第59話 お姫様

 エイローは、若くして冒険者へと身を投じた。


 彼の親は、ある農村で木材加工をしており、

彼もまた いずれはそれを継ぐであろう と、村の者達は思っていた。



 エイローは農村の周辺では飽きたりないほどに好奇心が強く、

森に入っては大人たちに助け出されて怒られ、

山に登っては大人たちに助け出されて怒られていた。


 幼い頃から怒られてばかりのエイローだったが、

子供心に、自分を助け出しにきてくれた大人たちに対して憧れを抱き、

転じて、国のために各地へおもむく、国の兵士に憧れを抱くようになった。



 家出同然で村を抜け出したエイローが道中、

族に襲われかけたところを 偶然にも助けたのがバーントだった。


 その頃のバーントはというと、

ブリアン家お抱えの冒険者の一団から辞して、

単独、もしくは複数人で組んで冒険者として活動していた。


 エイローはバーントに半ば強引に同行し、

しばらくお荷物にもなっていたが、大きくもなると一人で行動するようになった。


 彼にとっては、バーントとともに行動することもできたが、

兵士になる夢は捨ててないし、単独でいるのが気楽だったことも理由だった。



 そして今もノースァーマの街を拠点に冒険者をしているのは、

達成した依頼の実績が、国の兵士への採用の一助となるからだった。


 民間である冒険者が広まっている中、

国に仕える兵士というのは冒険者に比べると自由度が低く、

得られるものもそう多くない。それに束縛も多い。

 けれど立場や肩書は国によって保証されているし、信用もある。

重用されれば国の中で幅を利かせられるし、貴族の娘を嫁にもできる。


 農村生まれの木工屋の子どもが、国の重鎮や貴族に成り上がれるのだ。


 もちろん、子供心に抱いた憧れは、今なお彼の中で輝いている。

子供心の兵士への憧れに、打算や計算、欲が積み重なっているのである。



 話は変わるが、エイローは街で起きた火事の消火活動を手伝い、

その他もろもろな依頼も達成し終え、体は汗や汚れに塗れていた。


 知り合いの医師の診療所でロウリュを使わせてもらってから、

その医師の診察を受けるつもりだったのだ。

 診察といっても、冒険終わりに行っている定期的ないつもの検査だったが。


 ロウリュを勝手に使わせてもらうこと自体は頻繁にしていたため、

エイローは、いつものようにロウリュへ行ったのだった。


 そこで好奇心の強いエイローがソーマと出会ってしまったため、

ソーマが泣いていたことへの興味でしか行動していなかったために――



「そりゃあ、エイローが悪いんじゃないかな。」


 ―― 顔のあちこちが腫れるほどにバーントに殴られ、

医師からも呆れた様子で、そう言われる結果になってしまっていた。


 ソーマはというと、新たなドレス姿でバーントにお姫様抱っこされ、

バーントの胸の方へと顔を向けて沈黙を保っていた。


「すみませんでしたー……」


 いろんな意味で膨れっ面なエイローは、

膨れているために発言が聞き取りにくいが、一応は謝った。



(なんだよ、この黒いの。おれが謝ってるのに顔も見ないでさ。)


 謝ったが、未だにこちらを見ようともしないソーマの対応に不満を感じていた。


「悪いが、馬車を診療所の前にさせてもらったよ。」


 ジョンが診療所の中へ入ってきて、そう伝え、


「いえ、また診察をしにそちらに伺います。」

「そうしてくれ。……行こうか二人とも。」

「ああ……」

「……」


 医師の言葉に頷いてジョンは外へと引き返し、

バーントはソーマを抱えて、ジョンの後に続いて診療所を出て行った。



「あの黒いのって貴族? 」


 三人の姿が見えなくなってから、エイローは医師に尋ねた。


「え? いや、貴族ではないけど……客人として大切に扱われているよ。」

「ふーん……」


 医師の言葉にそう反応しつつ、


(あの女囲いのブリアン家が大切にするってことは、

あいつの家は、ブリアン家以上の家柄なのか?

 貴族じゃなくてそれ以上って、もしかして……王のとか?

