第71話 大地鳴動の街
雨が降り続くノースァーマの街の西で、
「な、なんなんですかっ、この魔物たちはっ!? 」
「知らないわよ! 次っ! 」
「は、はいっ! 魔力よ!炎よ!!―― 」
突然沸いたミミズの魔物たちをアルテナは剣で斬り、
続けてシアンの放つ魔力の炎が、斬った魔物を焼き尽くしていた。
雨が降り出す前、二人は街の細々とした依頼をこなしていたが、
雨と警鐘とで、一時的に依頼主の家に避難していた。
アルテナは警鐘が鳴った後に屋敷へ戻ろうと言い出したが、
シアンが雨を理由に押しとどめている内に地響きが起こり、
依頼人の家の中や外、街のあちこちで魔物たちが沸き出てきたのを見ていた。
目も鼻もなく、のっぺりとし、長く太縄のようなヌルヌルとした緑色の体、
そして頭部らしき先端には人間の、それも汚いおっさんのような口がついていた。
二人は最初、その見た目から生理的な恐怖を感じていたが、
この世界の男性の平均身長を超える その魔物たちを野放しにはできず、
手近なところだけではあるが、討伐に乗り出していた。
「斬るだけじゃダメ! 焼くだけじゃダメ! 本当に厄介ね!! 」
鎌首をもたげアルテナへ敵意を向けるミミズの魔物へ駆け寄って斬り、
次いで建物に
「急にこんなことになるなんて……炎よ! ―― 」
シアンは口早に呪文を唱え、アルテナが斬った魔物を炎で包んだ。
斬られた瞬間から じわじわと治ろうとしていた傷ごと焦げつき、
ミミズの魔物たちは悪臭を放って動かなくなっていった。
「……屋敷が心配だけど、こっちの人達の安全を確保しないと……」
「そ、そうですね……」
「行くわよシアン! 」
「は、はいっ! 」
屋敷の方をじっと見ていたアルテナと、
屋敷の方角を見つつも、わずかに目を逸らしていたシアンは、
近辺にいるであろう魔物を探して一緒に走り出した。
「……ソーマさん……」
シアンの小さなつぶやきは、
アルテナの耳には入ることはなかった。
*
「いやー、オレ一人だけじゃどうにもなりませんでしたね。」
「この奇怪な魔物は、元は何なのだろうか……」
アルテナ、シアンと同じ戦法でマルゼダとブラウは、
ミミズの魔物たちを相手に、街の南で戦っていた。
「オレ達みたいな対処をしないと 時間稼ぎにもならないってのは、ねぇ。」
「切断、陥没、火、水、風、土、どれも単一では大して効果がない、か……」
二人は、居合わせた他の冒険者たちが魔物の相手をしているのを見ながら、
考えを巡らせていた。
冒険者斡旋所のある区域であり、犬の魔物の群れ討伐のため、
緊急に多くの冒険者たちが集められていたこともあって、
他の区域に比べると魔物対処能力に余裕があった。
しかし、矢が魔物の体に刺さっても自然と抜けて傷口は再生され、
体を潰しても、頭部を切断しても頭から体が生えて元通りに治ってしまう。
縦に斬り裂くと、二体に分裂するというオマケ付きでだ。
そして魔物の二体が互いに体を擦り合わせると、
それぞれの魔物の後端から小型の卵のような物が排出され、
卵は急激に成体に、結果、魔物がブクブクと増え活動してしまうのだった。
ならばと、マルゼダとブラウが共闘しながら解決策を模索していった結果、
『斬って焼く』という方法が最善の手段ということが判明した。
「こいつら気味が悪いなーっ! 」
他の冒険者たちが複数人で魔物討伐に動く中、
エイローは右手に剣、左手に火の棒を持って、一人で魔物を相手にしていた。
「これは、早々になんとかしないとな……」
「ですね。他のみんなも無事だと良いんですけどね……」
二人は頷き合うと、
他の冒険者たちとともに魔物の討伐へ改めて乗り出していた。
*
「ソーマ……どこへ行ったんだ……」
「ミザリーが外に連れ出していた、なんてね……」
街の北西にあるブリアン家の屋敷では、
床や壁の建材を食って現れたミミズの魔物を、
バーントが斬り、ジョンが火の棒で切り口を焼いて討伐していた。
他にもブリアン家お抱えの冒険者たちが二人と同じように行動し、
屋敷やジョンの両親、使用人たちを守っていた。
「すまない……おれがここに残っていながら……」
「今、そんなことを言ってる場合じゃないよ、バーント。」
悔いるバーントに対し、前を向いたままジョンが言う。
「ここはボクやみんなに任せて、君は彼を助けに行くべきだ。」
「ジョン……しかし……」
「こういう時のために、ボクだって剣の腕を磨いていたのさ。」
バーントに今まで持っていた火の棒を強引に持たせ、
ジョンは新たに火の棒を手に持った。
「……頼む。」
「言われるまでもないよ。」
笑顔でジョンは、バーントが屋敷を出ていくのを見送った。
石と木で舗装された屋敷の床をガブりと食い破り、
新たなミミズの魔物が、ジョンの前に姿を現した。
ジョンよりも大きな魔物は、ピンと立った状態から頭をジョンに向け、
その不気味な口をニヤリと歪ませていた。
「ボクは……ボクは、ブリアン家のジョンだ!
