第10話 蜘蛛の魔物
おれが子供の悲鳴を聞いて その場に駆けつけた時には、
恐怖で立ちすくむ男の子の後ろ姿と その視線の先に、
緑色の大きな蜘蛛の大群に
あれが魔物かどうかはわからないけど、
あの男達は もう助からないことは見てわかった。
だから竹とんぼを握りしめているあの子だけでも連れて、
森から逃げようとしていたんだけど、すぐに囲まれてしまった……
それにしても至近距離にいるデカい蜘蛛って、生理的に無理!
毛に覆われている種類じゃないけど 8つの赤い目がおれ達を見ているし、
その大群に囲まれていて、子供がいなかったら、おれが恐怖で動けなかったよ。
三眼の魔物と初めて出会った時に比べれば2回目みたいなものだし、
おれが逃げたら後ろにいる男の子が危ない。
でもおれは戦えない……
そんな時にアルテナに助けられて、今度こそあの子と一緒に逃げだした。
今度は木々に張られた紐をしっかりと避けて 森を走り抜けていると、
たいまつを片手に心配そうにしている村の人たちと遭遇した。
「おお! よく子供を探し出してきてくれたな! 」
木工の親父さんもたいまつを片手に出迎えてくれた。
子供が無事だったことに村の人達も喜んでいた。
気持ちはわかるけど今はそんな場合じゃない。
おれは森の中で見た蜘蛛の大群のことを伝えると、
すぐに村人たちは森から出ることを口々に言いだして一同で森を出た。
森には、まだ彼女が残っていて戦っている。
それが気がかりで自然と脚が止まっていた。
「お兄ちゃん? 」
「ん、どうしたよ? 」
竹とんぼを握りしめている子供と親父さんが声を掛けてきた。
おれは魔物どころか、人を相手にすることだってできやしない。
誰に、何に、何ができるのかもわからない。
ただ人に言われて、ただ誰かに言われた通りにしかできない。
誰かに言われた通りにも、ろくにできない『役立たず』なんだ……
「森の中で、彼女がまだ戦ってるんだ……」
「彼女って、あの裸の姉ちゃんか? ……大丈夫だって。
腕が立つし、森の中だって枝をひょいひょいっと跳んでったんだぜ? 」
親父さんが、安心させるような声でおどけて言っていた。
確かにそうなんだろう。
そうなんだろうけど……、……
*
「はぁ、危なかった……」
アルテナは斬り捨てられて
バラバラになった蜘蛛の魔物たちの
誰かの仕掛けた罠で一瞬注意を逸らされたところを
蜘蛛の大群に飛びかかられたアルテナだった。
だが彼女は前に倒れるかのように姿勢を低く踏み込んで下を
跳んで無防備になっている蜘蛛の魔物たちの波を斬り分けて、
全てを返り討ちにしていたのだった。
森に入った子供は彼が連れて行った。
襲ってくる蜘蛛の魔物は全て返り討ちにした。
(もう、この森に居続ける理由もない。)
アルテナは剣を鞘に納め、森の出口、村への道へと悠々と歩くことにした。
時期に日が落ちて夜になる。
ただでさえ日の光の差し込まないような暗い森なのだから、
早々に立ち去るしかない。
「あれ? 」
アルテナは ふと違和感を感じて立ち止まり空を見上げた。
確かに森は、木々は日の光を遮り、森の中は暗かった。
時間も夜になっていくのだから、
だから早く、子供を探し出したかったわけだ。
森の中で確かに時間はかかった。
蜘蛛の魔物たちの相手もしていたのだから。
でも、こんなにもこの森の中は暗かっただろうか?
「―― なっ!? 」
アルテナは驚愕で声をあげた。
森の枝葉の上に見える暗闇に赤い月が八つ。
いや、木々を足場に、森を見下ろす巨大な緑色の蜘蛛。
―― 魔物となった蜘蛛が複数いたんじゃない。
―― 今まで相手をしていたのは、
蜘蛛の魔物から生まれた子蜘蛛だったんだ!!
