吉原遊郭の共用の初等学校を開設して、その教員も試験制にしようか
さて、少し考えてもわかるが読み書き、九九算術などを先輩遊女や楼主などが教え込むのはいまいち効率が悪い。
「もっとも今迄はそうせざるを得ないとこもあったわけだが」
そうせざるをえなければならない理由はこの時代に公立の学校はなく、非人が寺子屋に通うのも無理だったからだけどな。
寺子屋は町人地にあって遊女はそこまで行けなかったから、結局先輩遊女が教え込むしか無かったわけだ。
「基礎的などの店でも同じことしか教えないようなものは、共用の学校で学ばせるようにするか」
教育を行うのは廃業した中見世の建物を使おうと思う
「一応テコ入れはしたがやっぱ駄目なとこは潰れてるんだよな」
旧吉原から移転して来た局女郎がいる中見世は、湯女や茶屋女などの安くて綺麗でしきたりにうるさくない中見世にやっぱり押されてるところもあってポツポツ廃業してる店も出た。
「こればかりは見世の数が増えるとどうしょうもねえよな」
無論、芸事を売りにして客をちゃんと掴んでる見世は潰れてないので、潰れた場所は教養とか芸事のレベルがいまいちだったとか、夜のサービスに問題があったりもしたんだろうと思うんで潰れるべくして潰れたんだとは思うが。
で、吉原の総会を開いてそれぞれ町の遊郭の代表を集めて俺はいった。
「俺からの提案なんだが、禿に対しての読み書き九九なんかを教えるのは手習所みたいなのを作ってまとめてやらねえか?
遊女に禿の初歩の初歩の教育までさせる時間がもったいないと思うんだよ。
ああ引っ込みとか特別な奴は楼主なり内儀なりが育てるべきだとは思うけどな」
俺がそう言うと三浦屋が言った。
「ああ、そいつはいいと思うぜ。
あくまでも基礎的なことならどの見世でも同じで、個々に教えるのは効率が悪いだろうからな」
三浦屋がそう言うと周りも同調する。
「ああ、確かに読み書き九九くらいなら、まとめて教え込んでもらったほうがたすかるな」
そこで三浦屋が釘を差すようなことを言う。
「もちろんその時は特定の見世の禿への依怙贔屓とかはないってのが前提だけどな」
「ああ、そりゃそんなことをしたら立ち行かなくなるだろうし、やるわけはないぜ、
だから学校の師匠は見世の遊女じゃなく、引退して働いていない遊女や浪人にやらせるつもりだ」
「なるほど、まあそれならいいんじゃねえか。
昼飯はそっちで用意してくれるんだろうか?」
「ああ、それはそうするつもりだ。
そのかわり紙代や筆代、薪炭代なんかは出してくれ。
一月400文でどうだ?」
「まあそりゃそのくらいは必要だろうし、自分の見世でやってもその程度の銭はかかるし当然出すぜ」
と、大方の見世の代表の賛成を得たので吉原公立小学校を作ることにした。
ちなみに小見世でも読み書き九九くらいは必要なのでそれなりの人数にはなると思うし、切見世の女郎に禿はいないが娘がいたりするなら通えるようにはしてやろう。
「じゃあ、学校の師匠になるやつをまた募集しないとな」
俺たちは吉原裏同心など既に吉原で働いている浪人にまず声をかけ、そこからさらに知り合いにも声をかけてもらうことにした。
そして集まった者の知識をテストを行って確認して、読み書き担当と九九担当、方言の聞き取りを教える担当などに振り分ける。
手習い所(寺子屋)の先生に関しても、特にこの時代は資格はなくしかも大抵は兼業で本業は別だった。
入門料や授業料も決まっておらず、師匠側の名声や人気、入門者の親の社会的地位や経済状況に応じて支払う額は違う。
そもそもそも学という見えないものを金銭で売るということ自体良いものと思われていたわけではないので、安ければ二百文(約5000円ほど)高ければ一分(約25000円ほど)を学費として包んで渡すものだったようだ。
「基本的に形にないものに金を出すってのがまだまだ浸透してないからしょうがねえけどな」
芝居などの扱いが物乞い同様に見られていたように、学問という形のある物体ではないことに金を払うということ自体が、それが必要であるとしても師匠側が高い金を提示するのがタブー視されているのがこの時代なんだ。
それは浮世絵などの値段が安いのも同様で、アイデアとか芸術的な価値みたいなものがこの時代は軽視されてるんだよな。
まあだからこそ俺が色々できてきたってのもあるんだけど。
そして俺は禿を手習い所で学ばせること自体で儲けようとしてるわけじゃなく、学校の師匠として働くやつに職が斡旋できて彼等彼女らがそれで十分生活できて、建物の維持費などが貯められる程度に金になればいいんでそういう点では金に拘る必要はあんまりないんで気楽だけどな。
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