第56話 火事

 ジョンの屋敷から、ひさしぶりに外に出て、

初めて街で 靴とか服の買い物をしに来たんだけど……


 靴ができるまでバーントさんにお姫様抱っこされるっていうのも、

恥ずかしくて辛いんだよね……


 あぁ、散髪もしたいなぁ、って、顔に垂れる前髪を見て思う。

後ろも肩あたりまでのびちゃってるしね。


 異世界に来てからというもの、

ハサミじゃない他の刃物を散髪に使うのが怖くて髪を切らなかったし、

 木工の親父さんが作ってくれたサンバイザーもどきのおかげで

前髪が気にならなかっただけに アレがないと、

顔にかかってしょうがないんだよね……



「では、お二方は しばらくお待ちください。」


 服の仕立て屋の女性が、ジョンとバーントさんに声を掛けた。


「こちらへ。」

(はぁ……)


 誘導され バーントさんの腕から降りて、

布の仕切りカーテンの向こう側へ。



「この女性用ドレス  キメルス  ですと……長さを測りますので、

腰のあたりまで脱いでくださいね。」


 そう言われて、言われるままに背中に結んだ紐をほどいた。


 今日着ているドレス……じゃなくてキメルスは、

上下一体型で 背中側に縦の切れ目がはいったピンクの物で、

上を背中できゅっと締めていた。

 これも他と同じで、腰にも帯があって腰回りの調節もできるドレスだった。


(……ドレスはキメルス、ドレスはキメルス、ドレスはキメルスっと……)


 名前が違うのもあって戸惑うんだよね……


 それはさておき、

まるでさなぎから羽化する感じで、するりと上半身を露出させた。


(それでえーと、腰あたりまでだっけ……)


 その間に仕立て屋の女性がメジャーを持ってきて、採寸が始まった。





 バーントとジョンは、ソーマの服の仕立てが済むまでの間、

仕立て屋の建物の入り口の外で待つことにしていた。


 つい先ほどまでは店内をウロウロしていたのだが、

それに二人とも飽きたのだった。



「君と、こんな風にのんびりしたかったんだよ。」


 のんびりとしていたところにジョンが話しかけ、

バーントは彼へと顔を向けた。


「そうか……」

「……迷惑だったかな? 」

「いや、悪くない。それに彼にとっても必要なことなんだからな。」

「そうだね。あぁ、バーントの腕の中で恥ずかしがる彼を見てると

なんだかこう……ソソられるね。」


 思い返しているのか、

ジョンは瞳を閉じてウットリと笑みを浮かべていた。


「ジョン。」

「それとこれとは別だよ。

君だって彼の様子に思うところがないわけじゃないだろう? 」

「まぁ、それは……そうだが……」


 ジョンの言葉に、バーントは言葉が続かなくなった。


 ソーマがバーントのことを思っているように、

バーントもソーマに思うところがあるわけで、

それは決して色恋ではまったくないのだが、


「案外、ボクより先にバーントが彼に迫ったりしてね。」

「……」


 ジョンの方は、そう受け取ったようだった。


 ちなみに、あの夜はジョンの方から退室を促していた。

ジョンも一人で考える時間が必要だと思ったからだった。


 店外から街の様子を眺め、そんな会話をしていた二人だったが――



「火事だ!! 」


「「っ!? 」」


 ―― 遠くからの叫び声に、二人は声の方角を見た。


 二人の視界の先には狼煙のろしのように灰色の煙が空へとのぼり、

人々が良くも悪くも興味を持って現場へと流れ歩いていっていた。


 現実世界と違い この世界では、

当然、火事に対する設備や技術など整っているはずもなく、

一度火がついてしまえば容易に消火できないうえに、

周囲の建物に引火しやすい。人や物に被害が拡大しやすいのだった。



「バーントはそこで待ってて! 」

「ジョンっ!? 」


 現状把握に努めようとしてる表情でジョンは

バーントを置いて現場へ駆け出し、


「っ、……、~~ !? 」


 バーントは突然のことで判断が迷ったものの、

ジョンを追いかけることにした。


 バーントはソーマのみならず、ジョンの護衛も兼ねているからだ。


 ソーマはまだ店の中だし、

この混乱の中でジョンに何かがあっても困る。


 それに裸足の彼が店の外へ出てくることはないと思うが、

それまでの間にジョンを連れ戻せばいい。


 そう考えて、バーントはジョンを追いかけたのだった。





(あれ? 二人はどこに行った? )

「いませんね……」


 仕立て屋の女性と一緒に店内を見回すけど、

ジョンもバーントさんも見当たらない。


 採寸が終わって服のデザインを決めることになったんだけど、

この人も自分が女だと思っているのか、キメルスばっかり選んできた。


 男物で無難なスーツみたいなのを選んでも、

なんか嫌がらせにしか思われなかったみたいだし、

喉仏のどぼとけを見せて、やっと男だって気づいてもらえた。


 まぁドレス着て、髪伸ばしっぱなしだから

誤解されてもしょうがないか……しょうがなくない!



 それに男だって気づいた後でも、

スーツにドレスにと選んできたし……


 まぁそんなこんなで、後はできあがったのを、

屋敷に持ってきてもらうことでおれの用事が終わった? んだけど……



「外にいらっしゃるんでしょうか? 」

(かもしれない。)


 ってことで、ちょっと店の外へ出た。


 ずっとバーントさんにお姫様抱っこされて、

あまり周囲を見てなかったのもあって土地勘がないし、

いずれ店に二人とも戻って来るんだから、ちょっと店の周辺だけ探ることに。


 あ、煙上がってる。ってことは、火事か。

街の人も見物しに行ってるみたいだし、二人とも野次馬しに行ったのかな。



 まぁ火事は気になるけど、興味ないし店の中で二人を待つか。


 どうせすぐに消火されるでしょ。


 それよりも、意外と石畳を裸足で歩くのが痛くて辛かった。

足つぼマッサージを受けてる……よりもっと痛いかもしれない。


 あー、お姫様抱っこされるのも納得だよ……


 そんなことを考えて、おれは足元を見ながら店へと戻っていく。



 足元の視線の先に、誰かが立っていた。



 見上げると、ニヤニヤと笑みを浮かべている男の様子に悪寒がして、

おれはすぐに逃げようとしたけど――


「こっちへ来い! 」

(っ!? )


 ―― 背後にも別の男が待ち構えていて、

腕を掴まれ、口を手で塞がれ、

建物の間の脇道へと引きずり込まれてしまった。

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