第14話 雨のち山の向こうへ

 しばらく焚き火で暖を取りつつ木陰で雨をしのいでいると、

だいたい昼ごろの時間になって、ようやく雨が止んだ。


 あーぁ、焚き火用に集めた枝が無駄に余ってるなぁ……

また雨降ったら休憩するんだろうし、いくつか持って歩くか。


 そう判断して、中断していた旅を再開し、

 アルテナと二人で歩いていると、

曇天どんてんで隠れて見えなかった向こうには山脈が広がっていた。



 ……この山を……登って越えるの?



「山の中くらいに、向こうに通じる穴が開いてるはずよ。」


 立ち止まり見上げて 呆然としているおれに、

アルテナが振り返ってそう教えてくれた。


 あ、そうなんだ……って、真ん中らへんまでは歩くのか!?



 ……遠いなぁ……



 そう思い、ふと振り返って見る。


 高低差から見下ろす形になるけれど、もうだいぶ遠くにまで来たんだな……


 あの村がもう小さく見えていて、

 村近くの森には、巨大な蜘蛛の魔物が作った空間が

ぽっかりと広がってできていた。





 今まで通った道も これから通る道も、すでに誰かが通った道である。


(それはこれまでも、これからもそうなんでしょうね。)


 アルテナは若干 彼より先を行く形で周囲を見回しながら歩いていた。


 これまで通った山道も これから通る視界の先の道にも、

木の幹に人為的な傷がつけられたり、枝が切り落とされているのを確認していた。


 おそらく何かしらの合図であったり、馬車や荷車が通りやすいように

施されたものだろう、と 彼女は判断していた。



(それにしても雨で土に足がとられる……)


 ビチャビチャと音が鳴り、ぬちゃっ と、

脚鎧にへばりついて歩きにくい時もあるから、アルテナは雨は嫌だった。


(彼は……問題なさそうね。)


 あの変な靴で この道は大丈夫かと思ったら、接地面が小さいからか、

私の靴鎧よりも山道に適しているんじゃないか―― とアルテナは思えた。



 アルテナたちは、先ほど彼に言った大きな穴の道に辿りついた。


 どうしてそうなったかはわからないが山の中で直線に続く穴が開いていた。

山道さえ登れれば、馬車さえ余裕を持って通ることもできる大きさだった。



 けれど中は暗く、荷物から火の棒を取り出したアルテナは、

ソーマに火をつけさせた。


 あのナハハ親父が彼に贈った砥石と鉄串を擦り合わせてできた火花で、

ソーマでも簡単に火の棒に 火をつけることができるようになっていた。



「……何してるの? 」


 アルテナは持っている火の棒の火で

彼の分も火をつけようと思っていたら、


 ソーマは取り出した火の棒を、

焚き火の時の余った枝で挟んで、紐で固定していた。



「ああ、遠くまで届くかと思って。」


 そう言ってソーマが枝を持っているのを見ると、

たしかに火の棒をそのまま持つよりも遠くを照らせれるだろう――


「こっちと替えて。」

「え? ちょっ……」


 そっちのが便利そうだったから、アルテナは強引に交換させた。

そして火をつけて、穴道の中へさっさと入っていった。



「……あっつっ!? もういいや……これで……」


 火がついている状態だと同じように枝を固定できなかったみたいで、

後に続いて入ってきたソーマはちょっと不満そうだった。


(その代わり前を歩くんだから許してほしい。)


 なんてアルテナは思っていたり。


 枝を合わせただけだから、手に持つ部分が持ちにくかったりするけど、

 火の棒の燃えている部分を上にも地面の方にも向けやすくなっているのは

そのままの状態と比べると便利になっていた。


 火を嫌う虫や頭上に潜みそうなものへの警戒も容易たやすくなったし、

逆に火に集まる虫も遠ざけておけるし、


(中々、使い勝手が良いわね。)


