そろそろ暑くなってくるし手回し式の扇風機でも作ってみるか。

 さて、小見世は熊に、西田屋は三代目にそれぞれ支配人としての人事権を渡してみたし、後は一年ほど売り上げや利益に関しての動向を見守るとしようか。


 現状では江戸時代最初期に比べると大名旗本も台所事情が苦しくなってるところもあるから西田屋は少しきついかもしれないが、明暦の大火による江戸の街が大半焼けたあと建築需要などで町人には活気が溢れてるからむしろ小見世なんかはチャンスだと思うんだ。


 熊には頑張って利益を上げてほしいところだ。


「しかし、あっという間に夏になっちまったな」


 江戸時代の6月は21世紀で言うところの7月でもう十分に暑い。


 無論、この時代は冬には品川で一間(約180センチ)ほどの雪が積もったりするくらい雪が普通に振る程度には寒冷な状態では有ったから21世紀ほどには暑くはないがな。


「ふむ、こうなったら手動扇風機でも作るか」


 江戸時代には団扇や扇子はとっくに存在する。


 扇のたぐいはそれこそ古代から世界各地で用いられている。


 しかし、日本においては古代から戦国時代までは権威の象徴として用いられてきていたため、一般庶民に普及するのは江戸時代だったりする。


 本当に江戸時代に上流階級から一般庶民に広まったものは多いな。


 夏の暑い時に仰いで風をえるだけでなく、炊事や風呂焚きに風を送るために使われたり、蛍狩りや虫追いの際に捕まらせるためにも使われた。


 また団扇には様々な絵が描かれるようになり木版画が普及すると絵団扇の大量生産も行われるようになった。


 もちろん美人楼では人気の遊女の描かれた団扇や扇子は夏の人気の品物だ。


 平安時代ぐらいには団扇は僧侶や隠遁者に用いられ、扇子は公家・貴族を中心に使われた事もあったが江戸時代では扇子は身分の高い人が儀礼の時につかう道具として公式な場所で用いられる場合が多いのに対して、団扇は身分に関係なく夏の暑さを凌ぐために使われる。


 そして幕末には手回し式の扇風機はすでに開発されていた。


 団扇を4つから6つほど付けてハンドルを回すと木製歯車もしくは糸のベルトを使って速度を上げた軸が回転し風が送られるというもので、時計回りに回せば風は前にふき、反時計回りに回すと後ろ向きに風が吹くという仕組みのものになってたから他人に対して使うことも自分に対して使うこともできた。


 そしてちゃんと浮世絵に残っていたりもする。


 もっとも21世紀と違ってアスファルト舗装等で地面がむちゃくちゃ暑くなることはないし、エアコンもないから家の外が馬鹿みたいに暑くなるわけでもないけどな。


 そんなところへ藤乃がやってきた。


「はあ、暑いでんなぁ」


 パタパタと扇で藤乃が自分を扇ぎながら言う。


「若旦那、氷室の氷を削って食べてもいいでやんすか?」


「ん、まあそのための氷室だから別に構わんぞ」


 お付きの禿の桃香も喜んでいる。


「わーい、かき氷がたべられるんでやんすか?」


 俺は苦笑して桃香に言う。


「まあ、食い過ぎには注意しろよ。

 腹を下すからな」


「あーい」


 まあ、かき氷で涼を取るのも一つの手だが、氷室の中の氷は有限だしな。


「まあ、構造的には難しくないしまた親方に製作を頼むとするか」


 俺は手回し扇風機の設計図を書く。


 要は扇を回転する軸に斜めに取り付けそれを取っ手で回せばいいはずだからな。


「親方こんな感じで取っ手を回せば歯車で軸が早く回転することでそれに付けた団扇で風が送れるような物を作ってくれるか」


 図面を見てだいたい親方もどういうものなのかわかったようだ。


「あいよ、また少し時間はもらうぜ」


 取っ手の側に大きな径の、扇側に小さな径の歯車をつければ取手をそんなに速く回さなくても団扇がついてる方は速く回ってくれるはずだ。


 そして数日後に出来上がってきた。


「出来上がったんで試してみてくれるか?」


「ああ、わかったぜ」


 俺は親方から手回し扇風機を受け取って取っ手を回し自分の方へ風が来るようにしてみた。


「おお、これは涼しくていいな」


 まあ、取っ手を回すときに力は多少必要なんだが、速く回そうとするよりは疲れないだろう。


「徳川の殿様方に贈りたいしおれのところでも使いたいから同じものを作ってくれるか」


「分かった、じゃあ作るとするぜ。

 そういえば、春先に毛を紡いでいた娘っ子がいたが、その中でも手先の器用な娘を俺に貸してもらえないか?」


「ああ、それはかまわないぜ」


 そういうことで、吉原旅籠の下女に戻っていた娘の中でも特に手先が器用な娘は工場に移籍になった。


 無論給金も出るし悪いことじゃないはずだ。


「え、おらを工場に?」


「ああ、お前さんの手先の器用さを生かして頑張って働いてほしい。

 もちろんその分の給金は出るぞ」


「あい、おらがんばるだよ」


 こうして手回し式扇風機を俺は工場で多数作りはじめた。


 そしてそれを徳川御三家や甲府、館林、会津、仙台などの殿様に送った所すこぶる評判が良かったのは言うまでもなく、水戸の若様経由で上様に、中見世をつうじて大奥にも送ってみたがこちらでも評判は良かったようだ。


「まあ、やっぱ扇風機はありがたいよな」


 からくり人形に使ってるようなゼンマイを使って一度ゼンマイを巻いたらある程度自動で回るようにしたりしてもいいんだが、ゼンマイで力が足りるかとかそういう問題もあるからすぐには難しいか。


 からくり人形の製作者とのコネがほしいところだな。

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