第13話 雨

 前日、ソーマが色々と世話になっている木工屋のナハハ親父から

いろいろと道具を貰いに行って、ソーマからも贈り物を貰った。


 私が村周辺の安全確保の依頼をこなしている間に、

彼は村でいろいろとやっていたみたいだった。


 彼が手作りした腕輪は派手過ぎず地味でもなくて、

言葉に表しにくいおもむきがあった。


 そして今日、旅を再開するために この村を出ることにした。


 村長は私達がいれば村の安全が確保できると思って

名残惜しそうにしていたし、


 あのナハハ親父も、


「いつでも帰ってこいよ! なんだったら二人の家も

おれっちが特別に建ててやるからよ! ナッハッハッハッハ!! 」


 と、笑って私達を見送っていた。


 二人の家って、私とソーマはそういう関係じゃないってのに!





 アルテナも、やっぱり年頃の女の子なんだなぁ……


 おれが手作りした数珠じゅずを時折触って嬉しそうにしていたし、

夜寝る時もつけっぱなしにしていたし。



 村を出発する時、久しぶりに荷物を担いだらやっぱり重かった。


 親父さんが作ってくれた胸鎧の重さも追加されていたけど、

でも鎧がない時に比べると 体にかかる重さも分散されるし、

荷物のズレもかなり減って荷物を背負うのも楽になっていた。


 木工の道具入れの腰巻も、巻き付けても体に馴染なじむし、

これも、おれに合わせて改良してくれたのかなぁ……



「いつでも帰ってこいよ! なんだったら二人の家も

おれっちが特別に建ててやるからよ! ナッハッハッハッハ!! 」


 と見送る時に親父さんが言ってくれていたけど、

そこまで世話になるのは流石に悪いかなぁ……


 もし旅が終わったら、この村に帰ってくるのも悪くないかもね。



 アルテナは……どうするのかはわからないけどさ。



「もし……また村に来ることがあれば歓迎しますよ。」


 見送ってくれた村長はあれから泣き通して、

少し落ち着いたみたいだった。


「黒髪の兄ちゃん、裸の姉ちゃん、またねー! 」


 村の子供たちも、遠く見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。

にしても、裸の姉ちゃんって……


 なんだかんだで、村総出で見送ってくれたんだよな。


 ……うん、またこの村に来たい、と思う。



 村を出て前を向き、過去にどれだけの人が通っていったのか、

草も生えずにむき出しの地面を、おれとアルテナは歩いている。


 そしてすぐには気づかなかったけども、道はなだらかに傾斜があって、

後ろを確認すると、だいぶ坂をのぼっていることになっていた。



「……」

「……」


 横を見ると、前を向いて歩く彼女の横顔。


 おれはもう背が伸びることはないだろうけど、

彼女はこれから伸びたりするんだろうか?


「……なに? 」

「ん、良い村だったよね。」


 ちょっと怪訝そうに聞かれ、逸らすようにそう言ってみた。


「そうね。」


 チラッとおれを見てたと思ったらもう前を向いていた。

それにならったわけじゃないけど、おれも前を向いて歩く。



「ちょっと雨が降りそうな空だよね。」

「振り出したら木陰で休むわよ。」

「わかった。」


 後方の晴れやかな空模様から前方は薄い曇天の灰色が広がっていて、

いつ降り出してもいいように木陰を探しながら、歩き続けていた。





(雨が降りそうだなんて、幸先が悪そうね。)


 ソーマに言われて空を見上げたアルテナはそう思っていた。



 彼女の記憶が正しければ、この先を歩き続けると山道になっていて、

雨の中で山道を進むのは、雨が降らない時より危険が増すからだ。


(それでなくても……)


 空から降ってくるものは不吉で縁起が悪い――とされている。


(それも魔力のせいなのだけれども……)


 魔力が突然降り注いだ時から、この国では、この大陸では、

この世界では、今と昔とで変わったものがいろいろあったと聞いている。


 それが空であり、空から降るものであったり……


(あの空の向こうには、いったい何があるのだろうか? )



 アルテナはソーマへと視線を向けた。


(……それにしても、ソーマはよくあんな変な靴で歩けるわね。)


