第4話 おやすみからのおはよう
アルテナに分け与えられた食事を済ませて腹が膨れると、
重い荷物背負って歩き通していた疲れのせいか、
酷く眠くなってきていた。
「眠そうね。」
「あぁ……ふぁぁ……疲れてるみたいだ……」
焚き火の向こう側で腰かけている彼女の問いかけにも、
あくび
「じゃあ先に寝てなさい。しばらくしたら交代してもらうからね。」
「……ん……わかった……」
彼女にそう言われたからか 余程に眠かったからなのか、
彼女の見ている前だというのに、おれはいともあっさりと眠ることができた。
*
(これは演技なのか、それとも本当に―― ? )
アルテナの疑心は、未だ晴れることはなかった。
彼が悪意を持つ者であれば 卓越した演技力を持つことになる。
彼がそうでないなら、彼はいったいどこから来た何者なのか……
頭を悩ますことになるなら、
(―― いっそ、問い詰めれば良かった……)
敵対するなら斬ればいい、そうでないなら利用すればいい。
利用するだけ利用して、彼がその後どうなろうと知ったことではないのだから。
必ずしも急ぐ旅ではないけども、不安要素を抱えて進む旅でもない。
アルテナは、改めて彼の様子を観察することにした。
彼は木の根元に背を預けて座り、頭を垂れて眠り込んでいる。
アルテナの視線は自然と髪へと向けられていた。
とにかく目立つ黒髪だ。どこの生まれなんだろうか? と疑問に思い、
彼女は次に、服装に着目した。
(生地は薄そうだけど作りはしっかりしている。)
刺繍などの装飾は施されていない、簡素な蒼い服。
だが出来栄えから、そこらではあまり出回ることのない代物のように思っていた。
そして彼は武器も防具も持たずに丸腰な上、靴すら履いていない。
(まるでわけがわからない。)
そんな状態で、しかも小綺麗な状態で野道に寝転がっていたんだから。
これで疑うな―― というのが無理な話だ。と、
アルテナは自分の判断が妥当であるとした。
その上で、
それともこちらが手を出すまで待つつもりなのか?
無害を装い、全面的に信頼している素振りすら見せている。
いや、それとも本当に彼は無害な人間なのかしれない。でも――
直接問い詰めることができないで、アルテナの思考はグルグルと回っていた。
穏やかそうな顔つきをしているが、だからこそ油断ならない。
何よりも彼の目だ。髪の色や目の色という目に見える問題ではなく、
そう……野ざらしになって死んでいた人や獣の目に似ていた。
アルテナにとっては、あの目が何よりも、
彼を信用してはいけない気にさせていたのだった。
*
夢すら見ずに深く眠りにつけたからか、
それともさっきからウンウン唸ってる彼女の声が気になるからか、
おれは眠りから覚めて顔を上げた。
「……えっと、どうしたの? 」
「―― っ!? 」
声を掛けられて バッ と顔を上げたアルテナはびっくりした表情だったけど、
「な、なんでもないわよ! それより今度は私が寝るわ。
焚き火の火が消えないようにしときなさいよ! 」
まるで火と同じくらいに顔を赤くして言い放つと、
座ったまま、腰に帯びていた剣を抱いて縋るように仮眠に入ったようだった。
横になればいいのに……と思ったけど、外で寝てるんだもんな。
いつ何が出てくるかわからないから、
何があっても対応できるようにしてるのか……
こんな年頃の女の子が……
女の子が一人で旅をしないといけない理由って何だ?
聞ければいいけど、聞いたところで おれに何ができるっていうんだ……
焚き火のそばに積んでいた枯れ枝を手に取り、火の中に入れる。
焚き火のそばは当然 熱いんだけど、焚き火がなければ木々を抜ける夜風や
地面からの冷え込みで、染みるような寒さに体力を持っていかれる。
獣は火を恐れて近寄らないだろうし、問題は人なんだけど……『賊』ねぇ……
もう一本、枝を火にくべる。
『魔物』って言ってたよな。本当に出てくるの?
山も空も木々も大地も、見る限り自分がいたところと何も変わらない。
細かいところは違うのかもしれないけど、
自分が今まで見てきたものと何が違うのかもわからない。
アルテナに分け与えて貰った肉も水も、
おいしさは別として、探せばあるんだろうし……
ここって、本当にいったいどこなんだろうか……?
見上げた空も夜に浮かぶ月や雲すら、
疑問を解消してくれる答えになりはしなかった。
あれらが、あからさまに自分がいたところと異なるものだったなら、
今までいたところと違う証明になれば……
焚き火の火を絶やさないようにしながらぼんやりとしていたら、
気づいた時には空が白んで明けようとしていた。
その間、眠気がまったくなかったからかな。
「っ!? 」
突然 彼女は顔を上げて周囲をキョロキョロと見回していた。
何か警戒してるみたいだけど……別に何もないよな?
「……」
「ん? 」
彼女の視線が自分に定まってるのに気づいた。
「もう空が……もしかして……あれからずっと起きてたの? 」
「あ~、そうだね。ガッと寝たから寝れなくなっちゃってね。」
愛想笑いをして彼女の質問に答えた。
「よく眠れた? 」
「……おかげさまでね。それより朝食にするわ。」
こちらからの質問に顔を横向けていたアルテナは、
鞄から薄茶色の細長いパンを取り出した。
「できれば今日中に、村にでも辿り着きたいわね。」
「どんな村なの? 」
半分に割ったパンを彼女から受け取った。
パンは、中は自分の知っているパンと同じく白く、
薄茶色の表面は乾燥しているからかは不明だけど凄く硬かった。
「あぐっ……ん~、どんなって言われても、ねぇ……」
硬いパンを噛みちぎりながら困ったような様子をしている彼女を見ながら、
パンの断面を焚き火で軽く
うん、温かくすると硬くても食べやすいね。それにこのパンの材料が何かは
わからないけど、炙ったことで香ばしい匂いもするし。
村は……言うほど特徴もないんだろう。そう思うことにした。
「……、……ん、おいしい。」
おれの真似をしてパンを炙ったアルテナは表情をほころばせていた。
この一瞬の表情とか、凄くかわいいのになぁ……
パンを食べ終え、喉の渇きを癒したおれ達は、
火の始末をして旅を再開させた。当然 荷物持ちはおれだ……
少しだけ軽くなった荷物を背負い、木々を抜けて野道を歩く。
昨日に比べると少し慣れたか、心に余裕ができた気がする。
「そういやさ、なんでそんな恰好をしているの? 」
だから、初対面の時から聞きたかったことを聞くことにした。
初対面の時からずっと目にしているけれど、
やはり露出度の高すぎる
目のやり場にも困るし、おれだって一応……男なんだしさ。
「――っ!? あんまりジロジロ見ないで!! 」
前を歩いていたアルテナはピタっと立ち止まり、
顔を赤らめ振り向いて一喝すると、ズンズンと
えええぇぇ……聞いちゃダメだったの?
というか、聞かれて恥ずかしかったのか? じゃあなんで着てるのさ?
それが素直な感想だったけど、遠くなる彼女の後ろ姿に気づいて、
「ちょ、ちょっと待ってくれよ~~!? 」
慌てて後を追って、おれは走っていった。
朝に見る自然の景色は、
やっぱりおれが知るような自然の景色と変わりようがなく広がっていた。
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