第69話 ディール襲来

「ここに来るのも、ひさしぶりな気がするな。」

「顔が戻って良かったですねディール様。」


 ジョンを敵視しているパプル家の嫡子ディールは、

お付きの侍女であるパンジーを伴って、屋敷の入り口前に立っていた。


「何か言い方が気になるが……まぁいい。

これで、黒髪の少女にも会いに来れたわけだ。」

「まだここにいれば良いんですけどね。」

「ふむ、そういう可能性もあったわけだな。」


 二人は事あるごとに訪問しているため、

ブリアン家の門番たちは、顔を見るだけで二人を中へ入れ、

彼らの様子がどうなるかで賭けをするようにもなっていた。


「どこの娼館に売られたのか楽しみですね。」

「ぱ、パンジー!? そういうことは言うな! 」

「ディール様は既に大人なのに、心は まだ子どもなんですね……」

「その手のことを軽く言えるのが大人なのか……? 」


 パンジーのからかいに顔を赤くし戸惑うディールは、

扉を開け、ブリアン家の屋敷へと入っていった。





 アルテナと初めて、キスをしてから、二日が経っていた。

本当は加工屋のおやっさんたちのところへ行こうと思ったんだけど、


「酒を飲み食いしているのなら、酔い覚ましも必要だろうし、

もうしばらく待った方が良いだろう。」


 というジョンの言葉に納得して、

おれは今日も屋敷で待つことにした。


 そのうち、街で作ってもらっている服や靴も届くだろうしね。



 それにジョンは何があったのか、おれに構う余裕がないのか、

あちこち動きまわっているみたいだし。


 ブラウさんとマルゼダさんもどこかに行ったみたいで、

アルテナはまた、シアンさんに同行するようになった。


 シアンさんが一人で勝手に動くようになったから、

アルテナは目が離せないんだとか……。



 おれも依頼とかシアンさんたちの手伝いができれば良いんだけど、

冒険者登録をしてないから手伝えないみたいだし、


 アルテナからも、


「屋敷で待ってなさい。」


 と、言われてしまった。



 で……



「……」


 屋敷内の、屋内から外の庭園が見えて、

庭園へ行き来ができる この空間で、

 おれはミザリーさんとバーントさんを後方近くに控えさせた状態で、

背もたれもひじ掛けも小さなソファに座って紅茶(? )を飲んでいた。


 ここ、応接間って言うのかな? まぁいいか。


 ミザリーさんはポットを持ったまま立っているし、

バーントさんも、ミザリーさんからちょっと離れた位置で立っていた。


 だから、


(お、落ち着かない……)


 一人でぼーっとしているのは良いんだけど、

誰かがいると落ち着かないし、二人の視線が背中に刺さってる気がしていた。


 飲み物の良い匂いがしているはずなのに、

落ち着かなくて、匂いがあまりわからない……


 味は失礼だけど、ちょっと好みじゃない。


 おれ、紅茶よりコーヒーが好きなんだよね。

ブラックじゃなくて、砂糖とミルクしっかり入れた甘いのが好き。


 甘い……、初めてのキスで、あれはちょっと濃厚だったなぁ……


 思わず口元が緩んでしまう。



 そんな時に、廊下から二つの足音が響いてきていた。





 しっかりと見ないとわからないが、ソーマの背中がわずかに震えている。


 ソーマの後ろ姿を見て、バーントはそう受け取っていた。


 あの日以降、顔を会わせても

何もなかったかのように振る舞っている彼を見て、

以前から『そう振る舞っていた』のだと、バーントは思っていた。


 彼と初めて出会い、彼の声が出なくなったと知った時からずっと、

彼は自分に悟らせまいと隠していたのだろうか……


(それはそうだろう……

彼は、おれに殺されるかもしれないと思っているのだから……)


