第11話 蜘蛛の魔物討伐後

 あの大き過ぎる魔物の蜘蛛をアルテナが倒し

三人で村に戻った時、村長の家には村長をはじめ、

数人の村の大人たちがおれたちを待ってくれていた。


 おれ達は彼らに先ほど起きた出来事を伝えた。


 魔物の蜘蛛の大群のこと、巨大な親蜘蛛をも倒したこと、

そして……村長の息子と悪友の二人が助からなかったことも。


 子供が助かったことや森にんでいた魔物たちを倒したことを

彼らは喜びたかったのだろうけど、

 村長の息子たちが亡くなったとあれば、

流石に村人たちも気まずくて、閉口していた。


 いくら彼らの普段からの素行が悪くても……



 痛いほどの沈黙の中、今まで黙っていた村長の方から、

おれとアルテナに しばらく村に滞在するように頼まれた。


 魔物がいた森の様子をしばらく観察する必要もあるし、

息子たちの亡骸も回収したいんだろうし、

魔物を倒したことをともに祝いたいとも、村長は言っていた。



 アルテナは気乗りじゃなかったみたいだけど、

それなりに森のことや魔物のことが気になっていたみたいだし、

 村長の気持ちを察して今しばらくはこの村で、

村長の家に厄介になることになった。


 しばらくがどれくらいの期間になるかはわからないけど、

休めるなら休めるで悪くないと、おれは思っていた。





 アルテナは就寝の時間になっても、すぐには寝付けそうになかった。

村に来て昼寝をしたからではなく、彼に聞きたいことがあったからだ。



「ねぇ、起きてる? 」


 アルテナは、距離を離して隣で寝ている彼にこそっと話しかけてみた。


 寝ている、もしくは聞こえていないなら

彼女は翌日に持ち越すつもりだった。


「ん、何? 」

「……あの、さ……」


 目をつむったままの彼からの返事はすぐにきたものの、

思わず少し言いよどんでしまう。


「どうして一人であの子を助けに行ったの? 」


 それでも、アルテナは聞いてみた。



 アルテナは思い返した。


 彼と出会った時から、私が言わない限り彼は私のそばを離れず、

何をするにしても私に確認を取ってきた。


(そういう状況でもあったからだけど……)


 今まで彼が一人で取った行動は、

恐怖で動けないことと排泄と手洗いくらいだ。


 今回みたいに、危険があるかもしれないのに

独断で行動するのは初めてだった。


(危険がないと思った? 村のそばだから大丈夫だと思った?

相手が子供だから? )


 魔物の子蜘蛛たちに囲まれた時の彼の姿が、今でも目に焼きついていた。



「……あの子が、なぜ森に入ったかって聞いてる? 」

「村長の息子とその友達のせいでしょ? 」


 事情を詳しくは聞いていなかったが、アルテナは彼の言葉にそう返した。


「あの子……あの子達に竹とんぼ、木でできたおもちゃを作ったの……

おれなんだ。」

「たけ? ……あぁ、あのクルクル回って飛ぶアレね。」


 聞き慣れない単語に疑問符が浮かぶが、

アルテナはすぐに合点がいった。



 とんぼという単語も聞き慣れないが、あれが回転しながら飛ぶ様子は、

何かの虫か胞子みたいにも見えたのを、彼女は思い出していた。



「それで? あのおもちゃと村長の息子と子供がどう繋がるのよ? 」

「……おれも人から聞いただけなんだけど、子供たちがあれで遊んでたら

村長の息子たちが取り上げて、森に入ったらしいんだ。」

「……あぁ……もういいわ。」


 彼の言葉を聞いて、そこでアルテナは話を切り上げた。



 話を聞いて理解して、なんだか馬鹿らしくなったからだった。


 村長の息子たちが森に入ったのがそもそも馬鹿らしいし、

子供が追って森に入ったのもしょうがないと思う。


 そして―― ソーマは、この一連のことに責任を感じているんだろう。


 ソーマが一人で森に入ったのも責任を感じてなら、

ソーマが森から私が出るのを待ち続けたのも、責任を感じたからだろう。


 アルテナは、そう結論付けた。



 ―― おれたちはあの黒髪の兄ちゃんに、村に帰るよう散々言ったんだがよ。


 あの時ソーマのそばにいたガタイの良いおじさんが、こっそりと教えてくれた。


 ―― お前さんが森で戦ってるから、

戻るまで待つって聞きゃあしなかったんだわ。


 私があの親蜘蛛を連れて森を出てしまうまでに、何があったのかを。


 ―― いつ蜘蛛の魔物が森から飛び出してくるか

わかんねぇで震えてやがったのによ。

 助け出した子供に『勇気を貸してくれ』って、

てめぇで作った木のおもちゃ借りて、

 森に向かって祈るように手を合わせて、じぃっとあの時まで待ってたんだよ。



(経緯はともかく、結果として彼の行動がなかったら……)


 子供は助かってなかっただろうし、

私も村もどうなっていたかわからなかった。


 そう思うとアルテナは、少し肝が冷えるような思いになった。



 ―― あの兄ちゃん、あんたのことすっげぇ心配してたんだぜ。本当によ。



 ソーマは荒事に向いていない。何ができるかもわからない。

どこから来たのかもわからない。でもちょっと責任感のある『変な奴』


(……心配、してくれてたんだ……)


