第12話 旅の準備。親父。

 異世界に突然来てしまって、


 アルテナに出会って

荷物持ちとして旅に同行することになって数日が経ち、


 親蜘蛛のいた森のそばの村に滞在することになって、

更に数日が経った。



 魔物のことさえなければ、

この のどかな村で数日も穏やかに過ごせば、

 いやでも心理的に余裕も出てきて、あれこれ考えることが増えてきた。



 この世界がどんな世界なのか? とか、

おれのいた世界は今、どうなってんのかな……? とかね……


 数少ない友人との関係も会わないうちに自然と消滅しているだろうし、

親もさっさと死亡認定をしてるだろうけど、

 少しは悲しんでくれるのかな……



 魔物の子蜘蛛たちに殺された村長の息子やその友達の亡骸は、

森から回収できた日に村で丁重に弔われた。


 その時ばかりは、村長も声を上げて泣き悲しんでいた。


 あちこち潰れたり変色したりちぎれたりしている亡骸だけど、

顔のあたりは まだきれいな状態で残っていたのが、

 村長や悪友の家族にとっては まだ救いだったのかな……


 それを見るアルテナも、

沈痛な表情になっていたのが印象的だった。



 それにしても、向こうの便利な生活と親のことくらいしか

元の世界への心残りがないのか、おれは……


 おれは、まだ向こうの世界に帰りたい気は確かにある。

でもそれはこっちに来て余裕もなかった頃だし、今は……



 未知への期待や好奇心、子供の頃に感じたワクワクするような気持ちが

おれの胸には確かにあった。


 明日、この村を出て、

チカバの街を目指す旅を再開することになっていた。



「ソーマ、あのナハハ親父が呼んでたわよ。」

「あぁ、すぐ行くよ。」


 アルテナに呼ばれ、木工の親父さんの家 兼 工房へ二人で向かった。


 ナハハ親父っていうのは、

木工の親父さんの笑い声から、アルテナがつけたあだ名だった。



 アルテナは相変わらず裸に近い、いつものビキニアーマー姿だった。


 初めて会った時にはテキトーにザックリ切ったようだった白金の髪も、

後ろ髪は今ではうなじが少し隠れるくらいに伸びていた。


 前髪の方は気になったら自分で短くしていたみたいだけど。


 初対面の時は見た目のインパクト強すぎたけど、

今ではもう見慣れたものだ。


 でもたまにドキっとするんだよね。

おれだって男なんだし、性欲だって勿論あるんだからさ。


 それと、いつの間にか名前で呼ばれるようになったんだよね。うん。



「よぉ! 来たか。いやぁ間に合って良かったぜナッハッハッハッハ!! 」


 工房に着くと、木工の親父さんは快く迎え入れてくれた。

この人はいつも楽しそうで良いよな。憧れちゃうよ。



「なんか、いろいろ置いてますね。」

「おうよ、おめーらのためにいろいろ作ってみたんだよ! あっちは別だけどな。」


 机の上にごちゃっと、乱雑に積みあげられていたそれらの中から、


「まずはこれだ、おまえさんが作ったのを見ておれなりにやった板靴だ。」

「靴底に板が刺さってるわね。大丈夫なの? 」


 親父さんがおれに手渡したソレを見て

アルテナがツッコミを入れた。


 板靴と呼んでいたソレは、

おれが作った出来損ないよりも下駄に近かった。


 おれは木の板と革紐しか使っていなかったけど、それには革も鉄も使われていて、

より足に馴染みやすく履き心地良さそうになっていた。


 下駄の出来損ないを作ってみた時から今までずっと

親父さんから 待ってくれ と頼まれて今、板靴を履くことができた。


 おれのために作ってくれたんだろう、

板靴の大きさも、おれの足にピッタリ合うように作られていた。



「あ、立てるんだ……へぇー……」


 下駄もとい板靴を初めてみた彼女は物珍しそうにしていた。


 ……そうジロジロ見られると恥ずかしいな。



「お次はこれだ。胸と背を守る木の鎧なんだが、重い荷物背負うんだろ? 」


 親父さんが用意したのは、


 鎧としては肩や背中の部分が外に反り曲がっている代物で、

荷物を背負う―― と聞いてピンときた。


 肩にかかる紐や荷物がぶつかる背中を守るようにできていた。

 この微妙な反り曲がり具合が肩紐のズレを防いだり

背負う荷物がハマってより背負いやすくなるんだろう。


 さすがに胸の部分は、体に合わせて丸くなっていたが。



「後はこれだな。旅先でも何か作ってやれよ。」


 そういって手渡されたのは、

ナイフと砥石と先の尖った鉄串、糸や紐の入った

妙に真新しい道具入れの腰巻ベルトだった。


「これは……」

「あー、この村で木を相手にしている職人のガキがな、

何を夢見たのか、いっちょまえに城の兵士になりたいって出て行っちまってよ。

本当はアイツに渡すはずだったんだが、代わりに貰ってくれや。」


 嬉しいのか悲しいのか、ニコリと笑顔で言う親父さんだけど、

ちょっと寂しそうな雰囲気が滲み出ていて、なんだか申し訳なく思う。


「でも……」

「良いってことよ!

 この何日間かだけだがよ、一緒に物作って木を運んで、

たまにお嬢ちゃんも入ってメシ食ってよぉ。

 おれにしてみりゃ、おまえさん方はおれっちの子供みたいに思ってんだ!

