とりあえず水戸の若様に芝居を幕府が管理すれば銭になることを伝えるか
さて、水戸の若様が来た時に芝居を幕府が管理すれば金になるということを説明するためには、実際の金額を出さないといけないな。
俺は中村勘三郎の伝で猿楽の金剛太夫とか絡繰師の結城孫三郎、江戸肥前掾などもまじえて話を聞くことにした。
「実際に弾左衛門に納める金額ってのはいくらなんだ?」
俺がそうきくと中村勘三郎が答えた。
「入場料の十分の一だな。
だから俺たちは十分一櫓銭って言ってる」
「一割とはそりゃまた結構な金額だな。
それで実際に興行で入る金額ってのはどんくらいだろうか」
まずは金剛太夫が言った。
「京や江戸における幕府直々の下知による場合ではまず規模が大きいですな。
明暦二年(1656年)の勧進猿楽の場合は15日間の興業のために、幕府より土地を貸与された上で、武家から1200両(約1億2千万円)、町人から3000両(約3億円)を切符代として集めていたはずですな」
「そりゃまたえらい金額だな」
「収容できる客数は7000人。
一万石以上の武家様とそれ以下の石高の武家様、それと町人で見物席を分けておりました」
「なるほどまあそりゃ当然だろうな」
この頃はまだまだ大名にも余裕があるところも多かったからな。
中村勘三郎もいう。
「お大名様相手の猿若舞もだいたいそんな感じだな。
まあ見られる人数は大きく違うが」
「なるほどな」
絡繰師の結城孫三郎などは苦笑している。
「私達はそんな高い金は取れませんがね」
「一度の興行で30両(およそ300万円)ってとこだな」
「それでも大したもんじゃないかね」
彼らは苦笑いしながら言った。
「大見世の楼主様ほどには儲けてないですよ」
俺も苦笑しつつ返す。
「いや多分思われてるほど俺のとこも儲かってないけどな」
とりあえずわかったのは勧進能や猿若舞の芝居小屋では大大名、小大名、町人で席が分かれたことが元で、後の歌舞伎小屋でも席が分かれたらしいってことだな。
値段は
特等席の上桟敷席が、銀35匁(およそ70000円)。
下桟敷席が、銀25匁(およそ50000円)。
土間席が、銀20匁(40000円)。
切り落とし席が、銭100文(4000円)。
立見席は銭16文(およそ400円)
ってな感じだったはずだな。
そして、江戸時代からすでに歌舞伎や浄瑠璃、絡繰り芝居は客から直接金をとって独立採算しているがし、猿楽(能狂言)は武家の式楽として武家から金をもらって収入を得るのが基本で、現状の猿若座(中村座)はその中間ってところだな。
「水戸の若様なら弾左衛門に金を扱わせるより幕府で管理したほうがいいってわかってもらえるだろ。
絡繰り芝居でも3両くらいにはなるならなおさらな」
「できれば櫓銭は安いほうがいいんだがな」
結城孫三郎がそういうが俺はそれに首を横に振る。
「あんまり簡単に興行できると思われても、芝居を打とうとする連中が増えすぎて共倒れになるぜ」
「そういうものか?」
「遊女商売だって似たようなもんさ。
大見世が移転前に比べて減ってるのは色んな理由はあるがな」
「そう言われりゃそうかもしれねえな」
「とりあえず、今度、うちの店に水戸の若様が来たら、若様に話をした後で根回しをしてもらって勘定奉行様にも話をするつもりさ」
中村勘三郎、金剛太夫、結城孫三郎、江戸肥前掾などはうなずいた。
「そうすれば今よりはましになるだろうな」
「ああ、芝居小屋の場所は浅草や品川にまとめるように言われるかもしれないがな」
俺がそういうと中村勘三郎が首を傾げた。
「そりゃまたなんでだ?」
「猿若座は、櫓で打つ人寄せ太鼓が旗本の登城を知らせる太鼓と紛らわしいということで、何度か移転させられてるだろ?」
「ああそうだな」
「それと、火事に備えても十分に余裕がある場所に移動しろと言われる可能性が高いと思うんだ」
「そうか、そりゃ仕方ねえな」
「あと、金剛太夫はちょっと行動を改めたほうがいい」
「それはまたいったい」
「お前さん先代や現在の上様の寵愛におごって目に余るふるまいをしているって、お武家様には目をつけられてるはずだからな」
「むむ? そうであろうか?」
「ああ、そうなんだよ」
「ふむ……」
まあ、勧進能で猿楽にどれだけ幕府から金を注ぎ込まれてるかを考えれば、のぼせ上がるのも仕方ないとは思うがね。
結局の所、歌舞伎芝居などの興行は幕府に願い出てその許可をもらわないと出来ず、当然その時にカネがかかるんだが、それとは別に弾左衛門にもカネを払わないといけないというのは、結構な負担な上に、河原乞食と揶揄される原因にもなってるわけだから、幕府の許可とその際に明確な金額の銭を払うということを明確にすれば今よりはだいぶ良くなるんじゃないかな。
そして、二代目藤乃の所に水戸の若様が来て呼ばれた時に俺は揚屋に向かって、水戸の若様と話しをする。
「おお、楼主よ来たか。
この
今でも相変わらず水戸の若様は食べることが大好きで、三河屋に変わらず通ってくれるのは有り難い。
「はい、ありがとうございます。
して水戸の若様に幾つかお願いしたいことがございます」
徳川光圀はカカと笑った。
「うむ、申してみよ」
「現状、芝居の興行は幕府に願い出てその許可をもらった上で、それとは別に弾左衛門へ櫓銭を払っているようでございます」
「ふむ、そのようであるな」
「それに関してですが櫓銭の徴収も勘定方で行い、幕府の財源としたほうが良いのではないかと」
「ふむ?」
「絡繰り芝居の興行で一座が支払う櫓銭は売上の十分の一で3両ほどと。
ましてや猿若座などの芝居であればもっと多額の櫓銭を支払っているようです」
「ふむ」
「ですので、そういった櫓銭の徴収は弾左衛門ではなく幕府が行えば……」
俺の言葉に徳川光圀はうなずいた。
「また幕府の収入が増え、御家人などの働き口が増えるというわけだな」
「はい、そうでございます」
徳川光圀は頷いた。
「うむ、金策は大事であるからな、よかろうこちらである程度根回しはしておこう。
無論すぐには無理だぞ」
「はい、どうぞよろしくお願いいたします」
幕府は金が入って、その金で御家人などを食わせることが出来、役者は弾左衛門の支配からはなれて非人扱いされなくなれば両者ともに損はない。
まあ弾左衛門には当然嬉しくない話だろうけどな。
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