羊毛を毛糸玉にして清花の防寒対策をとりつつ禿や切見世女郎なんかの副業にもしてやりたいな

 さて、遊女は基本的に客を取れる17歳から27歳までの10年間の雇用契約なので途中で辞めることもできないし、逆にその後の継続しての雇用もない。


 この時代における遊女は8割くらいは年季明けまで生きて、遊女から足を洗うことは出来るとは言え、幼い頃から遊女になるための教育しか受けていないからその後の生活はやはり大変で結局吉原に戻ってきて切見世で働いたり番頭新造や遣り手婆になったり針子として働くしかないものも多い。

 そのための花嫁修業はやらせてるが花嫁になれるとも限らないしな。


「ある程度は仕方ない面もあるんだけどな……やっぱり遊ぶなら若いほうがいいって男のほうが多いし」


 21世紀の風俗だと年齢があんまり離れてると話が合わないと年齢の高い風俗嬢を好む男性もいないではないが、江戸時代ではそういうこともあんまりないしな。


「今年は去年より羊毛の量も増えたしそろそろ毛糸玉と編み棒とかを売るか、製品化された毛糸の帽子とか頭巾とか腹掛とか手袋や靴下を売ってもいいかもな」


 羊毛は綿などよりも伸縮しやすいので手編みが簡単なのがメリットだ、それに毛糸は温かいしな。

 工場では羊から刈り取った羊毛の汚れを手洗いで落としたあと羊毛を糸にしている。


「ん、羊毛を糸にする作業は順調か?」


 津軽から売られてきた娘たちが振り返る。


「はい、順調に糸になってますよ」


「そうか、じゃあ毛糸玉をもらっていくぞ」


「はい、どうぞ」


 渡してくれた毛糸玉を受け取り後は編み棒が2本あれば手編みが出来る。


「あら、何をしてるのですか?」


 俺が頭巾を編んでると妙が聞いてきた。


「ああ、刈った羊の毛を糸にしたやつを編んで清花の頭巾をつくってやってるんだ。

 頭を温めるのは大事だからな」


「なるほど、それは良いかもしれませんね」


 マフラーとニット帽を別々につくっても良かったんだが実のところ江戸時代の襟巻マフラーは隠居した老人か病人くらいしかしないものとされている。


 若いものは首に防寒のために巻いたのは手ぬぐいだったりするんだけどな。


 でそのかわりの防寒に使われるのが頭巾だ。


 頭巾と言っても本当に頭の上の方だけを覆うものから胸元まで覆うものまで様々だが俺が作ろうとしてるのは頭から胸元まで覆い、耳も覆うけど、顔の部分はでてる袖頭巾というやつ。


 口元も隠してもいいんだが、息がしづらいかなという気もするんでとりあえずは顔は出しておく。


「なんなら妙も一緒に編むかい?」


「はい、ぜひお願いします」


 俺は編み棒を使って毛糸を編むやり方を妙に教えてみた。


「ここはこうやってやるとな……」


「なるほど、そうすれば編んでいけるのですね」


「ん、なかなか上手だぞ」


 というか俺よりよほど上手な気がする。


「とりあえず俺は頭巾を編むとして妙は何を編んでるんだい?」


「お腹が冷えないように腹掛を編んであげようと思いまして」


「ん、そりゃいいんじゃないかい」


 腹掛、正式には隅取腹掛けは童話の金太郎がやってるやつだな。


 菱形の布の上部を折って紐を通せるようにしてこれを首に掛け、左右の両角にも紐を縫い付けて紐を後ろで結ぶ。


 旅館などで浴衣を着ればわかると思うが着物というのは前がはだけやすく腹を冷やしやすいので小児用の寝冷え対策として体温の保温のために衣服の下につける補助衣として重要なのだ。


「手袋や足袋も作ってやりたいな」


「それも良いですね」


 ちなみに吉原の遊女は冬でも素足に下駄だったりするのだが全体的に江戸では「薄着は粋」「厚着は野暮」という風潮も有って老若男女問わず冬でも足袋を履かなかったり、尻ッ端折りで足を全部さらしていたりもする。


 この時代は全てが人力であるためか筋肉量も多いのでその分寒さに強いんだろう。


 まあ、ロシア人のように冬の氷の張ってる川にひゃっほーと笑顔で飛び込んで寒中水泳を楽しんでるわけではないけどな。


 貝原益軒は養生訓で少衣多陽をすすめていてあんまり厚着をしすぎず、暖かい部屋にこもらずに薄着で太陽によくあたることが健康の秘訣だと勧めているがまだ筋肉の足りない赤ん坊は温めてやったほうがいいと思う。


 もちろんお陽様に当ててやるのは大事なんだと思うけど。


「よーしできたー」


「私もできました」


 俺は頭巾を、妙は腹掛を編み上げた。


「清花ー、暖かい頭巾と腹掛だぞー」


「あいー、あー」


 清花も気に入ってくれたようで何よりだ。


 その後わちゃわちゃと俺と妙で手分けして手袋や足袋も編んでやったのも言うまではないな。


 その後俺は禿などにも手伝ってもらって頭巾や腹掛、手袋や足袋を沢山編んで美人楼門外店で毛糸玉と編み棒を4文で、おぶった清花がかぶってるような頭巾などを相談価格で売り出した。


「さあさあ、とっても温かいメリヤスの頭巾や腹掛、手袋や足袋を売っちゃうよ。値段は応相談だ」


 そしたら遊女が声をかけてきた。


「その頭巾のおいくらぐらいで?」


「100文でどうかな?」


「んーそれだとちょっと高くて手が出ませんね」


「んーじゃあ50文ならどうだ?」


「それなら何とか」


「じゃあ50文でいいぜ」


「それなら何とかなりますね。

 ありがとうございます」


「ああ、ありがとな」


 遊女が頭巾をかぶると笑顔になった。


「ん、これは耳が温かくなって本当にいいですね」


「ああ、きっと手放せなくなるぜ」


 そんな感じで羊毛を糸にすることと毛糸を編み物にすることに対して工場で働いてる面々に日銭を払ってやってもらうことで禿や切見世女郎なんかにいくらかの日銭を渡せるようになった。


 夏でも腹掛には需要はありそうだし継続的な商売に出来るんじゃねえかな?

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