 いろいろ詰め込んだ荷物を背負いながらも安定して歩いているみたいだし。

あの親父が作った鎧で、荷物と体との間に隙間もないみたいだし――


 隣で歩く彼の様子を一瞥し、アルテナがそう思っていた時、

 ポツリポツリと雨粒が二人の体に落ちてぶつかり始め、

二人は予定通りに雨をしのげそうな木陰へと身を隠すことにした。



 一滴二滴と振り落ちていた雨粒だが、

二人がちょうど避難し終えると同時に勢いが少し増し、

空一面、視界一面に雨は降り、土に滲んでは消えていった。


 空はまだ昼にならない明るさで、いつ雨が止むとも限らない。


 再開の目途の立たない休憩中、特にすることもなく時間だけが過ぎていた。

雨が降り、雨粒が木の葉や道に落ちる音だけが二人の間に響いていた。



(ソーマは、いったいどこから来た人間なんだろう? )


 ふとアルテナは、傍で休む彼を見て疑問に思った。

以前ならば疑問には思っても、興味もなかった事柄だった。


 黒い髪、見たことのない裁縫技術の服、なぜかわからなかった裸足。

そして未知の単語や本職の人間を唸らせた発想。


 村の子供たちに好かれ村人たちとも打ち解けて、責任感もあるあの性格で、

初めて出会った頃に表に出していたあのくらい目はなんだったのだろうか?


 今はもう、あの目を彼から見出すことはできない。

彼の名前も偽名か本名かもわからない。

 彼はいったい何者なんだろうか?


(いや、詮索するのはやめておこう……)


 仮に私が尋ねて答えられても、逆に問われてしまっては困るから……





 雨が降ると思っていたら やっぱり降り出してしまい、

おれたちは木陰でしばらく休むことになった。


 やっぱりひさしぶりに荷物持ちをやったから、

ちょっと疲れてヘトヘトなんだよね。


 いやー勢いはそんなにだけど雨降ってるねぇ。

って軽口をたたこうかと思ったけど、

アルテナはちょっと考え込んでるみたいでそんな雰囲気でもないみたい。


 この雨だったら突っ切っても良いんじゃないかと思うけど、

彼女がそうするって言わないなら、このまま休ませてもらおうかな。


 荷物入れてるこのドデカい登山用(?)カバンは

防水加工されてるようには見えないし、

 ビキニアーマーを着ている彼女にしたら、雨の中は寒いだろうし。


 ってか、風邪ひくでしょ。無理したら。



 ……それにしても不思議と暑さ寒さがないんだよな、この世界。


 彼女が露出度の高い鎧着てても、仮におれが上半身裸でも、

そのまま過ごせていきそうな気がする。


 たまに風が涼しいくらいに吹くくらいだし。

あー、でも雨降って風吹いてたら寒いかな、やっぱり。



「アルテナ。」

「なに? 」

「たき火でもする? 」

「……そうね。」


 話が決まると 二人で手分けして枝を集めて火を起こした。


 前回はただ見てただけなんだけど、

今回は親父さんからもらったナイフや鉄串で手早く焚き火をすることができた。


 うん、焚き火はあったかくて良いわ。

近すぎたら火傷するくらい熱いけど。



 それにしてもアルテナってどこから来てどこへ行くんだろう?


 チカバの街までが おれと彼女の契約なんだけど、

おそらくそれ以遠が彼女の目的なんじゃないかな? なんとなくだけど。


 なぜ一人で、なぜあんな鎧を着て旅をしているんだろうか?


 どこで生まれ育ったのか、どうしてあんなに強くなるほど鍛えたのか、

彼女の親は兄弟は、地元の人たちは? 気になることは色々ある。


 ……でもいいや、聞くのはやめておこう。


 もしかしたら触れちゃいけないことなのかもしれないし、

聞いて教えてくれても、逆に聞かれたら困るのはこっちなんだよね。



 異世界から来ました――なんて、言っても信じてもらえないだろうしね。

おれだったら信じないどころかバカにしてるのかって怒りそうだし。


 あーあ、早く雨止まないかなぁ?

もうしばらくは止みそうにないか……

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