第55話 街へ買い物に

(こ、これはこれで恥ずかし過ぎる……)


「具合が悪くなったら、すぐ伝えるんだよ。」

「……馬車も、街の医師の場所も把握しているからな。」


 ジョンとバーントさんが並んで街中を歩いていて、

おれにそう話しかけていた。



 本当は今すぐ帰りたいけど、街に来たばかりだし……


 街行く人たちが興味深そうに、こっちを見ているのがわかった。



 ジョンのことを知っているから、かもしれないのと――


「……」


 ―― おれがバーントさんにお姫様抱っこされているから……ドレス姿で……


 恥ずかしいぃ……それにほら、はいてないから……もう帰りたい……



「……安心しろ。」


 恥ずかしさで顔が赤くなるし体も震えるし……ってなってたら、

バーントさんから声を掛けられた。


 何に安心しろって? そう思って顔を見上げると、


「おれが守るから……」


 そう言って、なぜだか寂しそうに笑みを浮かべていた。


 嫌でも間近で顔を見ることになってしまうんだけど、

 バーントさんの顔だけ見ると、切れ長の目に、

日に焼けた浅黒い肌をしてて、凛々しくて男前に見えるんだよね。


 ただムスッとしたような感じの無表情だから、

見つめられると怖いんだよ……



 普段は無表情な顔で、睨んでいるような感じでこっちを見ているくせに、

こんな間近で、そんな表情されると印象に残るんだよ……


 おれはまだ、命を狙われたことを忘れたわけじゃないんだからな。


 『母さん』のことだって……

あれは最後はマルゼダさんだけど……でもさ……


 あぁ……もう! 早く靴を作ってもらわないとなぁ……



 おれ達がこうして街に出かけているのは、

おれの体調が回復したとお医者さんが判断して、

街や屋敷の中で歩きまわるための靴を作ってもらうためだった。


 下駄もどきの板靴を履くの、すっかり忘れてたんだよね。



「普通は靴屋を呼び寄せるんだけど、時間かかるだろう?

それに服の仕立てとか、いろいろ見ようじゃないか。」


 ジョンのこの発言に概ね同意したからこそ、

ブリアン家の屋敷から街の中心へと来たわけなんだけど、

馬車を降りようとしてバーントさんに抱っこされるとは思わなかった。


 屋敷で乗り込む時は、馬車の中にまで絨毯が敷かれてたから、

普通に裸足で乗り込んでたんだけどね……


 で、街の中で馬車 三台は邪魔になるから、

少し離れたところで待機してくれている。


 三台とも、お抱えの冒険者の人たちが警護にあたっていた。



 それにしても、ひさしぶりにジョンにあった気がするんだが、

妙にスッキリしているというかさっぱりしているというか、

何か憑き物が落ちたような爽やかさがあるような感じがしてる。



「屋敷の静かな感じも良いけど、このにぎやかさも良いね。」


 なんて、陰のない笑顔で言ってるし。


 まぁ、おれの尻を狙ってこなきゃ別にどうでも良いんだけどね。


 後は声が出れば、旅を再開させられるし。

いや、声が出なくても、アルテナが望めば、おれはいつでも行けるから。





 ジョンは少しだけ、気持ちに整理がついていた。


 酒の勢いを借りてバーントに感情をぶつけ、

自分の本音に 自分が気づいたからだった。



 女が受け付けられないんじゃない。

男じゃないとダメなわけでもない。


 自分がブリアン家の嫡子であってもなくても、

そばにいてくれる人、自分を受け入れてくれる人。


 そういう人を迎え入れたいのだと、そう思うようになったから。



 まぁ、ソーマを狙う狙わないはまた別の話だし、

一度ついた性の好みがそう簡単に変わるわけでもないが。


 バーントに抱え上げられ恥ずかしそうにしているソーマを見て、

胸が熱くなっているのをジョンは感じていた。





(そういえばアルテナたちは、街の依頼をこなしてるんだっけ……)


 シアンさんが冒険者になって、

簡単な依頼を受けたらしいんだよな。


 荷物運びの手伝いとか子供の世話とか、おつかいとか、

危険な依頼以外の簡単な依頼を、アルテナとブラウさんと一緒に受けている。


 シアンさんにいろいろ経験積ませたい、ってブラウさんが言ってたし。


 まぁ、シアンさんなら料理もできるし、大丈夫じゃないかな。と思う。


 アルテナは、この街にというか、ブリアン家に滞在している間は、

ドレスの下に、胸鎧から腰や足の鎧をつけていた。

腕鎧もだけど、パッと見たら『姫騎士』ってやつに見えるね。


 もしかして本当にお姫様だったり? んなわけないか。



「ついたぞ。」


 そう考えていたら、いつの間にか靴屋についていたようだ。


「おや? 随分と仲睦まじいことで。」


 店内の、靴屋のおじいさんに言われて、

おれは未だにバーントさんに抱え上げられていたことに気づいた。


(バーントさん。)

「どうした? 」

(早く降ろしてくれません? )

「??? 」

(降ろして!! )

「ソーマ? 」

(呼び捨てにするんじゃねぇー!? )


 目配せしても指で叩いても、ジタバタしても全然通じないし、

いつの間にか呼び捨てにされてるし、



「彼の靴を急ぎで作って欲しくてね。あ、椅子借りるよ。」

「ふむ、わかりました。」


 ジョンが店内にあった椅子をおじいさんの前へ持ち運んで、

やっとバーントさんの腕から解放された。


 ……なんか椅子高くない? 足が床に届かないんだけど……

それにドレスのスカートは、ヒラヒラしててやっぱり気になるなぁ……


 それにおれの服、今どうなってるんだろうか?

下着トランクスだけは早く返してくれないかなぁ……



「……彼? 」


 おじいさんにまじまじと顔を見られると、なおさら恥ずかしくなる……


「そうだよ。あぁ、屋敷の中や外を歩きまわるための靴を頼むよ。」


 やっぱりドレス着ているから女性だと思うんだろうか?


 もういいや……そう思われても……



「では長さを調べますよ。」


 ということで足の採寸してもらって、

靴のデザインは無難なやつにしてもらった。



「できあがったら屋敷に持っていきますよ。」

「ありがとう。じゃあ、次行こうか。」

「ああ。……ソーマ。」


 うぅ……またお姫様抱っこ……

裸足で歩かせる気はないんだな……


 楽で良いんだけど、恥ずかしくてしかたないよ……


 街の人の目に触れ、注目を浴びている気がして、

おれはずっとバーントさんの胸のほうに顔を向けて縮こまっていた。

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