第24話 彼らの不安

 マルゼダは今、ドーマの街とチカバの街の中間に位置する、

ドゥチラナカの街に来ていた。


 天柱山が傍にそびえ立っているこの街は、

カラドナ大陸の中心と言っても良いくらいに、大陸での流通の中心でもあり、

街中では時間を問わず商人たちの声が響き、

旅人や冒険者と売買をしている声が どこかしらから聞こえてきていた。


(あの二人は、どこにいるんだろうな? )


 何かと目立つ二人ではあるが、人の多さに紛れてしまえば見つけられなくなる。


(木を隠すなら森の中……)


 と、マルゼダはそう思いながら街中を歩いていた。


 ソーマとアルテナの二人と別れた後、

 マルゼダはドーマの街で いくつかの依頼をこなし、

二人の後を追おうとドゥチラナカの街に向かった。


 二人の旅の目的地がどこかはわからなかったが、

既に旅路の確立しているドゥチラナカの街に向かえば、

また彼らと会えると読んだからであった。



 マルゼダは冒険者である。


 冒険者という名称は後で付け直されたものであり、

当初は『何でも屋』だった。


 かつて『何でも屋』は何でもやった。


 その名前の通りに。

おはようからおやすみまで、誇れることから裏汚いことまで。


 国が、政治が、自治が、個人が抱えきれない問題を

『何でも屋』が代わりに解決してきたが、

 同時に『何でも屋』そのものが肥大化し増長し腐敗し、

問題になったこともあった。


 それが変わったのは魔力が降り注ぎ、

魔物が世界各地に発生するようになってからだった。


 『何でも屋』の仕事の中に魔物討伐が含まれるようになり、

改めて各地の変化を観察しに行く必要があり、

 それを誰ともなく冒険と呼ぶようになって、

『何でも屋』は『冒険者』と名前を変えることとなった。


 この来歴を知り、伝え行くものが今はどれほどあるものだろうか。


 マルゼダは普段から魔物討伐ではなく 誰にでも、

それこそ冒険者でなくてもこなせるような簡単な依頼ばかりを受け、達成してきた。

 それを同じ冒険者仲間からは『腰抜け』と揶揄やゆされるようになったわけだが。


 魔物討伐は危険が大きい分 見返りも多く、

最近は血気盛んな若者も多く冒険者へとなっていた。



(興味本位で彼らを追いかけるんじゃなかったか……)


