くことになってしまった。



「「……」」


 ソーマとミザリーは、この状況についていくのが精いっぱいで、

ろくに言葉を発する余裕もなかった。



 その間にも雨は降り続け、犬の魔物の群れは街へと近づいてくる。


 街の人々は斡旋所の想定より早すぎる警鐘を聞き、

それを拡散し伝えて、各々の家や店などの建物に避難し終えていた。


 街を再び地響きと軽い振動が地面を揺らし、そして――


 街のあちらこちらの地面から 緑色の大きなミミズの魔物たちが、

地中から土を食い破って飛び出してきていた。

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