娘が生まれて百日経ったのでお食い初めを行うぞ

 さて、吉原の鳥獣花茶屋の見世物としてのアシカやカワウソはなかなか人気だし、梟や鷹も可愛がられている。


 そういったことしながらも時間は流れて娘が生まれて百日が過ぎようとしていた。


 娘の首もすわりはじめているし、あやすと声をあげて笑うようになっている。


 俺も仕事の合間に清花をあやしたりもしている。


「ほーら清花、いないいないばー」


「アヒャヒャヒャヒャ」


「お、清花が笑ったぞ」


 しかし清花が何かむずってる。


「そうですねー、ほらお乳ですよ」


「あー」


 妙が清花にお乳をあげてるが清花も空腹感や満腹感や尿意や便意がわかるようになってきてるらしい。


 俺にはわからんが妙や乳母さんには顔色やなどである程度わかっていて、妙や乳母さんに抱えられながらおまるにちゃんとしっこやうんこをできるようになりつつあるらしい。


 もちろん常にではないのでまだまだオシメは必要だが江戸時代では半年から一年もあればおしめをしなくてもよいのが普通だ。


 これは母親が常につきっきりで子供の状態を見れるからできることではあるんだけどな。


 それから昼夜の区別がつきはじめ、日中起きている時間が夜中は寝る時間が長くなってきている。


 いままでは昼夜関係なく寝ては起きての繰り返しで妙も乳母さんも大変そうだったが多少は楽になったんじゃないかな。


 体全体に筋肉や脂肪もつき始めて軽いガラガラなら少しだけ手で握ることができるようにもなった。


 そして歯が生えてくる時期でもある。


「そろそろ御食初おくいそめの準備をしないとな」


 俺がそういうと妙も頷く。


「そうですね」


 お食い初めとは、生まれた子供の生後100日目から120日目に行われる儀式で、無事に歯が生えるまで成長したことを喜びながら、この子供が一生涯食べることに困らないようにとの願いを込めて食事をする真似をさせる行事。


 別名もいろいろあって、膳で鯛が用意されることから「真魚始まなはじめ」とか初めて食事を一緒にするように見せるから「食初たべはじめ」、同じく初めて箸を使うので「箸初はしはじめ」そのた「百日祝ももかいわい」などと呼ぶ地域もあるし行われる内容も地域によって違う。


 この儀式も古くは平安時代の貴族が行っていたものだが日本、中国、韓国で行われているからもともとは中国の風習だとおもう。


 平安時代の貴族は生後50日目頃に重湯の中にお餅を入れ、そのお餅を赤ちゃんの口に少しだけ含ませることをおこなってその儀式を「五十日祝いのかいわい」と呼んでいたが、鎌倉時代に武士に伝わる時に重湯の中に入れるものが餅から魚へと変わり、「真魚初」となって、室町時代に大名に伝わってそれが混ざり、江戸時代には平民にも広まるいつものパターンだ。


 江戸時代にはある程度決まり事が定まって、お食い初めに使用する食器は、高足の御前に乗せた漆器を、母方の実家から贈ることになってる。


「また妙の実家にお願いすることになるのか」


「いいんですよ、それが楽しみなのですから」


 さらに男の子なら外内両方ともに赤い漆器に金で男紋を入れ、大きくなった将来にはあぐらをかいて座ることから祝い膳の足の高さは低い物を、女の子は外が黒で中が赤い漆器に銀の女紋を入れて大きくなった将来正座をして座るため高いものを使い、箸も柳の白木で特別に作らせた「祝い箸」を使う。


 そして赤子を抱きながら箸を使って食べ物を口に当てる役目は養い親と言われて親類一同の中の男の赤ちゃんは男性、女の赤ちゃんなら女性の最も歳が上のものが行うが今回は俺の母さんがその役目をやることになる。


 これは長寿の人間にあやかるためだな。


 うちと妙の実家で相談して日取りと時間を決めやがて当日になった。


 皆が集まってお膳を囲んでいるところで俺は挨拶をする。


「本日は皆さんお集まりいただきありがとうございます。

 清花が無事に百日を過ごし健やかに育ったことを神に感謝し、ここにお食い初めを行いたいと思います」


 母さんも妙もそのご両親も乳母さんも皆嬉しそうにしている。


「では母さんおねがいします」


「はいよ」


 母さんが清花を膝に抱いて膳に箸をつけて口元に持っていって食べさせる真似をする。

 膳の内容は赤飯、鯛の尾頭付き、吸い物、煮物、香の物、紅白の餅だ。

 食べさせる真似をする順番は地方によって違うらしいが江戸では赤飯→吸い物→赤飯→魚→赤飯→香の物を三回繰り返したあと最後に餅。


「ほら清花たんとおたべ」


「あー」


 もちろんこの年齢では固形物は食べられないから食べさせるふりをしたあとで残ったものは皆でわけて食べる。


 清花もキョトンとしていて何が起こってるかはよくわかってないだろう。


 でも皆がお前の成長を喜んでくれてるってのはわかっていると思うけどな。


 このあと一部地域では歯固めの儀と言うものも行って産土神の神社の境内で拾ってきれいに洗った硬い小石や碁石、タコ、くるみなどの硬いものに箸を軽くあて、その箸を赤ちゃんの歯ぐきや唇にちょんちょんと触らせて歯が無事に固く生えそろうのを祈る場合もあるがうちでは特にそれはやってない。


 他にはしわができるまで長寿でいられるようにと梅干しを添える場所もあるらしいな。


 食べさせるフリが終わったら皆で酒を飲みつつ残った鯛や吸い物などをわけて皆で食べた。


 最後に、今まで白い産着を着ていた清花に、初めて色付きの小袖を着させる「お色直し式」を行うのだが、これまた「色付きの小袖」は妙の実家から贈られそれを母さんが着せ替えるのだ。


「これにて清花が無事にお食い初めを終えることができました。

 皆さんありがとうございます」


 こうして無事にお食い初めを終えられたのは本当に良いことだぜ。


 それだけこの時代は生まれて間もなく死ぬ子供が多かったということなんだけどな。

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