第6話 魔物討伐後

 アルテナは、感覚的に彼を理解した。――と、思った。



 彼はどこかの組織の人間でも、暗殺者でもない。

ただの生き倒れた、どこかの人間だ。


 そして荒事にも向かない、何ができるともわからない。

荷物持ちくらいにしか させられない『役立たず』だ、と。


(ならば、話は早い。チカバの街まで荷物持ちをさせて『終わり』よ。)


 素性がわからずとも、

脅威や不安要素にならないだけで、彼女には充分だった。



 アルテナは、浴びた返り血を洗い落とすついでに『彼』へと近づいた。

旅を再開させるために『荷物持ち』を急がせた。


 まだ三つ目の魔物と遭遇した時の衝撃が抜けてないようだが関係ない。

ついでに魔物を狩ったことを、通りかかった村で自慢をしよう。


 そう思ってアルテナは魔物の首を切り落とし、それも荷物に加えさせた。



 『荷物持ち』が何やら顔をしかめているようだが構わない。


 今ここで別れてもアルテナは構わないのだし、

そもそも彼女は、独りで旅をしていたのだから――



 *



 もしかして、おれは軽蔑されたのかな……

彼女の対応が 魔物と遭遇してから変わった気がする。



 初めて魔物を見て、魔物が怖くて動けなくて、

そうしている間に 彼女はあっと言う間に魔物を狩って、それからだ。


 おれを見る目が厳しくなった気がする。

初めて会った時より、対応がキツくなったように思う。



 彼女の狩った魔物の首から流れる血の匂いでムセ返りそうだ。

抱えている首の重さが、まるで命の重さのように感じていた。



 ―― おれもいつか、彼女に斬り殺されるのかもしれない。


 そんなありもしない不安に駆られながらも、彼女の後を追って歩いていた。



 川から野道へ、野道を道なりに進んでいくと、なだらかな下り坂になり、

その坂の向こうに小さく村が見えた。おれにとっては初めての村だった。



 村全体を木の枠で四角く囲んで、

その中や外に農作物があるから農村かな?


 農村といえばのどかな、おだやかな雰囲気なんだけど、

なんだか物々しい感じがしていた。



 出入口となる場所に辿り着くと

村人が二人、農具を持って待ち構えていた。


 元々何かを警戒していたらしいんだけど、

おれ達を見て更に警戒していたのが――



「おい、それは……この村を襲っていた魔物の首じゃないか!? 」

「め、目が三つの魔物……間違いない、こいつだ!? 」


 おれが持ち歩かされていた『荷物』を見て、

門番をしていた二人が驚いていた。


 警戒していたのはおれ達『旅人』じゃなくてコイツだったのか……


 聞けば なんでも、三つ目の魔物は作物を荒らすだけでなく

人も襲って食っていたらしい。


 門番をしていた村人が狙われたこともあったそうで、

村ではかなりピリピリしていたそうだ。



 村人の一人が急いで村長や他の村人たちに声を掛けていき、

その間 もう一人の村人は、アルテナの自慢話を嬉しそうに聞いていた。


 アルテナは自慢ができるし、村人たちは魔物の脅威から解放されて、

お互い良いことなんだから……まぁ、いいか。



 おれ達は魔物を狩ったことでこの農村で歓待を受け、

一泊させてもらえることになった。


 おれは何もできなかったけど、彼らはそれを知らない。


 アルテナは自分の自慢話をして歓迎されて、終始嬉しそうだった。



 おれはその夜眠れなかった。いや、ちょっとは寝たけどさ。


 周囲を警戒しながらの野宿じゃないのに、眠れなかったんだ。


 あの狼の魔物が夢に出たから。

あの時のアルテナも夢に出てきたから。


 おれが過去に出会った人達の、

おれへの軽蔑の眼差しまでもを夢で見たんだ。


 夢の闇の中、斬り落とされて首だけになった三つ目の魔物が、

にんまりと口角を上げて笑みを浮かべて、おれを見下していたから……



 村長の家で、急ごしらえで用意された部屋、

用意された布団(袋の中に干し草が敷き詰められている。)の上、

 おれは掛毛布をけ、上体を起こして隣を見た。



 肩鎧だけ外したアルテナが、くーくーと寝息をたてていた。


 まるで極小のビキニだけをつけた少女の寝姿だというのに、

今のおれにとっては見たくもないものだった。



 もし、おれがチートとか魔法とかの能力に目覚めて、

彼女の代わりに あの魔物と戦って勝ってたら、

 彼女はおれに親しくしてくれるんだろうか……


 そう思ったけど、すぐに頭を横に振って、

起き上がって村長の家の外に出た。


 すぐに戻れるよう、家のそばに立ちすくんでいた。



 みんな寝ているからか周囲は暗く、夜空に星が満面に広がっているけど、

視界がにじんで星が見えない……


 夜風に吹かれながら、うつむいて自分の胸を見下ろした。


 持ち歩いていた魔物の首から流れた血で服も肌も汚れていたから、

洗っている間に 村人から服を貰って、それを着ていた。


 彼女の仲間だからって理由で優遇してもらえたのはありがたいんだけど、

正直申し訳ない。おれ 本当に何もできなかったから……


 服は装飾も柄もない地味な布の服だけど、おれにはお似合いだと思った。

元々、柄物の服とか派手なのは好きじゃなかったし。



 それにしても、ここはいったいどこなんだろうか?


 魔物がいるからゲームの世界? なんて思うけど、

この痛みや苦しみはゲームじゃない。


 でも、過去にタイムスリップしたわけでもなさそうだ。


 ……ここがどこかを知ったところで、

おれはいったいどうやって元のところに帰れるというのだろう。



 帰りたい……

こんなところで、こんな怖くて惨めな思いをしていたくない……


 どうせ死ぬなら 元のところで、

あのおっさんみたいに、誰かに惜しまれながら死にたいなぁ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る