イギリス商人も出島に呼びたいな、オランダに都合がいい情報ばかりに偏らせないためにも

 さて、俺はオランダ商館がある出島にもよく行くが、どうやら吉原弁財天様の恩恵か俺は他国の言語や方言なども普通に意味がわかって聞こえるようになっているし相手に通じるようにしゃべることもできるらしい、オランダ語や漢文の書類なども読み書きできるがこれは助かる。


「まあ、方言を言われて何を言ってるかわからないと困るしありがたい話だよな」


 江戸は日本の東国の東北から畿内まであちこちの人間が集まるので使う言葉は結構バラバラだったりするし、それに対応するための言葉として遊女は廓詞くるわことば、いわゆるありんす言葉を覚えさせられるのである。


 尤もそれが必要なのはこの時代では大名相手商売の大見世だけで、町人相手の中見世や小見世の遊女は今のところは使っていないんだが、そのうち吉原の遊女全体がふつうに「ありんす言葉」を使うようになっていくようではある。


「まあ、これは島原を手本にしてるからこそ京都弁っぽい言葉を話させてるって言うのもあるんだがな」


 なお、ありんす言葉は遊郭によって違い、ありんす、ざんす、ざます、おす、やすなど語尾の話し方は店によって様々で、基本的に切見世女郎とかは幕末でもそういう話し方はしないようだが。


「幕末と言えばやっぱりヨーロッパ方面の窓口がオランダだけなのは問題だよな」


 現状ではオランダはイギリスとの香料諸島争奪戦に勝利して東アジアや東南アジアでは一番強い力を持っているが、香辛料バブルが弾けて香料の貿易にあまり旨味がなくなったことからも、イギリスとフランスにその地位を脅かされつつある。


 もともと17世紀始めには英蘭の両国はカトリックのスペイン・ポルトガル勢力に対して協力して対抗する関係にあったが、ポルトガルがスペインに合併されると、両国は競合する関係になってしまい、オランダ東インド会社がイギリス東インド会社を上回り、1623年のアンボイナ事件を契機に、イングランドは東南アジアや東アジアから撤退せざるを得なくなり、香料貿易や中国の絹などを独占したオランダに対して、イングランドでは反オランダ感情が高まった。


 そして第一次英蘭戦争は1652年から1654年にかけておこなわれ、イングランド艦隊は東インドなどからアジアの富を満載して帰国するオランダ船団をイギリス海峡で襲撃し、拿捕し始めたため、イギリス海峡の制海権が焦点となったが、小型艦中心のオランダ艦隊が大型艦中心のスペイン艦隊に常に勝利し続けたこと、通商ルートの保護のためには小型艦の数をそろえた方が便利である、オランダの沿岸は水深が浅いため、喫水が深くなる大型艦が運用しづらいという事情もあった。


 イングランド側に対して多くの海戦で敗れ、オランダはイギリス海峡の制海権を失ったことで、オランダ船団はスコットランドの北を大きく迂回してオランダ本国に帰国しなければならなくなり、1654年に和議に応じウェストミンスター条約が成立して、ここに戦争は終わった。


「イギリスとオランダは現状は休戦期間かな」


 まあそれだけなら問題はないのだが、後の1793年から1815年までのフランス革命からナポレオン戦争の時期に、ナポレオン率いるフランス帝国は1793年にオランダを占領し、衛星国化していたがそれは日本には伝わっていなかったりする。


 そして1808年にはイギリスの軍艦フェートン号がオランダ船を捕獲するために長崎に侵入、薪、水や食料などを得て退去するフェートン号事件が起こるが、その東南アジアの植民地はイギリスによってかなりの場所が占領されていたが、そういった状況も江戸幕府が掴んでいたかはかなり怪しい。


「まあそりゃ本国が敵国に占領されましたとかいちいち言わんよな」


 とは言えイギリスとの通商再開自体はまだ可能だ。


 イングランド王位についたチャールズ2世は、台湾の鄭氏政権の招きに応じて通商を開始、次いで懸案であった日本との通商再開を目指して寛文11年(1671年)にリターン号以下3隻の船を本国から出航させ延宝元年(1673年)に長崎に来航して日本で売るための羊毛などを積み、チャールズ2世の国書を提出して通商再開を求め、これに対応にあたった長崎奉行は、リターン号の来航目的を聞き、武具の引き上げを要求し、番船を付ける手はずをとり、乗組員1人ずつに踏み絵を行わせこれらの対応を記した上で、通商を許可するのかどうか、老中宛に書状を送ったが、チャールズ2世とポルトガルのカタリナ王女との婚姻が問題視され、またイングランド側がかつて一方的に商館を閉鎖したことをも理由に貿易再開要求を拒否し、改めてイングランド船の来航を禁じる命令を出したことで、嘉永7年(1854年)の日英和親条約締結まで途絶することになる。


「いやもったいないよな。

 まあ金銀銅の輸出はどうかと思うが着物とか漆塗りの長持や箪笥で取引できるなら美味しいはずだし」


 というわけで俺は水戸の若様が来た時にその話をすることにした。


「ふむ、神君大権現が船をつくらせたエゲレスの船がそう遠くないうちにやってくると申すか」


「はい、相手が持ってくるのは主に羊毛だとは思いますが、こちらは漆器で対応すれば損はございませんかと、またオランダの商人の言葉のみを信じるのも危険でございます」


「うむ、メリヤスの足袋は暖かくて良いからな。

 そしてそなたの言うことも最もであるゆえ、上様などに予め話しておくことにしようぞ」


「ありがとうございます。

 もしエゲレスと貿易を再開するのであればその際はエゲレスの言葉を習わせる機関を作りたいと思いますが、その前に蘭語を読み書きできる学校も作りたいと思います」


「ふむ、良いのではないか。

 遊女なども出島に行っておるのであろう?」


「それ以外にも医術の書物などを医者が読めるようにしたくございます」


「ふむ、それも構わぬと思うぞ」


「ありがとうございます」


「あくまでも幕府の利益になるのであればということを忘れぬようにせよ」


「はい、重々承知しております」


「うむ、ならば良い良い」


 というわけで水戸の若様にイギリスの船が来たら通商を再開してもらいたいという話はした。


 羊毛が好きな若様にとっても悪い話ではないと思うし、オランダとイギリスの双方の情報が手に入るようになることは重要だとも思う。

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