第57話 彼を見上げる者と見下げる者
「まさか夫婦喧嘩してて、火事になるとはねぇ……」
ジョンとバーントが現場の近くまで来た時、
消火活動に従事している者たちのそばで、言い争いをしていた男女がいた。
普段からすれ違い、男が浮気し、女も浮気をしたのが原因で喧嘩、
物を投げ合った結果、灯りの火が物や家に引火し、火事になったようだった。
そして火事で周囲が騒然としていることもまた喧嘩の原因となり、
それを二人は、会話の内容から聞き取ったのだった。
見かねたジョンが仲裁に入って喧嘩を止めさせ、
消火活動の方は他の人達に任せて、
バーントとともに仕立て屋の店へと急ぎ戻ってきたのだった。
ジョンもまた、ソーマが心配だったから。
二人は念のために走って戻ってきたのだが――
「あれっ!? 彼は!? 」
「さ、先ほど、お二人を探しに外へ出たばかりですが……」
「なんだと!? 」
―― 戻る途中でも、店内でも姿の見当たらないソーマに
二人は動揺を隠せなかったが、すぐに店を飛び出した。
*
(なんだよこいつらっ!? 離せよっ!! )
男二人がかりで前後から、腕を掴まれ口を押さえられ、
おれも必死にもがいて抵抗するけど、ズルズルと脇道から人通りのない道へ、
人の通らないような道から、見るからにボロい家へと引きずり込まれていく。
あの家の中に入れられたらマズい、
そう直感しても男達の腕力に勝てないし、
後ろへ引きずられて、うまく踏ん張れなかった。
(誰か助けてくれ!! ―― )
―― 声は出ないけど、そう願わずにはいられない。
声が出ても、出せないように押さえられていたけども――
「おお、来た来た。」
「待ってたぜ。」
「遅ぇよ。」
ボロっちい家の中には何も、テーブルすら置いてなく、
地べたに座った三人の男達が酒を飲んで待っていた。
あちらこちらにガラス瓶が転がってるし……酒臭ぇ……
(こいつら、いったい何者なんだよ……? )
あの族もどきの冒険者たちとも違う、へんな雰囲気。
なんだろう? 荒れてるみたいだけど冒険者じゃないのか?
なんてことを考えられていられたのは、
こいつらには何かが足りないような印象があったからだけど――
「ふんっ! 」
(―― っ!? 」
酒に酔った顔で立ち上がり、ふらふらと近づいてきた男と
視線が合ったと思ったら、へその上、腹部に拳を叩きこまれていた。
背後から男に拘束されていて避けようも逃げようもなく、
うずくまることすらさせてもらえなかった。
「おーおー、やったなー。」
「へへ、こっちにも伝わってきたぜ。」
腹の鈍痛に耐えてるそばで、
おれを引きずり込んだ二人の言葉が頭上を通り過ぎる。
「口のところは放しとけ。」
殴ってきた男の指示で、口を塞いでいた手が離れた。
「あ? 顔殴るのか? 」
「顔の腫れた女をヤる趣味はねぇよ。」
「ははは!! 」
喉奥が酸っぱくなるような感じがして、
おれが荒く息をしているそばで、男達は嘲笑う。
「こいつジョンの女だろ。かなり目立ってたけど。」
「―― っ!? )
髪を引っ張られて顔を上げさせられた。
痛みで顔をしかめてしまう。
男達はどいつもこいつも、大人みたいだけど若そうな
怒りや憎しみみたいな感情を、ジョンの代わりにおれに向けているみたいだった。
ジョンと何かあったのか?
ドズッ!!
「っがぁっ!? 」
また腹を殴られた。
思わず声が出たけど、それを喜んでる場合じゃない……
「ん? 」
「どうした? 」
「そいつ、もしかして男か? 」
「はっ、あの女ばかり集めたジョンが男を抱くかよ。」
「こんな子どもみたいな背のちっせぇ
「お前がか? 」
「まさか。」
そうやって笑っているのを聞いて、
「お前ら、げほっ……ジョンと……何があった、んだよ……げほげほっ。」
おれは知りたくなって、そいつらに声を掛けた。
「あぁっ!? 知りてぇなら教えてやるよ! 」
「っ、ぐっ!? 」
怒りに興奮した男の両手が、おれの首にっ!? く、苦しいっ!!
「あいつはなぁ! 女囲むためにおれ達を辞めさせやがったんだよ!