屋敷は、家は……ボクが守るんだ!! 」
鞘を脇に挟んで剣を抜き、剣と火の棒を持って、
ジョンは自分を奮い立たせるために宣言をした。
震えていたが、凛として透き通ったその
通路を、屋敷内の近辺へと響き渡っていた。
*
「な、なんだこれはっ!? 」
「くそっ!? 」
緑色のキモいミミズみたいな魔物たちが地面から湧いて出たのを見て、
おれたちを襲おうとしていた奴らは一歩、二歩と下がり、
「貴様たちの裏切りは、絶対に許さないからなっ!! 」
そう叫んでまっすぐに逃げていた。
最初に助けに来てくれた(? )人が後を追おうとしたんだけど、
また地面が揺れて、おれ達は動けなくって――
ガボンッ!!
―― 逃げた奴らが周辺の地面や建物ごと、
緑色の巨大な『何か』に食われた。
「うわー、これは大きい。」
敵か味方かよくわからない人が、
ぐねぐねと地面から出てくる それを見上げて、
先にあちこちに現れたミミズの魔物が小さく見えるほどの、
巨大すぎるミミズの魔物が、おれ達の前に姿を現していた。
隣にある建物をも一飲みできそうなほどの圧倒的なデカさ。
信じられない……けれど、この超巨大なミミズは、
さっきまでおれ達を狙っていた奴らをも一飲みにしてしまっていた……
「こいつが魔物たちの親玉か。」
後から現れていたお爺さんは、
「魔力よ! ヤクターチャ様の名において敵を切り裂く刃とならん!
シアンさんたちみたいに呪文を唱えて、
周辺に湧き上がる緑色の粒子を手のひらに集めると、
真空刃をいくつも作って魔物へ撃ち出していた。
複数の風の刃は超巨大なミミズの頭を斬り飛ばし、体は奥へ倒れ込んだ。
けれど、落ちながらもミミズの頭からぶくぶくと体が生え、
すぐに再生してしまった。
……見てて凄いグロかった……
「むっ!? 」
新たな体をもって、こちらへ敵意を向けてきた巨大な魔物に、
お爺さんは続けて魔法の火で燃やしたり 水の塊をぶつけたり
土の鈍器で潰してみたけど、どれも大した効果もなく、
巨大なミミズの魔物は再生、復活を繰り返していた。
なんなんだコレは……
隣を見ると、ミザリーさんは顔が真っ青だった。
おれだって、そうなっているんだろうと思う。
体の震えも どっちから……どちらからも、かもしれないけど……
おれは魔物を見つめながら無言でミザリーさんの手を引き、
巨大な魔物から離れるように後ろに下がっていた。
「んー、続けてならどうだ? 」
赤紫の髪の人はいつの間にか、抜き身の剣を二本も持っていた。
おれが魔物に意識がいってた間に、どこかから調達したみたいだった。
彼は走り出すと魔物の周囲を飛びまわって
隙を見ては、何度も剣で斬りつけていた。
けれども斬った時から再生しているみたいで、
その速さが、剣を振る速さより上回っているようだった。
そもそもヤツの体が大き過ぎて、剣で斬っても傷が小さいんだ……
「ダメか。……ん? 何をする気だ? 」
その場から後退しながら、その人は魔物を見上げた。
巨大な魔物は口を閉じ、天に向かってピンと体をのばしていた。
かと思う内に、頭部が体の2、3倍にも膨れ上がり赤黒く変色していった。
頭はパンパンに膨れているのに、尾の方は逆にしぼんでるみたいで―― !?
叩きつけてくる気かっ!?
「っ!? 」
彼も同じことを考えたみたいで、彼は横へ跳躍し――
ドゴォーーーーンッ!!
―― 超巨大なミミズの魔物は、鈍器のようになった頭部を、
彼のいたところへと叩きつけた。
その強烈な叩きつけは、地面を強く揺らして――
その地点から放射状に、亀裂が街のどこまでも走り続け――
―― おれ達は、ヒビ割れた地面や崩れ落ちていく建物、
小型のミミズの魔物たちとかと一緒に、
吹き上がる土煙の中に飲み込まれていった。
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