カピタンは満足して帰っていった、そろそろ藤乃の名などの引き継ぎをかんがえないといかんな

 さて、カピタンは小見世の遊女と一晩を過ごして満足したようだ。


「うむ、今回の接待は素晴らしいものだった」


「そう言ってもらえればこちらもありがたいですよ」


 そういうとカピタン一行は定宿の日本橋長崎屋に戻っていった。


 おそらく一ヶ月くらいは滞在してその後、伊豆大島に帰っていくのだろう。


 大島のオランダ人水夫は小見世の遊女には良いお客さんだしこれからもいい関係は保ちたいものだ。


 そしてそろそろ藤乃の年季明けに伴いその名を継承させる相手を決めないといけないだろう。


 俺は母さん、藤乃、妙を呼んでそれの話をすることにした。


「母さん、藤乃もそろそろ年季開けだ。

 そうなるとその名を誰かに継がせないといけない」


 母さんはコクリとうなずいた。


「そうだね、襲名披露もしないといけないしそろそろ決めるべきだろうね」


 妙は首を傾げている。


「藤乃太夫の名前に誰かがなるということですか?」


 俺はそれにうなずく。


「ああ、太夫の名前は代々ついで行くんだ」


 そこへ母さんが聞いてくる。


「で、誰を新たな藤乃太夫にするんだい?」


 俺は少し考えた上で言う。


「十字屋の紅梅にやってもらおうかとも思ったんだけど、俺は楓にやってもらうのが良いと思う」


 藤乃と母さんは少し考えている。


 妙は俺の意見に賛成のようだ。


「歳も二十歳を過ぎ、艶やかな色気のようなものも身についてきてますし、良いのではないでしょうか」


 しかし、母さんや藤乃はあまり賛成はできないらしい。


「楓にはまだ早いように私は思うねぇ」


「私もお内儀様と同じように思います。

 楓より紅梅のほうが芸事などに対しての姿勢などを見ても、その腕前を見ても私の後を継ぐにふさわしいかと」


「そ、そうか……」


 藤乃の言い分もたしかにもっともで、囲碁や盤双六の腕で楓が、紅梅を上回るとは今は思えないのも事実だ。


 俺が脱衣劇を楓に勧めてその方向性で売ってきたのが悪かったのか。


「もうちょっと考えてみるよ」


 俺の言葉に母さん・藤乃・妙は頷いて一旦解散となったが、楓を藤乃の後継者にするならもっと芸事などを厳しく教え込ませるべきだったのだろうか。


 もっとも藤乃だけでなく鈴蘭と茉莉花も、実質権兵衛親方の身請けが決まってるわけだし、その後を引き継ぐ遊女をちゃんと育てないとまずいんだよな……。


「とーしゃーん、どちたの?」


 俺がそんな事を考えていたら清花が心配げに俺を見ていた。


「ああ、清花ちょっと困ったことがあってな」


 俺がそういうと清花が首を傾げた。


「とーしゃこまってゆ? そういうときはままをたべるといーよ」


「ん、ままをたべる?」


「あい、ままをたべるといでしよ」


 ああ、ままごとか清花もそろそろそういうのが面白くなってきたのかな。


「じゃあ、ままをちそうになろうか」


「あいでし、ちょっとまってでしよ」


 清花が自分のおままごと道具を納戸の中から取り出そうとしている。


「大変なら手伝おうか?」


「じぶんでやるでし」


 どうも俺は客扱いなので清花は自分でやりたいらしい。


 部屋の真ん中に赤い敷物を敷き、小さなお皿やお椀を載せていく。


 江戸時代は木・竹・紙製のままごと道具


「いらしゃいせ」


「お邪魔しますよ」


「そちゃでしゅがどじょ」


 清花が茶碗に柄杓で水を入れて俺に渡してくれる。


「ありがたくいただこうか」


 こうして清花とままごとをしてみると、そういえば本来遊郭というのは擬似的な夫婦関係を結んでそのことを楽しむ場所だったいうことを改めて思い出した。


 無論太夫になるためには、大名が満足するような芸事や教養が必要ではあるんだけど、本質は相手をどれだけ楽しませることができるかだよな。


「ありがとうな清花、俺は何か勘違いしていたようだ」


 清花は首を傾げていたがやがてにぱっと笑った。


「とーしゃがわらってあちしもよかったでしよ」


 芸事や教養も大事だけど、遊郭に一番大事なのは、お客さんをいかに楽しませることができるかってことを再確認したし、もう一度皆で話し合ってみようか。


 紅梅にも楓にもそれぞれ良いところはあるんだしな。

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