第57話 彼を見上げる者と見下げる者

「まさか夫婦喧嘩してて、火事になるとはねぇ……」


 ジョンとバーントが現場の近くまで来た時、

消火活動に従事している者たちのそばで、言い争いをしていた男女がいた。


 普段からすれ違い、男が浮気し、女も浮気をしたのが原因で喧嘩、

物を投げ合った結果、灯りの火が物や家に引火し、火事になったようだった。


 そして火事で周囲が騒然としていることもまた喧嘩の原因となり、

それを二人は、会話の内容から聞き取ったのだった。



 見かねたジョンが仲裁に入って喧嘩を止めさせ、

消火活動の方は他の人達に任せて、

バーントとともに仕立て屋の店へと急ぎ戻ってきたのだった。


 ジョンもまた、ソーマが心配だったから。



 二人は念のために走って戻ってきたのだが――



「あれっ!? 彼は!? 」

「さ、先ほど、お二人を探しに外へ出たばかりですが……」

「なんだと!? 」


 ―― 戻る途中でも、店内でも姿の見当たらないソーマに

二人は動揺を隠せなかったが、すぐに店を飛び出した。





(なんだよこいつらっ!? 離せよっ!! )


 男二人がかりで前後から、腕を掴まれ口を押さえられ、

おれも必死にもがいて抵抗するけど、ズルズルと脇道から人通りのない道へ、

人の通らないような道から、見るからにボロい家へと引きずり込まれていく。


 あの家の中に入れられたらマズい、

そう直感しても男達の腕力に勝てないし、

後ろへ引きずられて、うまく踏ん張れなかった。


(誰か助けてくれ!! ―― )


 ―― 声は出ないけど、そう願わずにはいられない。

声が出ても、出せないように押さえられていたけども――



「おお、来た来た。」

「待ってたぜ。」

「遅ぇよ。」


 ボロっちい家の中には何も、テーブルすら置いてなく、

地べたに座った三人の男達が酒を飲んで待っていた。


 あちらこちらにガラス瓶が転がってるし……酒臭ぇ……


(こいつら、いったい何者なんだよ……? )


 あの族もどきの冒険者たちとも違う、へんな雰囲気。

なんだろう? 荒れてるみたいだけど冒険者じゃないのか?



 なんてことを考えられていられたのは、

こいつらには何かが足りないような印象があったからだけど――


「ふんっ! 」

(―― っ!? 」


 酒に酔った顔で立ち上がり、ふらふらと近づいてきた男と

視線が合ったと思ったら、へその上、腹部に拳を叩きこまれていた。


 背後から男に拘束されていて避けようも逃げようもなく、

うずくまることすらさせてもらえなかった。



「おーおー、やったなー。」

「へへ、こっちにも伝わってきたぜ。」


 腹の鈍痛に耐えてるそばで、

おれを引きずり込んだ二人の言葉が頭上を通り過ぎる。


「口のところは放しとけ。」


 殴ってきた男の指示で、口を塞いでいた手が離れた。


「あ? 顔殴るのか? 」

「顔の腫れた女をヤる趣味はねぇよ。」

「ははは!! 」


 喉奥が酸っぱくなるような感じがして、

おれが荒く息をしているそばで、男達は嘲笑う。


「こいつジョンの女だろ。かなり目立ってたけど。」

「―― っ!? )


 髪を引っ張られて顔を上げさせられた。

痛みで顔をしかめてしまう。


 男達はどいつもこいつも、大人みたいだけど若そうなばかりで、

怒りや憎しみみたいな感情を、ジョンの代わりにおれに向けているみたいだった。


 ジョンと何かあったのか?


 ドズッ!!


「っがぁっ!? 」


 また腹を殴られた。

思わず声が出たけど、それを喜んでる場合じゃない……


「ん? 」

「どうした? 」

「そいつ、もしかして男か? 」

「はっ、あの女ばかり集めたジョンが男を抱くかよ。」

「こんな子どもみたいな背のちっせぇなら、もしかしたら抱くかもなー。」

「お前がか? 」

「まさか。」


 そうやって笑っているのを聞いて、


「お前ら、げほっ……ジョンと……何があった、んだよ……げほげほっ。」


 おれは知りたくなって、そいつらに声を掛けた。


「あぁっ!? 知りてぇなら教えてやるよ! 」

「っ、ぐっ!? 」


 怒りに興奮した男の両手が、おれの首にっ!? く、苦しいっ!!


「あいつはなぁ! 女囲むためにおれ達を辞めさせやがったんだよ!