 沈痛な面持ちで、バーントはそっと目を伏せた。



「おお、ひさしぶりではないか。なんだ、元気なようだな。」


 そんな時に、廊下から二つの足音をが聞こえ、

バーントの耳に聞き覚えのある暢気のんきな声が響いてきた。



「ディール。今、ジョンは出払ってるぞ。」


 バーントがそちらへ振り向いて声を掛けると、

ディールとお付きのパンジーが、その場で足を止めた。



「? ……おぉっ、誰かと思えばバーント! ひさしぶりだな!」


 ディールは顔を見てバーントのことを思いだしたが、


「むっ!? 」


 その喜びも一瞬にして険しくなった。



「ディール様どうしました? お腹でも下しましたか? 」

「違うわっ! バーント、ちょっとちょっと!」

「なんだ? 」


 ディールはバーントを手招きで呼び、

ソーマたちから距離を取らせて、


「バーントはいつからここに? 」

「いつ……そこにいるソーマと一緒に……」

「ほう、ソーマと言うのか、良い名前だな。うんうん。」

「はぁ……」


 ひそひそと質問し、真面目な顔で聞いたり、

したり顔で頷くディールに、バーントは要領を得なかったが、


「それでバーント。」

「なんだ? 」

「今までは、まさかジョンが? と思ったりもしてたが、やはり違ってたな。」

「何がだ? 」


 勝手に話を進めているディールに、

バーントは内心苛立ってきていた。



「あのソーマとやらに、色々『酷いこと』をしてたのだろう? 」

「っ!? 」


 しかしディールにそう言われ、

バーントは背筋が冷える思いをしていた。


 バーントは、あの大鷲の魔物討伐の時のことが脳裏に浮かんでいた。


「ほら見ろパンジー。

あの男色のジョンがソーマに『する』わけがないだろう。」

「はぁ……そうですね。」


 自信を持って言うディールに、

パンジーはバーントの顔をチラ見して、何か違うような気がしていた。


 ディールはあの時以降何度も考え直し、本当に体調が悪かった場合と、

ジョンの『仕込み』だった場合の二つの説を持っていた。


 だがバーントの顔を見た瞬間に、

バーントが『仕込んでいた』疑惑を抱いたのだった。


「バーントはジョンよりも大きいから、ソーマも一層『泣いた』ことだろう。」

「でぃ、ディール……」


 黒い魔物の死んだ後、屋敷で彼が錯乱した夜。


 この二つのことをも、バーントは暗に指摘されたのではないかと思っていた。


「まぁ、髪の色が黒いのは珍しいが、

珍しいだけで『ソーマも普通の人間』だろう? 」

「―― っ!? そ、それは……」


 言われてバーントはハッとなった。


(そうだ……彼だって普通の人間なんだ……)


 教団に狙われている。


 それを差し引いても、いつからか、

なぜだか、バーントはそれに今まで思い至らなかったのだ。


 思い出すのは彼が魔物の前に立った時、魔物の死に祈りを捧げた時……


「かなり好奇の目に晒されているだろうが、

だからこそ、守ってやらねばな? 」

「……」


(そうだ、だからこそ守らないといけないんだ――)


 街を歩いた時に感じた住民たちの視線、屋敷内での使用人たちの視線、

いずれも、彼に対する視線は好ましくなかったようにバーントは思っていた。



「いや、まさかバーントが、

あの小さなソーマをなぐさみ者にするとはな。」


(―― そう、あんな小さなソーマを慰み者に……って、んんっ!? )


「いや、ディール、待て。何か勘違いしてないか?」


 ここにきてようやくバーントは、

ディールとの間に何やらズレがあることに気づいた。


「何かって、ソーマはバーントの慰み者だろう? それもかなり過激な趣味の。」

「ち、違うっ!? おれとソーマはそういう関係ではないっ!! 」


 ケロッとした表情で言い放つディールの言葉に、

バーントは思わず大きな声で否定してしまっていた。


「顔赤いですねディール様。」

「そうだなパンジー。」


 二人はバーントの様子に顔を見合わせ、



「いったい何の話をしてるんです? 」


 張り上げたバーントの声を聴いて、ソーマが近づいてきた。


「そ、ソーマっ!? お、おれは……」

「いや、君には――」

「……あの。」


 戸惑うバーント、話の内容が内容だけに遠ざけようとするディール、

声を聴いて、ちょっと首を傾げたパンジーが彼に話しかけた。


「なんですか? 」

「声を聴いて思ったんですが……もしかして……男性では? 」

「そうですが? 」


 パンジーの質問に、ソーマは頷いた。


「なにぃっ!? 」

「というかジョンもおれも、ソーマに『そういうこと』はしてないぞ。」


 大袈裟に驚くディールに、ジト目でバーントは釘を刺すように言った。


「ではこの間、出会った時に顔を赤くし瞳を潤ませて抱き着いてきたのは……? 」

「あっ、誰かと思ったら体調崩した時の?

声が出なくなってたから、あの時は本当に困ってたんですよ。」

「……」


 ディールは、最初に抱いていた仮説が正しかったことと、

ソーマが男だったことに驚いて硬直していた。


「ああ……ここに来る前から彼は声が出なくなっていてな。

なんだ、その時に会ってたのか。」


 ディールがなぜソーマを気にしていたのか疑問だったバーントは、

彼らのやりとりを聞いて納得していた。



「……」

「あの、何か? 」


 無言で、ずいっとパンジーが前に出て、ソーマは一歩引いていた。


「あの時は申し訳ございませんでした。」

「っ!? え、あ、ま、まぁ……おれは今、こうして元気だし……」

「あー、そういえばそうだな。ボクも悪かった。何もしてやれなくて。」

「あ、えっと、その……はい……」


 深々と頭を下げるパンジーと、

それにならって軽めに頭を下げたディールに、

ソーマはしどろもどろに、どう返せば良いかわからないながらもそう答えた。



「まぁ、ただ謝るだけじゃ何だから。後日、詫びの品を送るよ。では。」

「今度は抱き着いてきて良いですよ。それでは。」


 そんなソーマの様子に苦笑しながら、

ディールとパンジーの二人は目的を果たしたので、屋敷から出ていった。



「「……」」


 二人が出ていくのをその場で見送って、

しばらくソーマもバーントも、

終始無言でいたミザリーもじっと立っていたが、



 グラグラッ



「うわっ!? 」

「っ!? 」

「きゃっ!? 」


 軽く地面が振動し、


「ふぅー……」


 ミザリーは転倒することなく姿勢を持ち直して安堵の息を漏らし、


「治まったか……」

「あービックリした。」


 バーントは揺れでふらついたソーマを咄嗟に胸に抱き留めていた。


「……」

「……バーントさん?」


 バーントは胸に抱いたソーマの顔を見下ろし、じっと見つめ、


(あの二人が謝ったんだ。ならばおれも――)


 ディールとパンジーの二人がして見せたように――


「――すまない。」


 ――目を瞑って、すっと深く頭を下げたバーント。



 そんな彼の唇がカサッとした何かに触れ、



(? )


 バーントがその感触に頭を上げて目を開けると、


「~~ !? 」


 ソーマは顔を赤くし、額に片手を当てて驚き固まっていた。


「……」


 それを見ていたミザリーの顔も赤くなり、


「いや、これは、その……」


 ソーマから慌てて離れたバーントの顔も、赤くなってしまっていた。

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