魔物の親蜘蛛は奇声を上げて前足を振り上げ、彼女に向かって叩きつけた。
「あっぶなっ!? 」
それをすんでのところで飛び退いて避けたアルテナは、一目散に逃げだした。
魔物の親蜘蛛の足の届く範囲かつ
頭上に位置どられて不利を悟ったからだった。
親蜘蛛は足場にしていた木をへし折り倒して地上に降り、
ぶつかる木々を次々となぎ倒しながら彼女を追っていた。
アルテナは知る
怒りで我を忘れ ひたすらに彼女を追いかけていたのだった。
親蜘蛛に木々がぶつかる衝突音、へし折り砕かれる破砕音、
魔物の足が地面にぶつかり それらが追ってきている音に迫られながら、
アルテナは顔を青ざめさせながらも逃げることに専念していた。
しかしアルテナは、このままではマズいこともわかっていた。
このまま逃げてしまえば、この蜘蛛も村に来てしまう。
村に恩も借りもないけれど、このまま引き連れて村が壊されるのも困る。
状況を改善させる策も思い浮かばないままにアルテナは森を出てしまい、
彼女を追って親蜘蛛も森を出てきてしまった。
そんな失態、情けなさにアルテナは悔やみながらも走るしかなかった。
そんな彼女の前方に灯りが、人影が見えた。
―― ソーマっ!?
アルテナは彼にぶつからないように意識してまっすぐ走り、
彼は両手を合わせた状態で持っていた
(あれは子供が持っていた……? )
その木の何かはクルクルと回り、やまなりに前方へ 空へと飛んでいった。
アルテナは彼の姿を見て通り過ぎた後に転進し、彼へ駆け寄るように。
親蜘蛛は彼が飛ばした木の何かを避けるため、
全部の足を使って急停止しようとしていた。
勢いがつき過ぎて地面に足を突き立てようとしても
大地を抉り速度を落とす程度だったが。
それを見逃すアルテナではなかった。
今度は親蜘蛛に向かって走り、大地に突き立てている足を伝って駆けのぼる。
親蜘蛛は自分の体を登る彼女に前足を当てようとしたり、振り落とそうともするが
それよりも早く、彼女は剣を鞘から抜いて頭と腹の境目を狙って刃を走らせた。
親蜘蛛の巨大さに両断はできなかったが、頭は重力に従い腹の下にグネりと落ち、
その間に彼女は親蜘蛛に暴れられないように足の付け根を次々と斬っていくと、
親蜘蛛は体を支えきれず、頭を下敷きに その巨大な体が地面と衝突した。
*
「……な、なんだったんだ、あのでっかい蜘蛛……」
ちょっと離れたところで、
おれと一緒にアルテナの帰りを待っていた親父さんが、呆然と呟いていた。
おれはアルテナが森から出てきたときに、
彼女に竹とんぼの飛ばすところを見てもらおうと思って飛ばしたけど、
直後に山みたいにデカイ蜘蛛が飛び出してきて、
アルテナがおれを通り越していったあたりから、おれは慌てて逃げていた。
「おれ、あんなでっかい蜘蛛は見てないです……」
「……ってことは、あれ魔物の親玉ってことか? 」
親父さんと二人して、でっかい蜘蛛の死体を見上げていた。
「ソーマっ!! 」
っ、おれの名前――
蜘蛛の体の上から降りてきたアルテナが剣を納めながら、
小走りで駆け寄ってきた。
「どうして ここに残ってたの!? 」
え、怒られてる!?
「どうしてって……」
「お前さんが戻ってくるのを待ってたんじゃねぇか。心配してたんだぜ? 」
おれが怒られて どもっちゃっていると、親父さんが代弁してくれた。
「……そう……まぁ、助かったし……感謝しておくわ。」
「あ、ああ……どういたしまして……」
親父さんの手前、先ほどの勢いがなくなった彼女に言われ、
おれはそう応えた。そう応えるしかなかったけど……
「……」
「……」
な、何か微妙な感じもするけど……
「まぁ子供も助かったし、あのデカいのもなんとかなったし、
村に帰ろうぜ!! みんな待ってるだろうしよ!! ナッハッハッハッハッ!!」
雰囲気をぶち壊す親父さんの豪快な勢いが、今はとてもありがたかった。
ここに留まってもしかたがないし、おれたちは村に戻ることにした。
夜空には、綺麗な黄色の満月と煌めく星々が一面に広がっていた。
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