てめぇの親に泣きついてなぁ!! 」

「いきなり辞めされられてよぉ、家に帰っても除け者なんだよなぁ。」

「『ブリアン家を辞めさせられた』って、周りから笑いものにされるしよぉ。」

「そのせいで他で働こうにも働けないし。」

「いくら家を継げないからって、おれら冒険者になる気もないしな。」


 男達の言葉や態度に、首を絞められて、頭に血が上っていく。



 ―― こいつら、ジョンと同じ貴族の連中なんだ……


 使用人の中には、他の貴族の家の人がいることを聞いていたし、

家を継がない、継げない人が他所に奉公に出されることも知っていた。


 なぜブリアン家の使用人たちが女性ばかりなのかはわからない。

なぜ使用人だった男性が辞めさせられたのかも、おれは知らない。


 でも、あの男色のジョンが、それを望んだとは思えない。


 それに――


「―― その結果、が、これ……かよっ! 」


 男達の視線がおれに集まる。


「寄ってたかって、おれをどうこうして、それで、満足か!? 」

「なんだと!? 」

「お前ら……ジョンの、ことっ……わかって、ねぇんだよっ!! 」

「じゃあ てめぇはわかってんのかっ!! 」

「がっ……あ……っ……、……」


 さらに男の力が込められて首がギリギリと締まる。

目が視界がチカチカしてきたし、頭も血管の脈に併せてドクドク痛い。



 苦しくて息ができなくてくるしくてこのまマおれは――



「おい、そろそろ……」

「死んじまうぞ、おい……」


 おれの背後と横にいた人の、腕の拘束が緩んだ。


「ちっ! 」

「―― げほっ! えほっ、っほっ!……はぁっ……はぁっ……」


 おれの首から男の両手が離れ、地面にへたり込む。

どっと全身から、汗も吹き出してきた。


「なんとか言え!! 」


 首から今度は、服の胸元を両手で掴みあげられた。


 さっきから殴ったり首を絞めたり、

おれを連れ去ってきやがって、コイツら―― !!


「ジョン……ジョンが! 望んでお前らを辞めさせたのかよ! 」

「―― っ」


「辞めさせられたのも、それで周りから笑いものにされるのも、

そりゃあ許せないかもしれないけど! でも!

 冒険者にもならないで、お前らいったい何になるつもりなんだよっ!! 」


「「「「―― っ!? 」」」」


「う、うるせぇ!! 」


 ビリィ!!


 胸元を掴む腕に力が入り過ぎたのか、ドレスが上から下に縦に破けた。

服の亀裂は腹にまで届いて、素肌が外気に晒されていく……



 ―― 安心しろ。


 何が安心しろだよ……嘘つき。全然安心できねぇよ。

初めは、おれを殺そうと森まで来てたんだろ。冒険者と村人を引き連れてさ。


 なんで当たり前のようにおれの近くに、一緒にいたんだよ。

なんで今は一緒にいないんだよ。どこに行ったんだよ。



 胸倉を掴んでいる男が、おれを室内の中央へ移動させるように引きずり倒し、

そいつと酒を飲んで待っていた二人が舌なめずりして、眼の色を変えた。



 ―― おれが守るから。


 嘘つき、守れてねぇよ! 腹も首も頭も痛いし……怖いんだよ!

おれ、『殺される』かもしれないんだよ! だから、だから――



 三人の男達が、手が、おれの体に向かってのびてくる――



「―― 助けてぇえええええ!! 」



*  バァン!



 古びた空き家の扉を蹴破り、バーントが突入した。



「ソーマっ!! 」


 バーントの視界には、ドア付近で棒立ちになっていた男二人と、

床に倒され、服の胸部分を縦に引きちぎられたソーマに、

彼の口を押さえ、腕や足を掴んで、陵辱しようとしていた男三人の姿があった。


「貴様らぁあああぁぁぁ!! 」


 普段は無表情なバーントが、怒りに顔を歪めて三人へ襲い掛かる。


「な、なんだてめぇ―― ぶごっ!? 」


 慌てて立ち上がった三人の男、

ソーマの正面に立っていた男をバーントが力の限りにぶん殴った。


 殴られた男は壁に、そして床に叩きつけられ、気を失った。


「ちょっ!? ぐえぇっ!? 」

「ま、待ってくれ!? おれが悪かっ、ぶぎゃっ!? 」


 続けて一人は腹を蹴とばし、一人はまた殴り倒したバーントであった。


「ソーマをさらったのはお前らだなぁっ!? 」

「ひ、ひぃっ!? こ、降参する! 抵抗しないっ!! 」

「お、おれたちが悪かったっ!! だから見逃してくれ!! 」


 振り返ったバーントの鋭い眼光に、

今まで棒立ちになっていた二人は両手を上げ、怯えて降参を口早に伝えていた。



「君達、パパやママに辞めさせられた奴らだよね。」

「「じょ、ジョンっ!? 」」

「……君達が彼を襲ったのか。ああ、あいつとあいつらもか。」


 家に入ってきたジョンは、彼らを無視して中へと進み、


「すまない。ここに来るまで時間がかかってしまった。」


 服が床で汚れるのも構わずに片膝をついて、ソーマへ顔を寄せていた。


「……どこ、行ってたんだよ……」

「君、声が……あぁ、手がかりがなくてね。……立てるかい? 」


 優しく声を掛けるジョンに、

ソーマは無言で首を横に振って、両腕をジョンに向けてのばしていた。


「そっか……バーント。」

「……」

「せめて、その表情なんとかしなよ。」

「ああ……」


 ジョンに言われてバーントの表情は無表情に戻り、


「ソーマ、すまない。すぐに、助けに来れなかった。」

「……ん。」


 バーントは、改めて両手をのばして催促したソーマを抱き上げた。



「殺されるかと思った。……それだけじゃなくて……」

「すまない……」

「早く、行こう。ここに……いたくない……」


 ソーマの体は震え、汗で濡れ、首には手でキツく絞められた痕、

破られた服から見えた腹部に、赤と紫に変色している箇所があるのも見えていた。


「ジョン、医師のところへ行こう。」

「そうだね。先に行って。」


 ソーマを抱えたバーントを先に出させたジョンは、


「君達は仮にも貴族の生まれだからね、国衛館に全員名乗り出るように。

でなかったら、ボクが許さないから。このジョンがね。」


 降参していた二人に、そう伝えて出て行った。

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