第5話 初めての恐怖

 先を行ってしまったアルテナを追って走り、

そして野道を歩き続けていると、

 右手側の木々が途切れた先に、開けた空間に川が流れているのが見えた。



 川の周辺は土や草から石がゴロゴロとした地面になっていて、

川べりには水草や藻が生えて、岩などには苔も生えていた。

 川の幅は広く、また川の中筋の方は底が深そうに見えた。


 先行していた彼女は川のすぐそばでしゃがみこみ、

手で水をすくって川の水を飲んでいた。



「……うん、飲んでも問題なさそうかな。」


 そう呟くと彼女は口元を拭って立ち上がり、


「飲めそうだから、水を入れるわよ。からの水袋を出してちょうだい。」


 こちらに振り返ってそう言った。



 機嫌治ったのは良いけど、川の水を飲むのかよ……


 なぜビキニアーマーを着てるのかを聞いたら、

恥ずかしかったのか怒ってたのかわからないけど、

おれを置いて先に行ってしまったことを思い出し、

 また、内心そう思いながらも、

おれは言われた通りに荷物から袋を取り出して彼女に手渡した。


 水ねぇ……家だったら最悪の場合、

水道水でも飲めば良いんだろうけど、川の水かぁ……


 あーあ、ジュース、コーヒー、紅茶、お茶に酒。

飲めるのなら、また飲みたいのが多いなぁ……



 おれがそんなことを考えている間に、

水袋いっぱいに川の水を入れたアルテナは、


「じゃあ、水浴びしましょうか。荷物からは目を離さないようにね。」


 そう言って、鎧を着たまま川の中に入って行った。



 その様子を見て、先ほど、なぜ露出度の高い鎧を着ているのかって聞いたけど、

極小の水着みたいな鎧は、川に入ろうとも脱ぐ必要を感じさせなかった。


 逆に今自分が着ているパジャマなんかは、すぐに脱げないし、すぐに着れない。

第一、濡れたら渇くまで着れないし……


 アルテナを見る。


 無作法に切っただけの短い白金の髪は、濡れて艶やかに顔や体にはりつき、

水滴は彼女の肌も鎧にも弾かれなめらかに滑り落ちる。


 自然の中での彼女の白は、不自然に自然で、

ただただキレイだと思ったんだ。



 おれも誘われるように、

着ている服は下着も脱いで水浴びをすることにした。



 風呂は病気にでもならない限り毎日入っていたから、

川の冷たさに少し震えるけど、同時に嬉しくて体が震えていた。


 川は別に気になるほど生臭くもないし、水の中を小さな魚が泳いでいたけど、

おれ達の事を無視して泳いでいるようだった。


 魚も、見る限り特に気になるところはなかった。



「……ふぅ。さっぱりした。」


 アルテナは そう言って川から上がっていった。


 ただでさえ綺麗な肌をしていると思ったのに

川の水で細かな汚れが流されたのか、

より磨かれた宝石のように綺麗になっていた。



 ―― ガサガサッ!!



「「――っ!? 」」


 草や木の葉が大きく揺れて悲鳴を上げ、

その音の発生源に おれは注意を向け、

アルテナは剣を抜いて警戒した。



 木々の間が作り出す闇の中から、三つの光の反射がキラリと見えた。


 そして、まるで黒い闇から浮かび上がるように、

緑色の体毛で覆われた大きな狼のような何かが、その姿を現した。



「あ、あれは何なんだっ!? 」


 まるで狼のようだとは思ったけど、

頭頂部が地上から2メートルくらいの大きな狼なんて今までみたことなかったし、

 何より 眉間の位置に縦についた目がある、三つ目の化け物なんて――



「あれが魔物よ。元は犬か狼かもしれないけれど。」


 剣を両手で構えたまま、様子を見ているアルテナが言った。



 ―― あれが魔物?


 おれは昔から色んなゲームとかが好きで、

ゲームに登場するいろんなモンスターも好きだったけど……


 今、おれ達の前にいるアレは……


 狼の魔物の、三つの目がギロリと、まだ川の中にいるおれを見抜いた。


 ―― あれが本物の……魔物……


 おれの本能が恐怖で体を硬直させ、

川の水より冷たく身体を震わせた。


 そして声も出せず、逃げることもできずに頭の中が真っ白になっていた。


 ついでに漏らした……





 アルテナは目の前の魔物の様子をじぃっと見つめ、すきうかがっていた。


 魔物が彼に視線をやっていたが、

すぐに彼女へと注視し、互いに待つ形になっていた。



 それが木の葉の揺れる音か、彼が鳴らす水音かは定かではないが、

ともに同じ音をきっかけに踏み出し駆け出し、爪を剣を振るった。


 咆哮ほうこうとともに狼の魔物の振るった爪は虚空を切り裂くのみに留まり、

アルテナは跳んで三眼の魔物の眉間の目を縦に斬り、その巨体を飛び越えた。


 ―― 浅いっ!


 眉間の目を斬るだけに終わったことを感覚で知ったアルテナは、

魔物が苦しみながらも彼女にと顔を体を向けるより速く体勢を立て直し、

狼の魔物の後ろ脚から腹下へと潜ると山なりに撫で上げるような軌跡を描き、

腹から胸にかけてを剣で斬り、その巨体から抜け出した。


 狼の魔物が背後に顔を向けた時には、

アルテナは、また元の位置にいたことになる。


 魔物は爪を振るい顔を背後へ向けたまま、悲鳴を漏らして地面に倒れ伏した。


 アルテナは無言で振り返りながら、剣についた血を払い落とした。

魔物の息の有無、様子を確認し、そして川の中にいる彼を見た。


 彼の恐怖に縛られた姿を見て、アルテナはこう思った。



 ―― 役立たず。


 アルテナは、感覚的に彼を理解した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る