寒い冬に脱衣劇を無理にやることもないが、劇場が寒いのもなんなのでロケットストーブを作ろう

 さて、大島に行って色々やったことでとりあえず便利な筆記用具である鉛筆と消しゴムを作ることはできた。


 やっぱ鉛筆は筆で書くより書き間違えても書き直せるから楽だし、黒板とチョークの組み合わせだとせっかく書いても消さなければならないからな。


 まあ、今の所は鉛筆や消しゴムを作るにもコストがちょっと高すぎる気がするからうちの遊女の手習い教室や禿の手習いに使うくらいしかできないが、将来的には量産できるようになって価格も安くなったら広めてもいいかもなと思ってる。


「ついでに紙が綴られたノートもオランダ人から買っておけばよかったか」


 紙の発明は中国だがヨーロッパで活版印刷が発明されると、紙の需要が増大し水車や風車の回転を用いた製紙が発達する。


 だが、日本では機械的な製紙は広まらなかった。


 技術的にはすでに西洋に追い抜かれてるんだよな、まあそれは鉄砲とかについてもそうだし時計とかの機械についてもそうだが。


「まあ、日本じゃそこまでは紙の需要がなかったということかね」


 西洋だと聖書が多量に刷られたけど、日本では特に仏教経典が大量に印刷されたとかはないからな。


 漢字だと活版印刷は難しいからこれは仕方のないことなのだが。


 とは言え日本の家は木と紙でできているといわれるくらい紙が多量に使われている。


 障子や襖や屏風など丈夫で美しい和紙を作る技術というのはまた別の方向性で優れているのだよな。


 まあ、これは考えても仕方ないので、水車を使った機械的な手習い用の洋紙の製紙工場などをいずれ作ることは考えるとしても、今の所は和紙で我慢してもらおう。


 鉛筆とかで書くにはちと紙の表面が凸凹して使いづらいと思うけど。


 今はそれよりも寒くなってきたことだし暖房をなんとかしたい。


 特に劇場だ、脱衣劇は寒くなってきてからは中止しているが劇場は微妙に空間が広いせいも有ってやっぱり寒い、しかし劇場全体を暖めるのはなかなか難しい。


「なんせ今の時代だと基本的に火鉢と炬燵しか暖房器具がないからな」


 まあ、こたつを置いて劇を見るのも悪くはないかもしれないが。


 江戸時代にはエアコンや電気ストーブ、石油ファンヒーター、オイルヒーター、ホットカーペット、電気毛布のような電気を利用する暖房がないのは当然として、石油ストーブもないし、薪ストーブもない。


 田舎の大きな家などでは囲炉裏も暖房代わりであるのだろうが、江戸の町には囲炉裏は基本無い。


「と、なるとせめて薪ストーブが欲しいよな」


 薪のだるまストーブなどの構造はそれほど複雑なわけではないのだが、問題は鉄は江戸時代における日本ではかなり貴重なのだ、それに大きなものになると鉄の加工は結構難しい。


「なにせ日本では良質な鉄鉱石がほとんど手に入らんからなぁ」


 戦国時代における鉄砲生産の際なども、硝石や鉛と同じく鉄も中国や東南アジア、インドからの輸入に結構たよっていたらしいんだよな。


 なんせ鉄を作るには大量の燃料が必要で、一回のたたらを行うのに必要な木材のために山1つ禿山とか普通だからな。


「ならそのかわりになにか耐熱性が有って、衝撃にも強いものがあればいいんだが……」


 作るとしたら七輪なんかと同じで高熱に強い珪藻土を使えばいいか。


「どうせならロケットストーブにするかね」


 ロケットストーブは薪ストーブを改良したものでL字もしくはJ字のパイプを断熱材で覆い、煙突での温度の低下を抑えて、燃焼炉を高温にして二次燃焼を起こさせて燃焼効率を上げるものだな。


 そこまで構造は複雑じゃないんで21世紀では自作される場合も結構多い。


 まあ、現代だと油用の一斗缶とかオイル缶にステンレスの筒をつけるだけでも、簡単なものはできる。


 がステンレスはそこまで熱に強くないので常時使いというより、アウトドアであたたまるときにちょっと使うためとかだったりはするな。


「しかし、その手の職人に知り合いはいないが七輪を作ってる職人を紹介してもらうことはできるかね」


 誰にって?こんな時の権兵衛親方さ。


「というわけで、腕のいい七輪を作ってる職人を俺に紹介してもらえねえかな?」


 親方は怪訝な表情で俺に聞いた。


「別にそれは構わんが、今度は一体何をするつもりで?」


 俺は親方に説明する。


「ああ、薪を効率よく燃やして広い場所を暖かくできる暖房器具を作りたいんだが、そのために七輪と同じ材料を使おうかなと思ってな」


「はあ、よくわからんが、紹介状は書いておこう」


「ああ、助かるぜ」


 こうして俺は親方に七輪職人を紹介してもらった。


「あんたが権兵衛親方の紹介の腕利きの七輪職人さんかい?」


「おう、そのとおりだ。

 誰だおまえさんは」


「俺は吉原惣名主の三河屋の戒斗という。

 お前さんの腕を見込んで頼みたいことがあるんだが」


「はっ、つまんねえ仕事ならお断りだ」


「まあ、楽しいかつまらないかは分からないがお前さんに作ってほしいのはこういったものだ」


 そう言って俺は珪藻土や軽石を使って作るロケットストーブの図面を見せてみた。


「ふむなるほど。

 大雑把に言えば七輪を大きくし背を高くして、薪を入れられる筒を横に付ける感じだな」


「ああ、そうだ。

 できるかい、日ノ本で初めてのものになるが」


 職人はニヤリと笑った。


「はっ、俺様に日ノ本初めてのものを作らせようなんざおもしれえ。

 ぐうの音も出ねえほど完璧に作ってやるぜ」


「おう、頼もしいな。

 頼んだぜ。

 とりあえず手付金で1両。

 成功報酬でもう1両ってとこでどうだ?」


「おう、構わねえぜ」


 ロケットストーブのいいところは、二次燃焼で可燃性ガスがほとんど燃えることですすなどがかなり少ないことだ。


 劇場のような広い場所であれば、おそらく換気などの問題もないだろう。


 そもそも、木製の建物で隙間がいっぱいあるから、ちゃんとあたたまるかのほうが問題だが。


 しばらくして試作品ができてきた。


「どうだ、図面通りに作ってみたぞ」


 俺は上から覗き込んだり、横から覗き込んだりしてみたがたぶん問題なさそうだ。


「おう、済まねえな、ちょっと試しに火をつけてみるぜ」


「おう、やってみてくれ」


 俺はロケットストーブの横側の筒に薪を入れて、竈から火を移した。


 木が燃えると温かい空気は上に登ろうとするので、空気が取り入れられ、断熱材で覆われた筒の中で激しく炎が渦巻くわけだ。


「おお、いい感じじゃねえか」


「あったりめえよ」


 いやいや、大したもんだ。


 その後、俺は珪藻土製のロケットストーブを3つ追加発注して劇場におくようにした。


 これだけの数があれば劇場の中は十分に温かいな。


「ま、脱衣劇は念のためやめておくか」


 楓が残念そうにいう。


「こんだけ暖かかったらうずめはんの脱衣劇もできると思いんすけど」


「いや、でもやっぱり裸はきついだろ」


「まあ、たしかにそうでんなぁ」


 暖かくなったらちゃんと脱衣劇も再開するが、それまでは普通の歌劇で行くとしよう。

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