第7話 次の村にて

 三つ目……三眼の狼の魔物をアルテナが倒して、

そこから辿り着いた村で迎えた翌朝。


 村人たちの好意で朝もしっかりと腹を満たし、水や食料も譲り受け、

おれとアルテナは 次の村を目指して歩き続けていた。



「どうせだったら、もう少し 世話になってても良かったかな。」


 にこやかな声で、少し惜しみながらアルテナは呟き、

それに比べて おれは、あの後も あまり寝付けずに後をついて歩いていた。


 譲り受けた水や食料の分 重くなった荷物とともに、

おれの気持ちも重くなった気がする……



 チカバの街とやらについたら、おれはいったい どうしたらいいんだろう?


 そう不安に思う反面、


(もうどこで野垂れ死にしてもいいや……)


 と、諦めていた……



 チカバの街とやらは、彼女の目的の場所となるんだから、

恐らく街としても 大きなところなんだろう。

 大きいってことは、それだけ人が集まり、いろんな店とかもあるんだろうから、

住み込みで働かせてもらえるところがあれば、そこが一番良い。


 本当に一番良いのは、家に帰ることなんだけど……


 何もできないおれが自力で帰れるとは到底思えないし……



 帰りたい……



 そう思いながら村を出て、

アルテナと一緒に旅をしてから2、3日ほど過ぎた。


 村から村へと続く道を歩いていたから、

野道でも ある程度舗装されて平坦だったし、

道中で賊とやらに襲われることもなかった。


 あの三眼の魔物が出てた影響があったのかもしれないけど……



 その間、アルテナとは義務的なことしか話していない。


 食事、睡眠、排泄と必要なことと、

彼女から「はやく来なさい。」としか言われない。


 ……会話らしい会話もしてないってことになるかな……



 それと道中、おれ達と同じように旅をしている人達と遭遇したけど、

彼らは皆おれ達を見て ギョッと驚いていた。


 余程、おれの黒髪が目立つらしい。

いやそれ以上に、アルテナの鎧姿が目立ち過ぎていたらしい。


 今にして思い返せば、あの歓待を受けた村でも最初、

おれの黒髪や彼女の姿に驚いていたな……

 おれは単に髪が黒いのが珍しいってだけなんだけど、

アルテナに至っては、鎧を着ててもほぼ裸みたいなものだからなぁ……



 だからかもしれないけど、ようやく次の村に辿りついたと思ったら、

おれもアルテナも、村の中で目立ち過ぎて悪漢の二人組に絡まれた。


 おれよりも体格が良くて柄が悪い二人組が近づいてきて、

おれは焦り、体もろくに動かせなくなっていた。


 怖いのは確かに怖かった。

でもあの魔物と遭遇した後だから、あれよりはマシだったけど……



 男達の狙いは、おれよりもアルテナにあったみたいで、

好き放題に言いながら彼女に邪な感情を向けていた。

 アルテナはそれでも平然と、相手が丸腰なのもあって軽くあしらっていたけど、

相手にされていないのを怒った悪漢の一人が、ついにアルテナに襲い掛かった。


「ふんっ! 」

「げぼぉっ!? 」


 相手の大振りに振られた右拳を軽くかわし、

彼女は相手の腕がのびきったところで

脇の下あたりに蹴りを入れた。鮮やかだった。


 いや、よく考えたらアルテナは脚鎧をしている。

鉄で覆われたところで蹴ってるんだから、これは酷い。


「や、野郎っ! 」


 相方が蹴り一発で沈められたからか、もう一人も襲い掛かったけど、


「うっ……」


 鼻先に剣の切っ先を向けられて動きを止めていた。


 魔物を相手にした時もそうだけど、彼女の動きは速く、

今のも いつ彼女が剣を抜いたのか、おれの目には見えなかった。



「お、おれたちが悪かった……降参だ……」

「……ふん。」


 脂汗を浮かべて負けを認めた悪漢の様子を見て、彼女は剣を納めた。


 いつの間にかできていた野次馬たちが

感嘆の声を彼女に向けていた。


「……行くわよ。」

「あ、ああ……」


 そんな彼女に言われるがまま、

おれは彼女の後に続いてその場を後にした。


 おれはいつの間にか、手のひらに爪跡が残るくらいに

拳を強く握りこんでいたようだった。


 それに気づいたのは、

この村の村長の家にお邪魔してからだったけども。



 この村のつくりも、あの三眼の魔物に悩んでいた村と似たようなもので、

おれとアルテナは、村長に借りれる宿が余っているかどうかと、

魔物などの外敵について聞きに行った。


 宿があるならそこを借り、外敵がいるなら狩って恩を売る。

腕に覚えがあるアルテナだからできる判断だった。


 おれはただ彼女についていくだけだったから、

肉体的にはともかく精神的に暇だった。時間があってあれこれ考える余裕があった。


 だから、ふと気になったことを村長に聞いてみた。


「あ、この村に来た時、二人組の男性に絡まれたんですけど……」

「……」


