第8話 森へ

 アルテナが村長の家で昼寝をしているであろう頃、

おれは というと、村の一角で子供たちに囲まれていた。


「手でこんな感じに、っと。」


 手のひらを斜め前方に 互いに擦り合わせるみたいに動かすと、

手製の竹とんぼはクルクル回りながら 山なりに弧を描いて飛び上がり、

ゆっくりと重力に引かれて地面に落ちた。


「おおー!? 」

「飛んだ飛んだー!! 」

「何これー!? 」


 初めて見たのかな?


 おれの腰か胸くらいまでしかない大きさの子供たちは、

目を輝かせて竹とんぼを見て、歓声を上げていた。



「これ一個しかないから、みんなで仲良く遊んでね。」

「「「「「はーいっ!!」」」」」


 みんなで順番に遊ぶように言い含めて竹とんぼを渡し、

少し離れたところで、


「いや、器用だねぇあんた。」


 木工の親父さんが感心したように声を掛けてきた。


「あぁいえ、それほどでもないですよ……」


 思わずそう言ってしまったおれの肩に手をまわして、


謙遜けんそんすることはねぇよ。

 おれもたまには子供の遊び道具か何かを作ろうかなんて思うけど、

何を作れば良いかわかんねぇでさ。

 つい道具の方を優先させちまってそれっきりだったがな。

 使えない木片とか折れた矢の棒なんて何に使うかと思ったら。

大したもんだよナッハッハッハッハッ!! 」


 しみじみと頷いたり笑ったり、

次々と言葉が出てくるし豪快な親父さんだなぁ……



 おれが一人で村の散策をしていた時、


 室内で作業をしていた親父さんが

木片やら木くずやらを外に捨てに来たのを見て、


(見てまわるだけなのもひまだし、何か作れないかな? )


 と思って、つい親父さんに質問をしたのがきっかけだった。


 村で必要な家財道具やら 旅や狩猟に必要な道具やら、

木材で作れるものを加工して生計を立てているのが、この親父さんだった。

 革や金属の加工もできるらしい。


 ゴミとされていた物の中で使えそうだったのが

細長い棒と薄い長方形の板だけで、

 おれがそれで作れそうなのが『竹とんぼ』しかなかった、ってだけなんだけども、

意外と村の子供たちに気に入られたようで良かった。


 ん、木でできてるんだから木とんぼか? ……まぁいいか。



「にしてもあんたアレだろ? 裸の姉ちゃんの連れだろ? 」

「え、ええまぁ……」


 あー、あんまり聞いてほしくないんだけどなぁ……


「あのバカ息子たちをあっさりと、見事なもんだったな。」

「まぁ……あの二人って、いつもああなんですか? 」


 バカ息子たち……か……


「あー、まぁ村長の子供だしな。

おれ達なんかは子供なんてみんな一緒だから、誰の子供だろうと叱るんだが、

 下の若い連中がな……怖がっちまってよ。」


 何に、とは聞かなかった。


 聞いて、おれがどうこうできる問題とは思えなかったし。

翌日にでも この村を出るんだろうから……


 それは彼女の気分次第だけど……



「よぉーし、どうせだからちょっと仕事手伝ってくれや! 」

「えぇぇっ!? 」

「ナッハッハッハッハ!! 」


 むりやりに工房 兼 親父さんの家に招かれてしまった。


 本当に豪快で強引な親父さんだった。



 まぁ、物を作るのとかは嫌いじゃないんだけどさ……





 ――む? なによ、うるさいわね……


 気持ちよく昼寝をしていたアルテナは、

騒々しさに眉根を寄せて、嫌々目が覚めた。


 どうやら村長の家に大人の村人たちが集い、

何やら騒いでいるようだと、アルテナは気づいた。



「いったいどうしたのよ? 」


 騒ぎの中心へと彼女が姿を現すと、

彼女の登場に一瞬 その場が静寂に包まれた。


「……、……、……」


 アルテナは村長へと視線を向けるが、村長は押し黙ったまま、


「うちの子供が森に入ったまま、帰ってこないんだ!! 」


 父親らしい村人の男性が彼女へ言った。



 アルテナはそれを聞いて、なんとなく察した。


 また村長の息子たちが迷惑をかけたんだろう。

 だから村長は黙っているままだし、

村人たちも今度ばかりはと村長に憤っているようだ。――と。


(……こんな時にあいつは、どこにいるのかしら? )


 なんとなしに周囲を見回したアルテナは、


「そういやあんたの連れの黒髪の兄ちゃんも、

子供を探しに森に行ってくれてるんだよ! 」

「なんですって!? 」


 それを聞いて仰天した。





 親父さんの木工の仕事をむりやり手伝わされ、

ある程度物ができたからと親父さんの家で一息ついていた時、

 泣きながら駆け込んできた子供の様子にと感じて、

話を聞いて更に驚いた。


 おれが作って渡した竹とんぼで子供たちが遊んでいたところを、

あのバカ息子たちがやってきて横取りした挙句、森に入って行ったらしい。


 大人たちから散々森に入ってはいけないと言われていた子供たちだけど、

 反骨精神のある男の子が一人で追いかけて行ってしまい、

みんなでいつまで待っても その子が帰ってこなくなった。


 それで子供たちは それぞれ別々に分かれて、

大人たちに助けを求めに来た――というわけだった。



「あんのバカ息子どもが……」


 親父さんも苦々しく、また怒りを露にしていた。


 アルテナの荷物持ちとして旅に同行しているから、

少しは森に入ることの危険性をおれは知っていた。


 賊や魔物に遭遇するかもってだけじゃない。

魔物じゃない普通の獣や虫にだって危険な生き物がいる。


 旅人や狩人が獲物を狩るために罠を張っていることだってある。

そして、森は木々ばっかりで目印とかがないと、迷うんだ。


 年端もいかない子どもが一人で入るには危険ってのは、

知識がないと大人だって危険なんだから……



 おれはこんな状況になってしまって後悔した。


 おれのせいじゃないか……おれが竹とんぼを作ったから……


 気づけばおれは、森に入った子どもを助けに行くと、

ぽつりと口から言葉を漏らしていた。

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