第2話 雇用契約

 おれのいた世界と、何も変わってなさそうに澄み渡る青空、

田舎にでも行けばいつでも見れそうで 見慣れない山々や木々の緑。


 涼しい風に吹かれて木の葉も揺れれば、

目の前には肌色―― もとい、きわどい格好をした女の子。


 この恰好、ビキニアーマーってヤツか?



 夏場はともかく、ぱっと見て寒そうだよな……



 まぁ それはおいといて――



「ここ、どこ? 君は誰? 」


 ―― 家で寝っ転がっていたはずなのに、いつの間に外に?


 それにおれが寝てた時は夜だったのに、

いつの間にか朝になってるし……



「はぁ? こんな野道の真ん中で寝てたのは 記憶喪失ってやつ?

それに名前を聞くなら、まずそっちから名乗りなさいよ。」


 怪訝けげんそうな表情も隠すことのない彼女の言葉に、

おれの心が少しザワついた。


 けれど、向こうの理屈に それもそうか と頷いて、


「おれは屋久達やくたち 蒼真そうまって言うんだ。君は? 」


 立ち上がりながら服や体についた土を払い落として、おれは名乗った。


「ヤ、ヤクタチ……ソーマ? ソーマが名前? 」

「そうだよ。……変わった名前でしょ? 」


 彼女の様子から おれの名前が余程珍しいのか、

それとも変な名前なのかはわからなかった。


 一応、意思疎通ができるみたいだけど、この子は日本人なのか?


 ……そんなわけないか。


 言葉が通じるのは都合良く思えるけど、

逆に言葉が通じなかったら困るのはこっちだし。



 改めて彼女と会話ができることが幸いであると思いながら、

彼女の姿を観察する。



 背負っている大きな荷物や

インパクトの強すぎる過激な鎧ビキニアーマーにまず目が行くけど、

 粗雑に切られたような髪型に、光をまぶしく反射させる白金の髪。


 自分と比較して少し低い背から、

彼女は あどけない少女のようにも見える。


 肩から斜めにベルトをかけ 腰の左側にぶら下げた剣と鞘。

 剣を振るうためにどれだけ鍛えているのか、

筋肉の盛り上がりで腹部や腕部に薄く影が乗っているのが見てわかった。


 ボディビルダーみたいな全身の筋肉バッキバキじゃないのは、

見てる自分としては程よくて良いんだけど、正直不安な気もしていた。


 顔つきも凛々しくてかわいいと思う。

年頃の女の子と接するのもひさしぶりだし……



「ふ、ふーん……ソーマねぇ……」

「それより君は? 」

「へっ? ……私? 私は……アルテナ。アルテナよ。」


 何を考えていたのか、虚をつかれてたみたいだけど

彼女も名乗り返してくれた。

 ちょっと間があいていたのが気になったけど。……まぁいいか。



 それより、彼女が武装してるってことは、ここは治安悪いのか?

おれがムリヤリ起こされた時 って言ってたもんな……



「そ、それで、これからどちらに? 」


 起こりうる事態を想像してしまって、

不安に駆られて思わず下手に出てしまった。



「とりあえず チカバの街だけど……何、ついてくる気? 」


 うわ、嫌そうな表情してるなぁ……でも、一人でここに放置されても困るし!!

魔物や賊に襲われたら、おれじゃどうしようもないよ……


「た、頼むよ。その街まで でも良いからさ……」

「えぇー……」

「に、荷物持ちでも、できることなら なんでもするからさ!! 」

「……ふぅ~ん……」


 手を合わせて、頭を下げて、必死に説得して――


「まぁいいわ。とりあえず街までの間、荷物持ちにしてあげる。」


 ―― 品定めされるような嫌な視線に耐えて、ようやく同行を許可された。



 あちこちで行ったどの面接よりキツく感じたのは、

これが直接、命に関わる可能性が高かったから……かもしれない。


 就職の面接は、不採用にされても別の会社を探せばいいだけなんだけど、

今、彼女に見放されたら、おれはどこに行けばいい? これからどうすればいい?



「いったい何が入ってるの? 」

「色々よ。それより、勝手にあさらないでよね!! 」


 見るからに重そうで大きな荷物を彼女の代わりに背負うことになり、

おれたちはチカバの街とやらに向かうことになった。



 彼女の背負っていた荷物は中に何が入っているのかはわからないけど、

自分が背負えるギリギリの重さで、おれは自分の腰がイカれないように

思わずいのってしまった。


 昔、リュックサックに10キロぐらい物を入れて背負ったことがあるけど、

それ以上の重さだったのは確かだ。そのリュックよりもデカいし……


 荷物の重さと、これからへの不安で足取りも重かった。



 アルテナと名乗った彼女の後を追って歩いても、

見えるのは先ほどから似たような自然の景色が続くばかり……


 ほぼ肌が見えていた正面の姿と違い、

彼女の後ろ姿は、意外と鎧で守られているみたいだった。


 もしかしたら、お尻とか見えるんじゃないかと……


 それより、歩くの速くない!?



「ほら、遅かったら街に到着するのも遅くなるわよ『荷物持ち』!! 」

「……へいへい。」


 一つため息を吐いて、おれは自分より小さな雇い主の後を追って歩いた。


 まだ現状も、彼女に蹴られた脇腹の痛みも受け入れたくなかった。

あの脚鎧もじゅうぶん凶器だよ、ちくしょー……


 ここがどこかわからないけど、元の世界に帰りたいなぁ……

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