 一歩で路地に入りこめるよう建物の端で

壁にもたれながら人々の往来をのんびりと眺めつつ、

マルゼダは思いっきり ため息でも吐きたい気分であった。


「暇そうねマルゼダ。」

「あぁ暇さ、誰かさんが忙しそうなもんでね。」


 路地の暗がりからの声にマルゼダは内心嬉しくなった。

聞き慣れた、そしてずっと聞いていたいような声の持ち主だったからだ。


「ちゃんと『狩り』は終わったんでしょうね? 」

「もちろんさ、オレは冒険者だからな。

あいつらが人々から巻き上げていた物もなんとかね。」

「そう、ご苦労様。と言いたいところなんだけど……」

「おいおいどうした? 何かあるのか? 」


 淡々としていたがゆえに歯切れの悪い言葉に

マルゼダは路地を覗き込んだ。


 路地の暗がりには全身をボロ布で覆いかぶせ、

目のあたりにだけ穴を開けて視界を確保している人物がいた。


「最近、各地で魔物発見の報告が多くなっているのよ。

それに合わせてか、教団の活動も活発になってきているらしいし……」

「そりゃ穏やかじゃねぇな。

どちらも放っておくと人が両手じゃ数えきれないくらい死ぬぜ。」


 改めて人々の往来に目をやりつつ、マルゼダはそう返した。


 雑音の多い街中で会話をしているが

あまり他人には聞かれたくない話題であった。



「そういや教団ってなんだったかな? 悪い事しているのはわかるんだが……」

「マルゼダ……黒魔導教団のこと、みっちり体に叩き込みましょうか? 」

「できれば優しくしてほしいかな、朝まで。」


 相手が嘆息している様子が、マルゼダには見なくてもわかっていた。


「黒魔導教団、発足がいつからかなんてのはわからないんだけれど――」


 要約すると――、


 黒魔導教団とは、

世界に魔力を降り注いだとされる邪神ヤクタルチャイルを主神として信仰し、

日々信仰のために活動をしていた。


 しかし信仰のためには手段は選ばず何をも厭わない過激な連中であった。


 過去に国と教団とで争いがあったとか、

各地に教団の人間が隠れていると噂されている。


「―― そんな連中が、あちこちで何かをしているらしいのよ。」

「そりゃ困ったな……」

「困るどころじゃないわよ。」


 呆れた様子の相手の言葉も耳に入らず、

マルゼダはある不安に襲われていた。


 黒魔導教団が、黒髪の彼をみつけたら何を仕出かすのかと――。


 マルゼダは直観とはいえ二人を追いかけようとしたことは正しいと思い、

二人がドゥチラナカの街ではなくホルマの街にいようとは思いもしていなかった。





「ふむ……困ったな。」


 屋敷の中の研究室で、ブラウは独り呟いていた。


 石の壁がむき出しになっている研究室には、

あらゆる研究の材料や器具や、書斎や各部屋にも置いておけない類の

書物などが乱雑に置かれていた。


 研究の歩みが遅いのは研究者において常である。


 ブラウの場合は義理の娘であるシアンのこともあり、

研究が進まないことに関しては納得し諦め、

余生をも費やすつもりで のんびりと行うつもりであった。



 しかし進展させるためのきっかけが、発展させるための発見が、

要は魔力の研究に行き詰まりを 彼は感じていたのだった。



 かつて親友たちとともに各地をまわり、

材料や資料もかき集めてから始めた研究であり、

ブラウの研究はシアンに魔力を魔法として使用させるまでにもなったが、

 独学ではそれが限界であった。


 ブラウの魔力研究の目的は、

魔力についての解明と 魔力を人への貢献のために活用することであった。


 魔法については、すでに先駆者がいることを彼は知っていた。

同時に魔力についての解明も行っているであろうことは予想していた。

 先駆者たちを越え、先駆者たちに対抗する必要があるとブラウは確信していた。


 だからこそ研究に行き詰まりを感じている現状は よろしくないと考えていた。



 何気なくブラウは一冊の本の表紙をめくった。


 最初のページには、

 頭だけ下に向け頭頂部を見せているであろう人間が両手を広げ、

その両手と頭頂部から始まり、ページの四隅を乱雑に

黒く塗りつぶしたようなものが描かれていた。



「世界に魔力を、破壊の力を授けし黒の神ヤクタルチャイル……か……」


 ブラウが何ともなしに見ていると、研究室の扉を軽く叩く音が響いた。



「お師匠様、食事ができましたよ。」

「ありがとうシアン……ん? 」


 本から視線を上げ、扉を開けて顔をのぞかせた彼女に振り返り、

ブラウはすぐに気づいた。



「ど、どうでしょうか? へ、変じゃないですか? 」


 シアンは料理をする時同様に前髪を後ろに流して縛っていて、

恥ずかしさからか顔を赤くしていた。


「いや、変じゃないよ。よく似合っている。」

「そ、そうですかっ! 良かった……」

「……彼の勧めかね? 」

「―― っ!? 」

「ぷっ、あっはっはっはっはっは!! 」


 返事に安堵し、言われて更に顔を赤くさせた彼女の様子を見て、

ブラウは久しぶりに声を上げて笑った。


 最低限の身なりしか整えなかった彼女が今に、と。

今まで見ることのなかった表情を、感情を見ることができようとは、と。


 開いたままのドアの向こう、隙間から、

微かにおいしそうな料理の匂いが部屋に流れて、

ブラウの鼻腔をくすぐっていた。


「こ、これはですねっ、今までずっと気にしていなかっただけでですね……

 そろそろ切ろうかな切ろうかなと思ってたんですよ?

 でもいざ切るのもな~と思ってたんですけど、

後ろで縛れば良いと気づきましてね?

 料理の時にしているのを普段からすればいいって、それに気づいただけで、

べ、別に……ソーマさんが言ったからとかじゃないですからねっ?

 本当ですよっ、き、聞いていますかっ? お師匠様っ!! 」


 研究室を出てもなお必死に言い訳をしているシアンの言葉を聞き流しながら、

ブラウはソーマと邪神とを結びつけては否定して、その可能性を捨てきれずにいた。

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