5 傷つき、キスして、傷ついても――

第68話 彼は知らず 口 裏 合わせ

 想いが抑えられずに口づけを交わした後、

 舌まで吸い合ったのは思った以上に体力を持っていかれるし、

何より恥ずかしい――


 アルテナは、くてんと脱力し動かなくなったソーマを部屋へと運びつつ、

先ほどまでの行為を思い返していた。


 ソーマはすでに泣いていたのもあって余計に体力を使っていたようで、

アルテナの腕の中で、すやすやと眠りについていた。



(まさか……目的を果たす前に私が、こういうことをするなんてね……)


 彼を寝台に寝かせながらも、アルテナの表情は穏やかであった。





 ブラウ、バーント、ジョン、マルゼダの四人は、

別室で机を囲んで椅子に座っていた。



「……」

「それで、話ってなんでしょうか? 」


 バーントは無言で腕を組み、ジョンは膝の上に拳を乗せていた。


「……先ほど彼から、

義理の娘である『シアンに押し倒された』と、相談を持ち掛けられてな。」

「へぇーぇ! 女性からお誘いを受けるとは、彼も中々ヤるじゃないの!」


 内容の割に淡々としたブラウの報告に、

頭の後ろで手を組んでだらしなく座っていたマルゼダは好意的な興味を示したが、


「っ!? 」

「はぁっ!? ……あっ! だから昨日、彼は錯乱してたのかっ!? 」


 バーントとジョンは目の色を変え、それに気づき、


「彼が錯乱? どういうことかね? 」

「……」


 ブラウやマルゼダはそれを知らずにいたため、情報の共有を成すこととなった。



「あいつらが殺された……? 」

「彼の持ち物が屋敷から なくなった……」


 ジョンとブラウは互いに交換し、得た情報に驚きながらも、


「どうして……」

「……やはり、奴らか? 」


 ジョンには持ち得てない情報を持って、

ブラウは一つの仮定ができていた。



「ブラウさん、奴らって……黒魔導教団のことですか? 」


 奴ら、という言葉に反応したのはマルゼダだった。


「ああ、奴らの仕業だとすれば説明ができる。」


 ブラウは、ジョン、バーント両名の視線をも受けて、


「この街に潜伏している奴らが、ずっと彼を見張っていたのだろう。

彼が元使用人たちに襲われているのを観察し、また彼の持ち物を盗んでいった。」


 続けて、こう説明していた。



「襲われているのを知っていたのなら、助けてやれば良かったのに……」

「恐らく、それはしないだろうと思うよ、バーント君。」


 若干顔を伏せるバーントに、ブラウはそう言い切った。


「……」

「教団が、なぜそうだと言えるんでしょうか?」


 ちらりとブラウに視線を向けるバーント、

そんな彼の様子を見つつ、ジョンがブラウに質問をした。


「奴らの目的が……邪神ヤクタルチャイルに、

この世界を滅ぼさせることなのだからね。」

「「……」」


 ブラウの言葉に、マルゼダとジョンは互いに無言で視線を交わし、


「それで彼が殺されでもしたら……」

「奴らだって、彼が殺されたら流石に慌てるだろう。」


 バーントの彼を心配する様子に、

ブラウは内心では好感を抱きつつも、そう言葉を被せた。


「襲われてるのを見ているだけで、殺されたら慌てる? 」

「想像でしかないのだが……彼がもし邪神の、人族での姿なのだったら―― 」


 マルゼダの疑問にブラウがそう答えられているのは、

ブラウ自身がソーマに対して抱いていた疑惑だったからだ。


「―― 身の危険を防ぐために『人族の姿を捨てる』か

『邪神の力を使用する』のではないか? と、

奴らは考えたのではないだろうか。」

「身を守るために邪神の力を使えば良し、せずに死んでしまえば、それまで。

……何とバカげた賭けに出たものだね。」

「そうだね、そう思うよ。」


 仮説に対し、教団を批難するジョンの言葉にブラウは同調していた。


「でもなんだって物を盗んだんだ? 」

「何かしらあると思ったのだろうが、

彼本人を連れていけなかったから……じゃないかね? 」

「まぁ一番良いのは、彼自身を連れ去ることだろうしね。」


 続けてのマルゼダの疑問にもブラウは答え、

それにジョンが同調した。


「問題は――」


 ブラウはジョンに視線を向け、


「―― ボクの屋敷に出入りできる奴がいるわけか。」


 ジョンが視線を受けて頷いた。


「「っ!? 」」

「使用人たち全員、パパとママが相手の家を見て、選んできているはずなんだけどね。」

「ブリアン家と懇意にしている商人たちも、だろうな。」

「でしょうね。」


 マルゼダとバーントがそれに驚いている間に、

二人は話を進め、


「今後、彼のそばに人を絶やさぬように、

彼もここに置いてやってくれないか? 良いかね? 」

「こんな話を聞いて、黙って立ち去るマルゼダさんじゃねぇぜ、ブラウさん。」

「部屋はまだ空いてるし、ブラウさんの紹介なら断る理由もありません。」

「おれも……今度こそ……」


 四人の男達は話をつけると、それぞれ分かれて行動していった。





 その夜、ミザリーは裸でソーマの添い寝をしながら、

彼の様子に注視していた。



(今日は、安心して眠ってくれてそうで良かった……)


 衣装を着たまま眠る彼の表情を見て、ミザリーはそう思った。



 初めて彼の添い寝をした時も昨日も、

彼は不調に顔を歪ませ、悲しみに泣き濡れて眠っていた。


 だから、そうでないというだけで、ミザリーも安心していた。


 浅く起き、目を開けた彼がこちらに視線を向け、柔らかく笑みを浮かべた。


 それだけで、ミザリーも自然と笑みを返していた。



(こんな笑みを浮かべれる人が、邪神と関わりがあるとは思えない。)


 再び寝入るソーマを見て、

ミザリーのその思いは更に強くなっていった。



 知り合いは彼を『邪神が仮の姿として人族になったのだ』と言った。


 またある人は『彼の中に邪神が眠っているのだ』と言った。


 また別の人は『彼は邪神の生まれ変わりであるのだ』と言った。



(ただ、髪の色が黒いだけの人。それで良いじゃない……)


 それがミザリーの本音だった。



 確かに、初めて彼を見た時はミザリーも驚いた。


 そして、あの場にいたカルミアたちと相談をし、

結果として、彼の体調を崩させてしまった。


 ジョンや他の使用人たちに責められたけど、これを逆手にとって、

こうして毎夜添い寝を、日中も彼の世話をすることができていた。



 ―― 男はバカだからねぇ。

舌を舐め合い、体中に精液を浴びせた女を自分の物だと思い込んで、

気も頭も金払いも緩くなるからねぇ。ホホホッ!


 ―― あのジョンの代わりに、彼で良いんじゃない?

アンタの初めての相手はさ、アハハ!


 ―― ……彼を利用して教団でも屋敷でも、ウフフ!



 彼が実際どうであれ、肌を重ね合わせて関係を作ってしまえ―― と、

そうしてミザリーは、裸でソーマの添い寝をしているのだが……



(いつになったら、その気になってくれるのでしょう? )


 経験のないミザリーは、ソーマから動いてくれるのを待っていた。


(自分からだと、いやらしい女だと思われる……)


 そうして、時ばかり過ぎるのだが、


(……そのうち……そのうちに……)


 ソーマの寝顔を見て、ミザリーも眠りにつくのであった。

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