だから遠慮するな! な? 」


 そう言って肩に優しく手を置いた親父さんの笑顔からは、

いつもの豪快さはどこにも見当たらなかった。


 いかん、涙腺が緩んできた……


 親父さんはおれたちのこと、

そんな風に思ってくれてるなんて思わなかった……


 普段の仕事のかたわら、板靴も胸鎧も作ってくれて、

木材も革などの材料も奮発して手間暇掛けてくれているのがよくわかった。


 いつもはガサツで強引で豪快にナハハと笑ってるばかりの木工親父だと

思ってたのにさ……最初は独身だと思ったけど、やっぱり違うんだよな……



「はい、ありがたくいただきます! 」


 泣きそうになっていたのを隠して、

おれは親父さんに感謝して、それらを頂戴することにした。





 アルテナは、二人のやりとりに半ば羨ましさや妬ましさを感じていた。


 血のつながりもない、ただ偶然知り合った赤の他人同士。

偶然知り合って、なのに数日で、まるで本物の親子のように彼女からは見えた。


 ソーマの黒髪は、宗教の根強くないところでも忌避きひされやすい。


 かつて空から降ってきた胞子の色が緑で、

魔物の体毛などの色も緑だから、黒より緑の方が禁忌の色なのだが、

 それでも黒色は夜や闇を連想させるから不吉の象徴なのだ。


 親蜘蛛の巣の森のそばであるこの村でも、彼を避けていた者たちはいた。


(私の連れだから直接どうこうすることはなかったのだろうけども……)



「あ、それで親父さん、アレは? 」

「ん? ああ、もちろんできてるよ。」


 アレで通じる二人の様子を、アルテナはただ傍観し続けていた。



 二人はゴソゴソと積み上げられていたものの中から何かを取り出し、


「はい。」

「え? 」


 ソーマはアルテナに、

細長い帯布に木で作られた三角形のような加工品くっつけた物を渡した。


「これは何? 」


 三角形の一辺が外側に弧を描いた部分に

布が接続されているだけの品物。


ひたいに合わせて、頭の後ろで布を縛るんだよ。」


 まったく同じものを持っていたソーマが実演してみせていた。

薄っぺらい木の角でもついたかのような感じだけども、


「頭鎧か何か? 」


 それにどことなく似ていたため、彼女はそう質問した。


「雨とか日差しをなんとかするくらいしかできないけどね。」


 そう言われてアルテナは用途を理解した。


 今まで彼が同行した旅路では雨は降らず、

また強い日の光が道中を射すこともなかったが、

彼は中々に考えていたようだ。


 それにこれは頭に縛り付けているだけに軽く作られ、

そう易々と外れることもないだろうし何より、

前髪を撫で上げて装着すれば、前髪の長さや動きを気にしなくて済む。


(今までに、こんな代物が世に出回っていたかしら? )


 探せばあるだろうが、城の兵士や衛兵士の用いる物で

こんな簡素な品物はなかったはずだ。



「それからさ……」

「何? 」

「これ、作ってみたんだ。」


 何やら照れくさそうにソーマは、アルテナにソレを渡した。


 複数の木の球に穴をけて紐を通した、

輪っかの装飾品のような何かだった。

 油か蜜か蝋かはわからないが木の球の表面は光沢を放ち、光を反射していた。


 アルテナが興味を持ってソレを持ち観察していると、


「手首に通してみて。」


 ソーマがそう言ったので、指先から左手首に輪っかを通してみた。


 腕鎧の関係で、ちょっと手を通る時がキツかったけど、

腕鎧をしている手首には丁度良かったようだった。


「これにはどんな用途が? 」

「え? いや、特に……何もないけど……」

「……、……、――っ!? 」


 先ほどの額当てと続けてだったため、何かしらあると踏んだアルテナだが、

問われて戸惑った彼の様子を見て、冷静に考えて、彼女は気づいた。


 ソーマから自分への贈り物だということに。



「おれはアルテナにいろいろ助けてもらってるけどさ、

おれがアルテナにしてあげられることって、そうないから……

だから……その、ありがとうの気持ちってことで……」


 彼は少し、恥ずかしそうにそう言った。



 アルテナは思った。


 ソーマは忌避されやすい黒色の髪をしている。

そのせいで彼を避けている者たちもいる。

 でも村の子供たちのために行動をして、

子供たちに好かれ、そこから次第に彼らとも打ち解けているみたいだ。


 ソーマは荒事に向かない。何ができるともわからない。

だから私は彼を『役立たず』と見なして、荷物持ちにした。


 でも何ができるかわからないのは、彼が何もしなかったからで、

荒事に向かないのはただ臆病なだけじゃなく、優しさもあったからだ。



 アルテナは彼からもらった装飾品を見た。



 木材を丸く削ったのだろう、

でも若干歪んでどれもキレイに丸くはなっていない。


 本職の人間なら、もっとキレイに作れるだろう。

金や銀、宝石を散りばめて高級な品物ならいくらでもあるだろう。


 でも、彼が私に、このアルテナのために作ってくれたというのが、


(今はたまらなく嬉しい。)


 先ほどのモヤモヤした微妙な感情も消え失せていた。



「まぁこれなら剣を振っても邪魔にならないし、

ありがたく頂戴するわ。ソーマ。」


 腕をてきとうに振って外れないかどうか確かめて、彼に言った。


 不揃いな木の球の装飾品は、ただ優しく光を反射していた。

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