第16話 一夜明けて

 山のトンネルを抜けた先の街で、宿を探したおれとアルテナ。


 でも、おれの黒い髪のせいで街の宿屋に次々と拒否されていって、

ようやく宿というか部屋を借りれたんだよね。


 そして、いざ寝ようと思ったらアルテナに同衾どうきんを誘われて……


 おれは年甲斐もなくぎこちない動きで、

左程大きくもないベッドに入った。


 まさか彼女の方から誘ってくるなんて思いもしなかった。


 月明りに照らされたアルテナの肌は柔らかく光を反射し、

横になったおれを見下ろす彼女の目元や表情は

なんだかなまめかしく見えて……



 おれは彼女から何をされても、

もはや抵抗する気なんてサラサラなくて……



 なんて思ってたら、あっという間に寝ちゃってたんだよねハハハ。

もう朝だよ……いやーぐっすり寝ちゃってて、なんだかなー。


 ……寝ちゃう前に、聞き間違いかと思うくらい小さな声で、

アルテナが ごめんね って言ってたのが、今でも耳に残ってるんだけどね。


 本当に、別にアルテナが悪いわけじゃないんだけどなー。

……なんでアルテナはあんなに気にしちゃってんだろう?



 朝、泊めてくれた宿屋の好意で朝食を頂いて、

おれたちは早々に、この街を出ることにした。



 この宿の人は、おれ達が珍しかったみたいだけど、

他の街の人達みたいな嫌な詮索などはしてこなかった。


 おれもこの人は、出会って嫌な感じはしなくって、人柄ってやつかな。


 こういう人の宿屋こそ街の中央で繁盛するべきだと思うけど、

こういう人だからこそ、街の片隅でひっそりと経営してるんだろうなぁ……


 見た目はボロそうで小さい宿屋だったけど、

泊めてくれるだけありがたかったし、

 朝食のパンと野菜炒めのスープもおいしかったなぁ。

ざく切りにされた野菜とか豆類とか、名前はわからないけど

食べ物のおいしさってのは、どの世界でも変わらないんだろうな。


 泊めてくれた宿の場所が街の大外、外壁の近くだったから、

街の出入り口には他の街の人と顔を合わせることもなく辿り着けた。



 この街で門番をしていた兵士の人達は、早朝に出ていくおれ達を

興味深そうにジロジロ見てた気はするけど、変に呼び止められることもなかった。


 この街がどうとかより、アルテナの様子がおれには気がかりだよ本当に……


 あっ、おれの事じゃないのかもしれない。


 アルテナもあの目立つ格好だから、

イヤらしい連中の視線が気になってるのかも。





 情けないことに、思った以上の衝撃を私は受けているみたい……


 アルテナは昨日からの一連の出来事が、

頭から拭いきれずに旅路を歩いていた。



 知らず知らずのうちに足取りは重く、

気づけばソーマの後ろ姿を見て慌てて隣に追いつき、

また歩みが遅れて彼の横へと急ぐことを繰り返していた。



(ソーマは、まったく気にしていないのかな……? )


 昨日からずっと、彼に慰められ優しくされ

元気づけようとされてきている。


 まるでアルテナが街の者たちにそうされてきたかのような錯覚さえ

してしまいそうであった。


(本来の立場は逆のはずなのに……)


 昨夜、部屋の床で寝ようとしていた彼を寝台に誘ったのは、


(今にしてみれば大胆過ぎた……)


 と彼女は反省しているが、


 彼がそれに従って壁際で横になったら すぐに寝入ってしまい、

それはそれで、何と表せば良いかわからない感情にアルテナは襲われていた。


(私は……)


 漠然と もやもやとした気持ちを抱えたまま、

アルテナはその気持ちがいずれ晴れることを期待して歩いていた。


 そんな二人の後方から追うように、呼び止める声が聞こえてきた。





「ちょっと待ってくれーー!! 」


 道の途中、若い男性の声が近づいてきて、

おれとアルテナは立ち止まって振り返った。



 朱色の髪の男性が、右手を大きく振って駆け寄ってきていた。


 左腰に剣を帯びている以外は茶色の革の服に包まれて、

まるでウェスタンな印象を抱く見た目だった。



「何? 」


 アルテナが、おれの前に一歩出た。


 おれから見てもわかるくらいに警戒しているみたいだった。

この男の人は親しみやすそうな感じにも見えるけど、何かあるのかな?


「いやぁー思った以上に速いんだなぁ。追いかけるのに疲れたよ。」

「……」

「っと、オレは冒険者のマルゼダっていうんだ。よろしく。」

「何の用なの? 」


 軽く一息吐いて親しげにする彼に対して、アルテナはそっけない。



 アルテナって、こんなにトゲトゲしかったっけ?


 マルゼダって男性がにこやかに自己紹介してはいたけど……

第一印象が良くないのもどうかとは思うけど……



「あー、何か機嫌悪いみたいだし簡潔に聞くとするよ。

 あの街に入る前、男の三人組に出会わなかったかい?

