第3話 初めての……野営準備
アルテナが彼を荷物持ちとして同行を認めたのは、
確かに
そのほとんどが、打算や冷酷な計算をした上でもあった。
彼が重いと感じていた荷物は、アルテナにとっても重い荷物であった。
一応チカバの街までではあるが、それまででも負担が減るのは
彼女にとっても好都合であった。
不安はあった。
そもそも、彼が何者であるのかがはっきりしてないからだ。
蹴り起こす前、遠くから彼女が 彼のその姿が見つけた時、
(既に死んでいるのか? )
と、彼女は思っていた。
近づいて 呼吸や体温があることを知って、
寝ているだけだとわかったからこそ、安心して蹴り起こしたわけだったが。
彼が起きた時からの様子を観察したアルテナは、
魔物や族の
会話をして彼を荷物持ちとして同行することも認めたわけだが、
(本来だったら、疑わしい段階で斬り殺した方が良かった。)
と、アルテナは半分後悔していた。
アルテナは彼の素性を知らないのだから。
ヤクタチ・ソーマと名乗っているが、偽名だろう。そう思い込んでいた。
彼女の知る神話上で、
世界に魔力をばら撒いた邪神の名前がヤクタルチャイルとあり、
ヤクタチとはそれを
それにソーマとは、神話に登場する万能薬の名前だ。
怪しい組織の人間かもしれない。
もしかしたら暗殺者かもしれない。
髪の色が黒というのも疑わしいが、
道中 怪しい素振りを見せたら容赦なく斬り殺せばいい。
時々、彼が自分の様子を観察していることに気づいていたアルテナは、
そう結論付けていた。
その根拠として、彼がそんなに強そうに見えなかったことと、
自らの剣の腕に相当な自信があったからだった。
*
気持ちの問題か重量の問題か、
それ以前に体力の問題か。
おれはアルテナと名乗った彼女の後をついて野道を延々と歩いていた。
後ろから見る彼女の姿は、二の腕やら太腿やら肌が見える他は箇所は少なく、
そういう女騎士みたいなのがいるんだろうな、って思う事もできるんだけど、
正面から見たら むしろ鎧で守られてる部分が少ないという、
とても見ていて
自宅から突然ここに来てしまったおれを、嫌々ながらも同行を許してくれた。
何の用事があるのかは知らないけれど、
今向かっている最中のチカバの街にはいったい何があるんだろうか?
もし ここが本当に異世界で、アニメとか漫画とかラノベであるような、
チートな能力とか魔法とかが使える世界だとしたら、
おれも、そういう能力を使うことができるんだろうか?
いや、そんな都合良いわけないか……
だいたい それならそうで、すでに何かしら変化とかあるだろうし、
そもそも なぜおれがここにいるのかもわからないし。
そういうのって神様とか
なんか凄い存在の奴とかが出てきてからだと思うし……
本当に、なんで どうやって、おれはここに来たんだ……?
彼女と出会ってから歩き続けて、空の色は青から橙の色に変わり始めていた。
野道の景色は、相も変わらず木と山と空と土しかない。街はまだかな……
「ここらへんって、川とかないの? 」
「川? 」
今まで黙々と歩いていたから、声を掛けられて彼女は振り返った。
向う
動きやすさのために複数のパーツに分かれ、
手の指先から前腕の外側の腕鎧も、
肩に載せてるだけのように見えて背中までも守れる肩鎧も、
臀部や腰の横 それから正面下腹部に
申し訳程度に垂れてる鉄板がある腰鎧も、
長方形の鉄板を両端だけ曲げて胸に押し当ててるだけに見える胸鎧も、
おれから見ている分には、とても酷く頼りなくて――
自分で切って失敗したのかどうなのかは知らない白金の短い髪、
剣を振るうためについた筋肉はあるけど、その顔立ちや自分より低めな背は、
彼女をより幼く見せていて――
――
不思議と、おれにはとても眩しく見えていた。
「探せばあるだろうけど、今はもう止めておいた方が良いわ。」
「えっ? 」
軽く
「明るいうちならまだしも、何が出てくるかわからないしね。」
何が……何が?
「そろそろ夜の準備をするわ。私の言う通りにしてね。」
「あ、ああ……」
言い終えると彼女は野道から横手の木々の間へと身を入り、
おれはその後ろ姿を見失わないように、その後を追った。
そして彼女に命令されるままに、おれは行動した。
夜の準備と言われても、何をしたら良いか正直わからなかったから、
彼女にあれこれ指示されるのは、むしろ助かっていた。
―― 言われた通りに動けば良いんだし。
それよりおれが川を探したかったのは、
道中で一度 排泄を済ませていたからなんだけど……
川の水でいいから、手が洗いたかったんだ。
もし大きい方がしたくなったら……
トイレットペーパーもないし、どうしたら……
彼女の指示に従い、森の中で適度な野営の空間を作り終えた頃には、
焚き火をしないといけないくらいに周囲は暗くなっていた。
背負っていた荷物の重さから解放され、さんざん歩き続けていて辛かったけど、
やっと腰を下ろして休むことができた。
木の根元に背中を預けていると疲れてるからか、
もうしばらくは動けそうにもない。
そういえば、おれは薄手のパジャマに
靴も靴下もない。
アスファルトに比べると幾分か足への負担がマシな野道といっても、
こう歩き通していたら、そのうち足の皮が破けるかもしれない。
焚き火を挟んで向かい側にいるアルテナの方を見ると、
なにやら荷物をゴソゴソと漁っているかと思ったら、
骨の付いた茶色い……燻製の肉か。それにかじりついていた。
おれも……ダメだ、腹が減ってるんだろうけど疲れて食欲がない。
それより今は少しでも寝ておきたいかな……
目をつぶって彼女の食事音と焚き火のパチパチと弾ける音をしばらく聞いていた。
家に帰りたいなぁ……
このまま寝てたら帰れないかなぁ……――
「おい『荷物持ち』」
「―― っ、な、何? 」
声を掛けられて目を開けると すぐそばまで来ていた彼女が、
食べかけの燻製肉と動物の皮で作られた片手程の大きさの何かを持って、
おれを見下ろしていた。
焚き火の明るさに照らされ、彼女の口元は燻製肉の油で
艶やかに照り返していたのが印象的だった。
「食べなさいよ、わけてあげるから。
チカバの街はまだまだなんだからね。」
「あ、ありがとう……」
おれは無理矢理に それらを受け取らされ、
アルテナはまた元の位置の 木の根元に腰を下ろしていた。
た、食べかけの肉……それと、こっちは水が入ってる。これ水筒だったのか……
街までまだまだってことは、どこかで食料とか補給できないとヤバいんだろうな……
他人が口をつけた食べかけ……だなんて、贅沢は言ってられないよな。
今と違い 昔なんて水も貴重なんだろうし。
……あ、肉硬ぇ……でも、うめぇなぁ……
人から何かを貰うのって、いつ以来だろうか……
「うん、うまいなぁ……」
肉の硬さと味を噛みしめながら、
彼女の優しさに、ほんのちょっとだけ涙しそうになっていた。
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