藤乃の後継者は紅梅に決めたよ

 さて、俺は藤乃のあとを継ぐものを誰にするかについて、再び母さん、藤乃、妙を呼んでそれの話をすることにした。


「母さん、藤乃の跡継ぎのことだけど」


 母さんはコクリとうなずいた。


「ああ、お前の中で決まったようだね。

 で、結局はどうするんだい?」


「母さんや藤乃の言ってるほうが正しいと思うから、十字屋の紅梅を店替えさせて2代目三河屋藤乃太夫となってもらおうと思う」


 母さんや藤乃はそれが当然とばかりにうなずいた。


「そのほうが良いだろうね」


「そうでやすな、楓には藤乃太夫の看板は、まだ重すぎやすでしょうし」


 二人がうなずいた


 妙は俺が意見を変えたのが不思議なのか聞いてきた。


「楓ちゃんでは駄目なのですか?」


 俺はそれにうなずいた。


「これは俺も悪いが太夫にはやはり”箔”も重要なんだと思う。

 要するに太夫は近づきがたい存在でだからこそ、太夫という格を遊郭のお客さんたちは求めてくるんじゃないかな、と思い返したんだ」


 妙は、俺の言葉にコクリとうなずいた。


「確かに、盤双六の吉原の代表の一人である紅梅さんと今の楓ちゃんではその差は明確ですよね」


「だから楓はまずは格子として実績を積ませようと思う。

 そして2年位でその上に上がれるように、芸事や教養の上達については藤乃に仕込んでもらうべきだろうな」


 妙はうなずいていった。


「確かにそうかも知れませんね」


「で、脱衣劇に関してもそろそろ楓の後を引き継ぐ振袖新造を見繕わんとダメだな」


 楓が毎日ウズメはんとして人気なのも事実だが、こちらもそろそろ新しい見習いにその場を譲るべきなのだろう。


 もう楓は新米ではないのだしな。


 母さんはうなずく。


「つまり、藤乃のあとは紅梅に継がせて、楓も今よりは上げるってことだね」


「ああ、それに鈴蘭と茉莉花も、権兵衛親方の身請けが決まってるわけだし、その後を引き継ぐ遊女もちゃんと育てないとまずいんだけど、楓はまずはその位置を目指してもらおうと思うんだ」


 母さんはそれにうなずく


「そうだね、もっと藤乃に頼り切りではなくて、引退しても大丈夫なようにしてくるべきだったのだろうね」


「それについては正直俺が悪かったと思ってる。

 でも今からでも遅くはないと思うんだ」


 藤乃が笑いながら言う。


「ま、わっちもここに残りますし、今からでも遅くはないですやろな」


「清花とままごとをしててさ、本来遊郭というのは、擬似的な夫婦関係を結んでそのことを楽しむ場所だったいうことを改めて思い出したんだよ。

 大名様にとっては水戸の若様はともかく、やっぱり太夫の持つ箔って大事だよなって。

 でも、無論太夫になるためには大名様が満足するような、芸事や教養が必要ではあるんだけど、本質は相手をどれだけ楽しませることができるかだから、そのあたりもキチンと教えてやってくれな」


 藤乃はコクと頷いて言った。


「当然ですな。

 わっちの名前を受け継いだものが、わっちの名を貶めるようなことはさせませんえ」


 そんな感じで藤乃の名を次ぐのは紅梅に決まった。


 なので紅梅を三河屋に呼んでそれを藤乃と一緒に説明することにした。


「紅梅、もうすぐ藤乃の年季が明ける。

 その後二代目としてそのあとを継ぐのはおまえさんに決めた」


「わ、わっちが藤乃太夫の名を?!」


「ああ、そうだ、もちろんお前さんが引き継いで、こんなものかと三河屋の名を落とすようになっちゃ困るから、藤乃の年季が明けるまでは、みっちり接客作法やお得意さんの名前なんかを覚えて引き継いでもらうことになるけどな」


「わ、わかりやした。

 わっち、頑張って太夫の名を下げんようにしやすよ」


 藤乃が笑っていう。


「その意気でやすよ」


「んじゃ、後の引き継ぎは藤乃と紅梅に任せるぞ。

 俺は二代目襲名についての告知の準備をするからな」


「あい、わかりやした」


「わかりやした」


 そして、その後に楓を振袖新造で今度水揚げをする紅葉と一緒に呼び出した。


「楓、そろそろ脱衣劇のウズメはんはおまえさんから紅葉に引き継いでもらおうかとおもう」


 楓はさみしげにもホッとしたようにも見えるな。


「あい、わかりやした、ウズメはんとしての楓は終わりということでやすな」


「ああ、そのかわり格子として、お前さんを今後は推していくようにするつもりだ。

 お武家さん相手でも気後れしないように芸事や教養を身に着けていくために藤乃にしっかりしごかれるんだぞ」


「あはは、そうでやすな、がんばりやす」


「で、紅葉、お前さんは楓から色々教わってくれ。

 楓に代わる新たな店の看板の一人として宣伝役を担ってもらうからな」


「あい、わかりやしたがんばりやす!」


 段階を踏んで引き上げていくこともやっぱり重要だよな。


 尤も楓がいずれは最低格子太夫にはなれると俺は思ってるけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る