第58話 痣(つけられた傷)

「ど、どうする……? 」

「どうするったってなぁ……」


 ソーマを襲った男達の中で バーントへ無抵抗を示した二人は、

倒れ伏す三人の男達の様子を眺めながら相談をしていた。


 ジョンの言っていた『国衛館』とは、

現実世界で言う警察のいろんな施設を一纏ひとまとめにしたような施設であり、

また兵舎や馬舎も用意されている複合施設であった。


 そこへ『バーントにやられた三人も連れていけ』と、ジョンは暗に言ったのだ。


 いくら貴族の生まれといえど 今回の犯罪ことを申告したら、

どのような罰を受けることになるかわかったものではないからだ。


 へたをすれば死刑にもなってしまう。


 いくらブリアン家の使用人を辞めさせられたことによって

親や親類たちから冷遇されていたからといっても、

自分たちの家に対して 多大な迷惑をかけてしまう。


 しかしブリアン家 ジョン に知られてしまっている。


 だから二人は悩んでしまっていたのだった。



 ザッ――



「ん? 」

「なんだ? 」





「……はぁ……」


 ジョンやバーントさんが言っていた『医師のところ』って、

ずっと屋敷でおれを診てきてくれた お医者さんの診療所ところだったんだな……



 声以外の体調が戻って、

屋敷でおれにかかりきりにならなくて済んだはずなのに、

 おれたちが駆け込んできて、かなり驚いていたみたいだったし。


 声が出るようになったことの方が、さらに驚きだったみたいだけど……


 殴られたり首を絞められただけで 大した怪我ではないんだけど、

 首とおなかについてしまったあざは、

自然に消えるのを待つしかないらしい。



 お医者さんのところのサウナ室で おれは一人、

壁面の座れる部分に腰かけ、自分のお腹についた痣を眺めていた。



「目立つんだよなぁ……首もか? 」


 赤や紫に変色した部分に触れると、じんわり痛む。


 首のほうは触りたくもない……



 破られたドレスを着て屋敷に帰るわけにもいかないから、

ジョンとバーントさんは、急いで服を買い付けに行っていた。


 おれもアルテナやシアンさん、

ブラウさんに心配かけたくなかったし。


 二人が帰ってくる間に、なるべく体をきれいにしておきたかった。

今でも触られている感じがして嫌なんだよな……


 木桶を持って、水を焼石にかけた。

焼石から じゅわっと水蒸気が上がっていた。


 屋敷と違って、ここは小さくて狭かった。

もう一人か二人くらいで満員になるのかな……



「……」


 どうでもいいことを考えていても、胸が苦しくなってくる。

じわっと涙が滲み上がってきてるのがわかる……


「怖かった……」


 声に出してみると、さらにハッキリしてくる。


「こわかったぁ……」


 殺されるかもしれない怖さと、犯されるかもしれない怖さ。


 まさかこの歳で『犯されそうだった』なんて、

男なのに、こんなことになるとは思わなかった。



 もう元の世界に戻れても、薄い本は純愛物しか買えそうにないよ……



「……うぅ……」


 腰に巻いていたタオルをほどいて前に掛け直し、

端っこのほうで目頭を拭う。


 結構な長さがあって良かった……

涙も声も押さえることができそうだから……



 ガチャッ!


「いやぁ~、今日の冒険は疲れたなぁ~! あ? 」

「―― っ!? 」


 ―― 見知らぬ男がドアを開けて入ってきた!?


 咄嗟に前屈みになって、片手で握ったタオルで首元まで隠しながら、

泣き顔を見られないように、もう片方の手を前にあげた。



 ―― っ!?


 その手を、手首を掴まれた!?



「は、放してっ」

「ん? あんたもしかして、泣いてたのか? 」

「どうでもいいだろっ!? 」


 顔を背けながらも相手を見ると、

男は活発そうな若い少年のように見える。


 お互いタオル一枚しかないから、服装見たら印象変わるかもだけど……



「でも、目の前で泣いてる奴がいたら気になるし。」

「~~ !! 」


 泣いてる泣いてる言うなよ!

それにいつまで腕掴んでるんだよっ!?


 こっちは、こっちはっ!! ――



* ガチャッ!



「ソーマ、新しい服を……」


 バーントが新たに買い付けた服を持って、

ロウリュの扉を開けて絶句した。


 見知った顔の青年が、ソーマの腕を掴んで迫っている。


 ソーマは腕を掴まれ、体を、首から下を巻き布と腕で隠しながら、

知り合いから逃げようとしながら、顔を赤くし泣いていたのだから。


「あれ? アーバーの兄貴じゃないですか? お久しぶりで――」

「エイロー!! 貴様ぁああぁぁっ!! 」

「ぶぎゃっ!? 」


 つい先ほど、ソーマの身に危険があったばかりだったため、

バーントの一撃は容赦ようしゃなく彼―― エイローの顔に叩き込まれていた。





 アルテナは数日の間、

ある危機感や焦燥感といった感情を持って、

ブラウとともに シアンの冒険依頼の補助を行っていた。


 補助の合間に、街の地理や周辺の情報を集めることが主目的だったが。



 アルテナはソーマが体調不良で寝込んでいた時に、

何気なく彼が身に着けていた胸鎧を見ていて、気が付いた。


 あの大鷲と狼の混合の魔物  黒い魔物  のツメで背中側が裂かれた胸鎧。

しかし彼には傷一つ ついていなかった。


(それはいい。彼に怪我がなかったのだから。)


 では、アルテナが何に気が付いたのか。



 それは――



(―― ソーマが間に入らなかったら、私は殺されていた。)


 ということに、アルテナは気が付いたのであった。



 ソーマが間に入った時、

アルテナの剣は彼の胸鎧のわずか手前で止まり、

黒い魔物の爪は彼の鎧を裂いて止まった。


 お互いが、どのタイミングで彼が間に入ったことに気づいたか?


 それを知ることはもうできないが、


 アルテナの剣が魔物の腕を斬る前に、

魔物のツメが彼女の体に届いていた、と、彼女は確信していたのだった。



 剣を学び、単独で旅をしてきて、そして彼と出会って二人旅になり、

『三眼』や『親蜘蛛』の魔物を討伐、幾多の族たちを退けてきた。


 だが、剣術に関して強敵が、問題が浮上してきたことになる。



 剣の腕に自信のあったアルテナだったからこそ、

自身を殺しうる存在の登場に色々と思うところがあったのだった。


 その存在は、もういなくなってしまったわけだが……



 アルテナは、チカバの街で己の目的を達成するためには、

剣の腕に関して更なる研鑽けんさんを積む必要が出てきたと判断した。


(ソーマには悪いけど、しばらく屋敷で寝込んでてもらおうかな……)


 そう思うこともあった。


 彼の体調が早く良くなって欲しい、

けれど彼の体調が回復してしまえば、旅を再開させなくてはいけなくなる。


 そんな相反する考えに頭を悩ましていたアルテナだったが――



「あれ? アルテナさんどこに!? 」


 街でシアンの補助をしていたアルテナだったが、

 突如として嫌な予感や胸騒ぎに襲われ、

何かに呼ばれ招かれ引き寄せられるように街中を走り始めた。


 呼び止めたシアンとブラウが後を追いかけるのを知りながら走り続け――



「……何よこれ……」

「っ、血、血がっ!? 」

「これはいったい……」


 アルテナ達が今まで行ったことも見たことも聞いたことのない、

まったく知らない廃屋の扉が開け放たれており、


 その入り口にまで飛び散った大量の血液、

それが石畳の凹んだ隙間を伝って周囲へ流れ広がるのを、三人は発見した。

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