第15話 ドーマの街

 トンネルを抜けると、そこは……広大な大地が印象的だった。


 山や草原や四角く壁に囲われた街とかが、ここから一望できた。


 ビルとか高層マンションなんてものがなくて、

遠くまで見渡せるんだけど、嫌でも目に付く柱が風景の中にぽつんとあった。


 柱のように思ったその太長い山の頂上から周りを見渡せれれば、

ここらの地図も描けそうだよね。なんて思ったりもしていた。


 雨が止んで夕日に照らされている風景は、まるで絵画のように輝いて見えた。


 このまま眺めててもいいけど、

まずはこの山道を降りた先にある街に行かないと、だよね。



 チカバの街じゃないみたいだけど、どんな街なんだろう?



 おれはこの初めてだらけの旅路に、

内心 期待で漠然と感じている不安を押し殺していた。





 この街がチカバの街じゃないのはわかってるけど、

なんという名前の街だったかしら……?


 この街ができたのは、あの山を通るために簡易の宿が作られ、

そこに人が多く集まった結果 街にまで発展した、アルテナはそう聞いていた。



 この街は山へ続く道を街の中でも確保しているため、

道を挟んで左右で家や店が立ち並び、町全体を石の外壁で囲っているが、

この通り道を塞がないため、国の兵士が常に門番をしていた。


 魔物の襲撃に備えるため、壁や柵で囲むのは、

どの街や村でも とられている対策であった。



 今は時期に夜になろう時間帯だけども、

街の通りは未だ商売の活気があった。


 街に入った二人は、その活気のある声を聴きながら歩いていた。


「ここで一泊して、朝になったらすぐに発つわよ。」

「わかったよ。」


 アルテナはそう言って、彼とともに宿を探すことにした。


 なにせ数日は補給せずに旅ができるくらいの食料を

あの村で貰っているからこそ下せた判断だった。


 場合によってはここを通過することも構わないくらいであった。



 彼女は後に、この時下した判断は正解だったと思っている。


 ただでさえ彼女自身が注目を浴びやすい恰好をしているし、

ソーマの黒髪が嫌に注目され、

 あちこちで囁かれているのが聞こえてきたからだ。


 旅を続け、族や魔物の襲撃に備えるうちにつちかわれた彼女の耳目は

街の中のあちらこちらの小さな物事を嫌でも見聞きしてしまう。


 彼女自身、初めて彼の黒髪を見た時は快く思っていなかったから、

街の人達が陰でコソコソと噂していることについて言及することはなかった。


 そして、当初はチカバの街で彼と別れるつもりでいたから、

さしてソーマの黒髪について彼に問うこともしなかった。



 しかし連れ立って旅をしている身としては、

彼らに強い不快感を抱いたが。


 アルテナは隣を歩くソーマの顔色を覗き見た。


 彼らの言葉が耳に入っていないのか目にしていないのか、

普段通りの平然とした顔で周囲を見まわしていた。



 そして――



「なんですって!? 」


 通りにある宿屋の中で、受付をしていた店主と話していて、

アルテナは たまらず声を荒げてしまっていた。


「だから、あの黒髪の野郎はウチには泊まらせない、って言ったんだよ。」

「なぜなのよ! 一晩くらい良いじゃないの! 」

「嬢ちゃんだけなら何泊でも構わないけどな? 」

「~~ッ!! 」


 店主の親父の、ソーマに対する汚物を見るような目と、

彼女自身への好奇な目に歯がゆく、怒りを募らせるアルテナであった。


 彼女の大声は店の内外に響き、宿屋の従業員や宿泊客が

なにごとかと興味本位でこの場の様子を眺めていた。

 中には彼か彼女か、ニヤニヤとした表情で見ている者たちもいたが。


「アルテナ。」

「ソーマ……」


 彼に声を掛けられ、アルテナは彼へと振り返った。

周囲の者たちの態度に対しての、彼と彼女の反応は違っていた。


「もういいよ。他の宿屋に行こう。」

「でも……」


 彼が望むなら、いや望まなくても、

アルテナにとっては、店主の親父を叩きのめして彼へ謝らせ

そのうえで一部屋借りるくらい簡単なことだったが、


「別にこの店じゃないとダメって理由もないんだしさ。

他に良い宿屋あるでしょ、とかさ。」