てめぇの親に泣きついてなぁ!! 」
「いきなり辞めされられてよぉ、家に帰っても除け者なんだよなぁ。」
「『ブリアン家を辞めさせられた』って、周りから笑いものにされるしよぉ。」
「そのせいで他で働こうにも働けないし。」
「いくら家を継げないからって、おれら冒険者になる気もないしな。」
男達の言葉や態度に、首を絞められて、頭に血が上っていく。
―― こいつら、ジョンと同じ貴族の連中なんだ……
使用人の中には、他の貴族の家の人がいることを聞いていたし、
家を継がない、継げない人が他所に奉公に出されることも知っていた。
なぜブリアン家の使用人たちが女性ばかりなのかはわからない。
なぜ使用人だった男性が辞めさせられたのかも、おれは知らない。
でも、あの男色のジョンが、それを望んだとは思えない。
それに――
「―― その結果、が、これ……かよっ! 」
男達の視線がおれに集まる。
「寄ってたかって、おれをどうこうして、それで、満足か!? 」
「なんだと!? 」
「お前ら……ジョンの、ことっ……わかって、ねぇんだよっ!! 」
「じゃあ てめぇはわかってんのかっ!! 」
「がっ……あ……っ……、……」
さらに男の力が込められて首がギリギリと締まる。
目が視界がチカチカしてきたし、頭も血管の脈に併せてドクドク痛い。
苦しくて息ができなくてくるしくてこのまマおれは――
「おい、そろそろ……」
「死んじまうぞ、おい……」
おれの背後と横にいた人の、腕の拘束が緩んだ。
「ちっ! 」
「―― げほっ! えほっ、っほっ!……はぁっ……はぁっ……」
おれの首から男の両手が離れ、地面にへたり込む。
どっと全身から、汗も吹き出してきた。
「なんとか言え!! 」
首から今度は、服の胸元を両手で掴みあげられた。
さっきから殴ったり首を絞めたり、
おれを連れ去ってきやがって、コイツら―― !!
「ジョン……ジョンが! 望んでお前らを辞めさせたのかよ! 」
「―― っ」
「辞めさせられたのも、それで周りから笑いものにされるのも、
そりゃあ許せないかもしれないけど! でも!
冒険者にもならないで、お前らいったい何になるつもりなんだよっ!! 」
「「「「―― っ!? 」」」」
「う、うるせぇ!! 」
ビリィ!!
胸元を掴む腕に力が入り過ぎたのか、ドレスが上から下に縦に破けた。
服の亀裂は腹にまで届いて、素肌が外気に晒されていく……
―― 安心しろ。
何が安心しろだよ……嘘つき。全然安心できねぇよ。
初めは、おれを殺そうと森まで来てたんだろ。冒険者と村人を引き連れてさ。
なんで当たり前のようにおれの近くに、一緒にいたんだよ。
なんで今は一緒にいないんだよ。どこに行ったんだよ。
胸倉を掴んでいる男が、おれを室内の中央へ移動させるように引きずり倒し、
そいつと酒を飲んで待っていた二人が舌なめずりして、眼の色を変えた。
―― おれが守るから。
嘘つき、守れてねぇよ! 腹も首も頭も痛いし……怖いんだよ!
おれ、『殺される』かもしれないんだよ! だから、だから――
三人の男達が、手が、おれの体に向かってのびてくる――
「―― 助けてぇえええええ!! 」
* バァン!
古びた空き家の扉を蹴破り、バーントが突入した。
「ソーマっ!! 」
バーントの視界には、ドア付近で棒立ちになっていた男二人と、
床に倒され、服の胸部分を縦に引きちぎられたソーマに、
彼の口を押さえ、腕や足を掴んで、陵辱しようとしていた男三人の姿があった。
「貴様らぁあああぁぁぁ!! 」
普段は無表情なバーントが、怒りに顔を歪めて三人へ襲い掛かる。
「な、なんだてめぇ―― ぶごっ!? 」
慌てて立ち上がった三人の男、
ソーマの正面に立っていた男をバーントが力の限りにぶん殴った。
殴られた男は壁に、そして床に叩きつけられ、気を失った。
「ちょっ!? ぐえぇっ!? 」
「ま、待ってくれ!? おれが悪かっ、ぶぎゃっ!? 」
続けて一人は腹を蹴とばし、一人はまた殴り倒したバーントであった。
「ソーマを
「ひ、ひぃっ!? こ、降参する! 抵抗しないっ!! 」
「お、おれたちが悪かったっ!! だから見逃してくれ!! 」
振り返ったバーントの鋭い眼光に、
今まで棒立ちになっていた二人は両手を上げ、怯えて降参を口早に伝えていた。
「君達、パパやママに辞めさせられた奴らだよね。」
「「じょ、ジョンっ!? 」」
「……君達が彼を襲ったのか。ああ、あいつとあいつらもか。」
家に入ってきたジョンは、彼らを無視して中へと進み、
「すまない。ここに来るまで時間がかかってしまった。」
服が床で汚れるのも構わずに片膝をついて、ソーマへ顔を寄せていた。
「……どこ、行ってたんだよ……」
「君、声が……あぁ、手がかりがなくてね。……立てるかい? 」
優しく声を掛けるジョンに、
ソーマは無言で首を横に振って、両腕をジョンに向けてのばしていた。
「そっか……バーント。」
「……」
「せめて、その
「ああ……」
ジョンに言われてバーントの表情は無表情に戻り、
「ソーマ、すまない。すぐに、助けに来れなかった。」
「……ん。」
バーントは、改めて両手をのばして催促したソーマを抱き上げた。
「殺されるかと思った。……それだけじゃなくて……」
「すまない……」
「早く、行こう。ここに……いたくない……」
ソーマの体は震え、汗で濡れ、首には手でキツく絞められた痕、
破られた服から見えた腹部に、赤と紫に変色している箇所があるのも見えていた。
「ジョン、医師のところへ行こう。」
「そうだね。先に行って。」
ソーマを抱えたバーントを先に出させたジョンは、
「君達は仮にも貴族の生まれだからね、国衛館に全員名乗り出るように。
でなかったら、ボクが許さないから。このジョンがね。」
降参していた二人に、そう伝えて出て行った。
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