体格の良い奴らばかりなんだけど……」


 アルテナの様子に、この人は両手を軽く上げて質問してきた。


 落ち着かせようとしているのか、

何も危害を加えないと言いたいのか……



 で、街に入る前の男の三人組って言えば――



 アルテナと目が合った。

彼女の眼を見て、おれは口を開かないことにした。


「山で私達を待ち伏せしてた族の三人組のことかしらね。」

「……」


 アルテナがそう答えた瞬間、

マルゼダさんの目つきが鋭くなったように見えた。


 なにかこの人、警察っぽいなー。


 そう思っただけなのに、

自分も内心だけは警戒してしまう。警察官だから?


「そいつらに……襲われてしまったのかい? 」

「まさか、山の穴から出てきたソーマを見て、逃げていったわよ。」


 心配をしているように見える彼を、

鼻で笑うようにアルテナは言い返した。


 あの時の族たちの逃げようを思い出したんだろうか?


「族が彼を見て逃げた? そりゃなんでだ? 」

「火に誘われた虫が頭に集ってたからよ。

火の棒で焼けたのもそうでないのもいっぱいにね。」

「うわぁ、オレそういうのダメなんだよ。そりゃオレだって逃げるよな。」


 マルゼダさんはまるで今それを見たかのように嫌がっていた。


 身振り手振りが激しいな、この人。



 それにしても……



「わかった、これ以上聞いていたら昼飯が食えなくなりそうだ。

だから話はここまでにするよ。呼び止めて悪かったな。じゃあ――」

「あ、待ってっ。」

「ソーマ? 」


 話を切り上げて踵をかえそうとした彼を、おれは呼び止めた。


「……何かな? 」


 まさか呼び止められるとは思わなかったのだろうか?


 ……まぁいいか。



「なんでおれ達に話を聞こうと思ったのですか? 」

「……」


 返事がない。……聞かないほうが良かったかな?

いや、聞いてしまったんだから、もうこのまま続けて聞くことにしよう。


「おれ達がウソを吐くとか考えてなかったんですか? 」

「……」


 無言のまま、目だけがおれへアルテナへと動かしていた。


 今それに気づいたか、

それとも迷っている……のだろうか?



「その三人組、あなたの知り合いですよね? 」

「……、……、……はぁー。」


 しばらくして、マルゼダさんは肩を落として深くため息を吐いた。


「話の参考程度に聞いておこうと思っただけだったんだけどなぁ。」

「あなたいったい何者なの? 」

「いや、おれは冒険者だよ。嘘はついていない。名前もマルゼダだし。」


 アルテナの問いかけに、そう答えたマルゼダさんは、


「いやどうもね、以前から怪しい動きをしている三人がさぁ、

山から慌てて逃げ込んできたり、酒場で黒髪の……話をしててね。

街で君たちを見て何か関係があるのかと思ったんだよ。本当だよ? 」


 世間話でもするかのように軽い口調で説明していた。


 でもこの人、冒険者って言っても警察みたいな人だよな?


「ってことは、その三人も冒険者ですか? 」


 冒険者って、よくわからないけど。


「……驚いたな。呼び止めてからそんなに話してないはずなんだけど……

どこでそう感じたんだい? 」


 目をパチクリとさせてマルゼダさんは聞いてきた。


「どこも何も、冒険者のあなたが前から怪しいと思っている三人組でしょ?

族なら最初から族って言うだろうし、ねぇ? 」

「え? ええ、そうね……」

「……オレ、こういうの向いてないのかなぁ……」


 アルテナは話を振られるとは思ってなかったみたいだし、

マルゼダさんは、またがっくりと肩を落として呟いていた。


 いや、おれも半ば当てずっぽうで言ってるんだけどさ。

まぁ当たってて良かったような、なんていうか……



「見つけたぜ黒髪ぃ!! 」


 怒鳴り込むようにマルゼダさんの更に後方、

街のほうから野太い男の声がした。


「お前ら……」

「あいつらよ、あの時の族の三人組。」

「あぁ、もういいよ。あれだけ殺気立ってればね。」


 彼らの剣吞な様子から、

アルテナはもちろん、マルゼダさんも身構えていた。


 族の三人はトンネルの時には逃げていったからよく分からなかったけど、

今は三人ともそれぞれ武器を持って、いつでも振るえるようにしていた。


 旅の途中だからか、三人とも背中に荷物を背負っているし。


 で、黒髪って おれのことだろ?


 なんでおれが目の仇にされてるんだ?



「んぁ? 腰抜けのマルゼダじゃねぇか。そいつらについていくのか? 」

「お前たち、冒険者なのに族の真似事をしているそうじゃないか。」

「ちっ、そいつらから聞いたのか……バレちゃあしょうがねぇなぁ。」

「山で化け物と見間違えて逃げかえってきたこともな。腰抜けはそっちだろう。」

「っ、ぐぬぅっ~~!! 」


 腰抜けと言われたマルゼダさんは毅然きぜんとした態度で言い返し、

三人組の兄貴分は痛い所を突かれて言葉に詰まり、顔を赤くしていた。



 そして――



「この場にいたことを恨むんだなぁ! マルゼダぁ!! 」


 その言葉を合図に、族の三人組が踏み込んできた。


 明確な殺意を持って――

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