 ソーマは彼女を優しくなだめるようにそう言って、退店を促した。


 この状況を見ていた誰かが、

彼の発言にプッと吹き出して笑いをこらえていた。


「~~っ!! 」


 それが耳に入り、今度は店主の親父が顔を赤くして体を震わせ、


「出ていけぇっ!! 」


 店主の親父は手元にある帳簿やら金属筆やら墨瓶などを

二人に向かって投げつけ、店から追い出した。





 やべー、聞かれてたかー……


 怒って物を投げつけてきた店主から逃げるように宿屋を出ながら、

おれはちょっとだけ後悔していた。



 アルテナを慰めるつもりで言っていたのが思った以上に聞こえてたみたいで、

笑いをこらえる人もいたしなぁ。そりゃ店主も怒るわな。



「汚らわしい! 誰か新しい帳簿とか持ってこい!! 」


 うわー、店の外まで聞こえてくるよ。あのおやじの声。



 でもこれで、あの店の評判が落ちることになるんだろうなぁ。


 外見的特徴を理由に、旅をしている客を追い出した宿屋ってな。


 あのおやじの気に入らない特徴を持っていたら、

それだけで店を追い出されるって前例になってしまったわけだし。


 まぁ、どうでも良いんだけどね。



 さて、このままこの場を留まり続けるわけにもいかないし、

アルテナを連れて歩くことに。



「……」


 アルテナは、しゅんとうつむいて落ち込んでるみたいだ。



 優しいなぁ……おれなんかのためにさ。


 彼女だけだったら泊めてくれたんだろ?

……いや、あの店主の店はダメだ。彼女を見てエロい目してたし。


 見るなってのは無理かもしれないけど……



「他の店を探そうよ。まだ他にあるだろうし。」

「……そうね。」


 彼女はやっと顔を上げてくれた。日が沈みきるまでまだある。

それにアルテナは落ち込んでいるより元気な方が良い。


 なにせ街で買い物をするのも交渉するのも、全部彼女任せだしね!!

おれ、情けないわ!! ナッハッハッハッハ!!


……はぁ……文字の読み書きができないなんて思いもしなかったよ……



 で、結果――



 この街に点在する宿屋のほとんどに、黒髪であることで拒否され続け、

ようやく受け入れられたのは街の外壁近くの宿屋だけだった。


 他の客もいないようだったから、

流れるように部屋を借りれたのは幸いだったかな。



「うーん、髪の毛隠せば良かったかな? 」

「……」


 ベッド一つに木のテーブルとイス二つしかない小さな部屋で、

イスにもたれながら軽く言うけど、アルテナは先ほどより沈んでいるようだった。


「あぁそっか。

頭隠して宿に入れても、バレたら追い出されるのがオチか。」

「……」

「……、……、……」


 ベッドに腰かけてうつむいている彼女からの返答は、なし。


 おれが明るく言っても、彼女は外の夜より暗そうだった。

月は……雲に隠れて見えないな。また雨でも降って来るのかなぁ?



 ……アルテナも、そんなに気にすることないのになー。



 黒髪の印象が悪いのは三眼の魔物の時の村や、

親蜘蛛の時の村で過ごした時にはもう、わかっていたことだったんだからさ。


 二つの村でおれが露骨に疎まれなかったのは、

アルテナが魔物を倒してくれたからなんだから。


 活躍をしたアルテナの、彼女の旅の仲間だったから、

おれは二つの村でも穏便に過ごせてこれたんだから。



 本当はおれが落ち込むべきなんだろうけど、

昔ならともかく今は怒りしか湧いてこないし、

なにより、おれ以上にアルテナが落ち込んでたらさぁ……



「明日、朝早くにここを出るんでしょ? 」

「ええ……」

「じゃあ、早く寝ないとね。おれはもう寝るよ。」

「そうね……」


 あー、こりゃ当分、引きずるかなー……

おれまで落ち込んでたらどうしようもないってわかってるからなぁ~


 そう思いながら自分の胸鎧だけ脱いで、床で寝ようとした時、


「ソーマ。」

「何? 」

「……こっちで、一緒に寝なさいよ。」


 そう言ってアルテナはベッドを軽くぽんぽんと片手で叩いて示した。


 ……って、え?


 えええぇぇぇぇ~~~!?

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