でもボルレオ国王に娘って、いなかったんじゃないか? )


 エイローの興味関心が、ソーマのことでどんどん大きくなっていっていた。





「あーあ、せっかくうまくいきかけてたのになー。」


 教団の人間であり、ホルマの街からソーマたちを尾行していた男、

赤紫色の髪を持つヴィラックは、あてがわれた部屋の床に寝転がっていた。



「床で寝るなよ……それと、まさか先を越されるとは思わなかったな。」

「そう、先を越す奴らがいたんだよ。」


 木の机、席で果実酒を飲んでいる男の言葉に反応し、

ヴィラックは床の赤い絨毯から上体を起こした。


「見てくれよ、せっかく見栄を張るために新しい衣服を用意したのにさ! 」


 そして立ち上がり、彼は両手を広げて全身を男に見せつけた。


「血塗れじゃねぇか。」

「道具も揃えたから、金がないんだよ。」


 上から下まで、もとからその色だったのかと思うほどに

赤黒く染まった男性貴族の衣装 ダンキル をヴィラックは着ていた。


「前持ってたのは? 」

「捨てた。」


 部屋に漂う血の匂いを果実酒の匂いで誤魔化している男の疑問に、

ヴィラックはあっさりと答えた。



「でもなんで、そんな高そうな服を買ったんだよ。」

「そりゃ『お姫様』を迎えるんだから、それなりの服も買うさ。」

「お姫様? 『黒髪』のは、男じゃなかったか? 」

「そうだよ。でも街で見た時にはお姫様みたいだった。」

「んん? 」


「どちらでも良いんだよ。男でも女でも。」

「まぁ、そりゃそうだがな。」

「あぁ、おれもお姫様抱っこしてみたかったなぁ……」

「んんん? 」


 ヴィラックの言葉に、男は色々反応を返しつつも、

報告にある黒髪の人間のイメージがあやふやになってきていた。



「でも邪魔されたんだよね……」

「らしいな。」

「あーもう! おれを呼ぶ声が聞こえたのに先越された!

悔しいからお姫様を襲った連中に怒りをぶつけたけど、やっぱり悔しいっ!! 」

「……」


 一喜一憂し、怒りをも露にして、

着ている服を左右に破ったヴィラックを見て、


(こいつ……ちょっとヤバくねぇか? )


 と、男は思うようになっていた。



「とりあえず、今はこれで我慢するよ。」


 服を脱ぎ捨てた上半身裸のヴィラックは、

寝台の上に置いていたカバンから 折りたたまれた衣類をとりだし、

その匂いをスンスンと嗅いでいた。



「なんだその布? 」

「洗ってるから匂いがしない……これ? 屋敷から貰ってきた。」

「そ、そうか……」


 男はヴィラックの言動に、頬が引きつるのを隠せなくなっていた。


「お姫様を迎えに行くのは、今しばらくやめておこうか。

警戒されてるだろうし、代わりにこれ持っていけば良いよ。」

「ん? ……これ、かなり質の良い服だな。」


 ヴィラックから衣類を受け取った男は、

その衣服の染色や、生地の触りの良さに軽く驚いていた。


 男は男で、貴族の服なども頻繁に見たり触れたりしているため、

彼から受け取った衣服がどれほどの物かを感じ取っていたのだ。


「でしょ? 裁縫も人が作ったと思えないほどだし。」

「これは確かに、教団に土産として持っていく価値があるな。」

「ってことで、行って来なよ。」

「っ、良いのか? 」


 男が気にしているのは、


 黒い魔物の羽根も黒髪の人間が着ていたであろう衣服も、

どちらも手に入れてきたのはヴィラックなのに、

教団へ、自身の手柄として持って行かなくて良いのか? ということであった。



「おれはお姫様の方が良い。」

「もう女として見てるじゃねぇか。まぁいい。そうさせてもらう。」

「その代わりさー」

「服とか金とか、だろ? 」

「そうそう。」


「おれがこの屋敷を出る前に、この部屋に置いておく。」

「じゃあ頼むよ。」

「ああ。」


 ヴィラックとあまり関わりたくなくなってきていた男は、

功名心に歪んだ笑顔を浮かべて部屋を出て行った。



「あの服もそうだし、邪神様、やはり神の国から降りてきたのかなぁ?

あぁー、あいつみたいに邪神様を抱き上げて見たかったなぁ……キヒヒ! 」


 ヴィラックは恍惚の笑みを浮かべ、枕を取り抱き上げると、

まるで人を抱いているかのように枕に頬擦りをしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る