 アルテナがそう思う一方で、


「む、虫がっ……ぐっ!? 」


 ソーマの腕やら頭やらにも虫が飛び交い、彼の体に集っていた。


 アルテナはソーマに同情したり申し訳なく思う反面、

自分がああならなくて助かったとも思っていた。



(穴を通り抜けて山を降りたら、そこはたしか街があったはず。)


 彼女がおぼろげな記憶をたどりながら穴道の出口付近まで来た時、

もう日は沈みかけていて、日の光が橙色に差していた。



「おうおう! ここは通行止めだぜ! 」


 突然、彼女に声がかかった。


 先頭にいた彼女の進路を塞ぐように、

三人の男達が出口 外の影から現れた。



「ここを通りたかったら金と水と食料を出せ! 」

「なんなら体で払ってもらっても良いんだぜ! ヒヒヒ!! 」


 三人の族が彼女を見て次々と言い放った。



下賤げせんな族の言いそうなこと……)


 剣や斧など武器を持たず、丸腰だったのは不思議だったが、


(腕に自信があるのかしら……? )


 と、アルテナは思った。


 アルテナは三人を見てそう疑問に感じて、また決めつけていたが、

族について詳しい者が三人を見れば、やはり同じ疑問を抱く。


 更には、こう疑問を抱いたかもしれない。


 山に住み着くなら身なりが綺麗すぎる。街に住むなら―― と。



 ところが三人の族は急に動きを止め、

表情を青ざめさせ始めてしまい、


「ば、ばばば、化け物ーーー!? 」

「ひぃーー!? 」

「うわぁーーー!? 」


 挙句に三人の族は、恐怖のあまりに慌てて逃げ、

山を下っていってしまった。



 急に来ては急に去っていって、

アルテナは思わず首を傾げてしまっていた。



「化け物? 」


 いったい何を見たのか、アルテナは振り返ることにした。


「た、助けてくれ……」

「ソーマっ!? 」


 火に近寄る虫の焼けた死骸が頭に載っていたり、

またその虫が生きてソーマの頭部や体のあちこちに集っていて、

 彼は虫たちを振り払えずに、助けを求めて立ちすくんでいた。


 穴の暗い所から、この状態で姿を現したら確かに怖いかもしれない。


 おまけに彼の髪は黒いし片手は口元を覆っていて、

その手にも虫が止まっていたから。


(化け物に見間違えるのも、しかたないかもしれない……)


 彼の体にひっつく虫たちを払いのけながら、アルテナはそう思った。





 あー酷い目に遭った……


 アルテナに無理矢理たいまつを交換させられて、

トンネルの中を通ってたら虫に集られるんだもん。


 蛾みたいなのが耳元でブンブンブンブン鳴るの本当に怖い。うるさいし。

それになぜか顔にとまるんだもんなぁ。頭頂部にも乗るし。


 体中虫だらけになるのは、本当に本っ当に二度とはゴメンだ。



「ちょっと屈みなさい、取ってあげるから。」

「うん。」


 片膝をつくような感じで屈むと、パッパと彼女が払いのけてくれた。

本当だったら自分で無理矢理払い落とせたかもだけど、触りたくなかった。


 にしても、近いな……


 頭部に集まった虫を払い落としやすいように頭を向けてるんだけど、

目の前がアルテナの胸鎧、へそ、太腿の大画面だよ。


 善意を利用するような真似はしたくないけど、

ここまで近いと意識してしまう……近いなぁ……うん、近い。



「はい、終わったわよ。」

「あ、あぁ……ありがとうアルテナ。」


 言われてゆっくり立ち上がった。


 もう体のどこにも虫がひっついていないか、何度も確かめてしまう。


 それにしても、クリっとした目つきもかわいらしくて

魅力的なんだよなぁアルテナは。


 トンネルを過ぎたから、たいまつの火を消して山を下っていく。

ここから見下ろした景色に、今まで見た村とは違う規模の街が見えた。


「あれがチカバの街。」

「違うわよ。」


 ……チカバの街はまだ遠そうだった。

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