 彼から背を向けるように横になり、

アルテナはしばらくしてから眠りについた。





 翌朝、村は人々のざわめきに包まれていた。



 そりゃそうだ。

村のそばの森に巨大な蜘蛛の魔物がいたんだから。


 そして巨大な蜘蛛の魔物には子どもがいて、

子蜘蛛も魔物として、大群でいたのだから。



 それを知った村長は村に滞在していた腕に覚えのある旅人たちを雇い、

しばらく森の安全確認をさせていた。


 その中には当然、アルテナもいた。


 アルテナが親蜘蛛も子蜘蛛も倒したんだから、

いの一番に話が来ていた。アルテナはそれを快く引き受けていた。


 元々 村長の息子たちからの迷惑料として水と食料を貰うことになっている上に、

村からの依頼として滞在と森の巡回、警備をすることになり、

依頼の分も きちんと報酬をもらうように話がついたのだから。



 ……ん? この世界の貨幣制度ってどうなってるんだ?


 まぁ今しばらくはアルテナと一緒にいるんだから、

そのうち教えてもらおうかな。



 ともかく、彼女達の森の安全確認が済むまで、

村の子供たちだけでなく、村の大人たちも森に入らなくなった。


 でもおれや木工の親父さんなんかは、親蜘蛛がなぎ倒した木々を、

どうせだからと木工の素材にすることにして森から村へと運んでいた。



 木材、角材とかは まだ軽い印象があったけど、

枝葉を切り落としただけの原木って重いね……


 森から村、親父さんの家のそばへ運ぶのを繰り返すだけでもしんどいわ……



 その間に村長は、三眼の魔物の被害に脅かされていた村と連絡をとって、

三眼の魔物が、アルテナによって狩られたことを確認したそうだ。


 アルテナは三眼の魔物を狩ったこと、

巨大な蜘蛛の魔物たちからこの村を守ったことで、

 村の英雄と称されるようになった。


 彼女はそれを嬉しそうにしていたけど、

なぜかたまに微妙な表情になっていた。



 おれはというと――


「よしっ! ……うん、まぁこんなもん、かな? 」


 親父さんの木工の仕事を手伝い、時間があったから自分用の靴を作った。


 まぁ靴といっても二枚歯の下駄なんだけど……

木靴作れるほど器用じゃないからね……


 親父さんは材料も道具も気前良く貸してくれた。

竹とんぼを作った実績があったからかもだけど……


「へぇ、板3枚に紐のグルグル巻きで、そんなもんが作れるのか!」


 工房を下駄でカッポカッポと闊歩かっぽしてみせたおれに、

親父さんが感嘆としていた。


 下駄といっても正確には、三枚の板に切れ込みを入れてはめ込んでみたり、

テキトーに革紐でグルグル巻きにして固定しての、

 不細工な下駄の出来損ないみたいな代物だったけどね……


 本職の下駄職人の人とか、実際にはどうやって作ってるんだろう?


 まぁ今まで裸足だったのが、なんとかなっただけ良しとしよう。

自分用に作ったんであって、売り物じゃないんだし。



「なぁ、作って早速で悪いんだがよ……」

「はい? 」


 親父さんが真剣な目つきで、おれの下駄の出来損ないを見つめていた。



 これが何か心の琴線に触れたんだろうか?

おれは下駄を脱いで手渡した。



「へへっ、悪ぃな! おれっちの創作意欲がこれを見て沸いてきやがってよ!

なぁに、物作るのは本職なんだ、これより良いの作ってやっからよ!!

ナッハッハッハッ!! 」


 親父さんは人懐っこく豪快に笑って、作業に取り掛かりに行った。



 親父さんはこうなったら飯も食わずに作業に没頭するからなぁ……

このまま居続けてもしかたないか……



 ってことで、親父さんの工房を出ることにして、

この村の中を一人であてもなく散策することにした。



 村の中では世間話をしている奥様方、農作業に勤しんでいる人達、

そしておれがあれ以降も作った竹とんぼに夢中になって遊ぶ子供たち。



「黒髪のお兄ちゃん! 」

「ん? 」


 子供たちがおれを見つけて声を掛けてきた。


「せぇーのっ! 」

「「「「「ユーキを作ってくれて、ありがとう!! 」」」」


 竹とんぼを、まるで旗のように掲げてみせてきた。


 それを見ていた奥様方も農作業をしている人たちも、

口に こそしないけど、微笑んでおれと子供たちを眺めていた。



「あ、あぁ……どういたしまして……」


 子供たちに、にっこり笑顔でそう言われてしまったら、

おれはそう返事をするしかなかった。



 ユーキじゃなくて竹とんぼなんだけどなぁ……それの名前……


 ……まぁいいか。


 おれも微笑んで、ユーキで遊ぶ子供たちの姿を眺めていた。



 そよ風が気持ち良いくらいに涼しく吹き、

次々と空へ飛びあがるユーキがクルクルと回っていた。


 あー、良い天気だなぁ……

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