 おれが話をすると、村長の顔が次第に暗くうつむき加減になっていく。


 そんなに大きくない村だから、

悪さする二人組について村長も詳しかったのかもしれない。


 知り合いかもしれないし――


「あやつらは……まことに情けないことに、わしの息子と悪友で……

とんだご迷惑を……」


 ぽつぽつと心苦しい様子で村長は頭を下げていた。


 ―― 知り合いどころか身内だった……


 あれか? 典型的な 体格に恵まれた権力者の息子ってやつ。

体力も権力もあるから、それで好き勝手にやってたんだろうなぁ。


 負い目というか責任を感じている村長と話し合った結果、

宿はなかったけど、村長の家の一室を借りることになった。


 村長の息子は、この家にはあまり帰ってこないらしいし。


 おれは野宿を避けられれば良かったんだけど、

彼女はついでにと水と食料も要求し、

 村長は断ることもできずにそれを承諾してしまった。


 まぁ、水も食料も貴重だしね……


 それに宿がなかった理由が あの三眼の魔物の噂のせいで、

 この村から進むか 引き返すか 留まるか、

宿に泊まる客がいっぱいで泊まれなかったから―― だったし。


 三眼の魔物に関して、もう狩ったことをアルテナが村長に話すと、

村長は、あっちの村に情報を集めるために何人か向かわせる と言っていた。

 アルテナは、本当はまた自慢したかったんだろうけど、

村長の方が半信半疑だったからなぁ……


 ……で。


 村長から借りた一室で、

アルテナはしばらく昼寝をすると言い出したので、

 おれは一人、村を散策することにした。



 世間話をする奥様方、遊ぶ子供たちの声、農作業に勤しんでいる者たち。

切り拓いた村での のんびりとした生活。

 実際、農業って土地や気候、日照時間とか、

いろいろ面倒臭いんだろうけどね。


 突然ここに来てから、一人でゆっくりと見てまわるのは初めてかもしれない。

けどまぁ、パッと見たらどこもかしこも 自然あふれるただの田舎だよなぁ……


 もしあからさまに文明の進んだ未来みたいな世界とか、

夢か絵の具を混ぜたような変な世界だったら、

まだハッキリと異世界だとわかるから、割り切れもするんだけど……


 ここが本当に異世界なのか、それとも過去に飛んだのか、

おれには何もわからないんだから……


 ここは異世界ですか? って、ここの人達に聞けるわけないしな。


 ここの人達にとっては、

ここがなんだから。


 はぁ、異世界に飛ばす神様とかいるなら、早く出てきてくれよ……


 チートとか能力とか、

貰えるものなら なんだっていいから欲しいよ……





 アルテナは、村長より間借りした室内で横になり体を休めていた。

チカバの街まではそう遠くもないかもしれないが、まだ日数はかかりそうだ。


 彼女にとっての不安要素は、もはや族か魔物だけだ。


 あの魔物を狩った時から、

チカバの街で彼と別れ、単独で旅を続けることを決めていた。


 それにしても、と アルテナは目を瞑って考えた。


 彼は確かに戦えそうにないし、特別に何ができるともわからない。


 荷物持ちをさせるくらいしかなかったが、

道中で寝首をかくとか、脚を引っ張るようなマネはしなかった。

 もしもの時には邪魔にもなろうが、

一緒に行動した中では、襲い掛かることもなかった。


 時折いやらしい目で見ることがあっても、だ。


 アルテナが旅に出てから、

族というわけでもないのに襲い掛かってくる男は大勢いて、

そのたびに 持ち前の剣の腕で彼らを切り伏せてきていた。


 あまりにも肌を見せすぎていることはわかっていた。

だから襲ってくるのかとも彼女は思った。

 しかし、この鎧とも言い難い鎧は とにかく動きやすいし、

浅はかに行動してくる男を見分けるには都合が良い。


 正直恥ずかしい。


 でも特別に仕立てられた この鎧の動きやすさだけは、

他のどんな鎧よりも比べ物にならないだろうし、

 それが彼女は気に入っていた。



 アルテナは、そばに置いている荷物を見た。


 魔物を狩ったことで村から水や食料をもらい、

この村の村長の息子たちからの迷惑の代わりに水や食料を貰うことになっている。



「また荷物が重くなるわね……」


 もしも彼がこのまま荷物持ちを続けたいと言うのなら……なんて迷いが、

アルテナの中に微かに生じていた。


 戦えない、何ができるかわからない、怯懦きょうだに塗れた『役立たず』

しかし目に見えて反抗もしなければ口やかましくもない。


 こちらの言うことに黙って従う『荷物持ち』がいる というのも悪くはない。



 いつの間にか、アルテナは眠りに落ちていた。


 そのうちに、彼が帰ってくるんだろうと思いながら――

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